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第21話 天空のコロッセオⅡ/ー光撃のローラー

 ローラは攻撃手段を変更する。

 女性形マリオネット、シスター4の中で最速の動体能力を駆使して近接戦闘へと切り替える。戦闘と破壊への衝動を最大の武器にして、居並ぶ盤古隊員の群の中をローラは駆け抜ける。


 三人の盤古隊員が、ワイヤーリールの先端と小型爆薬をジョイントする。震管の起動センサーはプログラマブルなVTタイプ。誘導電波で物体を感知し起動するものだ。彼らは爆薬のセンサーに起動データを入力する。爆破条件は高速移動物の接近だ。指定された条件の目標に近接したならすぐに爆破するように設定する。

 一方で幾つかの盤古隊員が、すでに倒れた隊員から銃を奪い両腕で構えている。

 引き金が絞られ無数の弾丸がまき散らされる。それはローラの行動を先読みしながら執拗に継続される。

 ローラは路面を舐めるように走りながら、それを回避しようとこころみた。だが、以前の一斉総射よりも避けにくくなっている。複数の弾幕が巧妙にからみあい回避するための隙を見つけにくくしていた。


 言い換えれば、追い詰められた盤古の決死の精神状態がローラにとっては不利な状況を作り上げていた。違法ロボット、武装アンドロイドが氾濫するこの世界で、武装警官という職業に課せられた負担は並大抵の物ではない。盤古隊員たちは己を戦闘マシーンの如くに追い込むことで、そのギリギリの任務の日々をくぐり抜けている。そう、彼らもまたプロフェッショナルなのだ。

 

 対するローラの方は焦りを覚えていた。手抜きでも、手抜かりではない。ただ、己れの攻撃技術の荒さに腹がたつ。一撃で全てを仕留めようとしたのはいいが、攻撃精度の粗さが相手を討ちもらした事は確かだ。

 これがアンジェやマリーなら一撃で仕留めるだろうか? そんな疑問がローラの脳裏をよぎった。

 悔しいとローラは素直に思う。


 その思いが煮えくり返るような怒りと敵意を彼女の心に起こした。ローラはいつもなら素の自分のままに動物的なハイテンションを保つ事ができる。だが、今の彼女のハイテンションは多分に感情的なものだ。エネルギーの暴走度合いがまるで違う。

 理性が去り、冷静が消え、興奮が彼女を支配する。その足で路面を乱打し、空腹の虎ように冷酷なハンティングを開始した。


 爆薬を背負ったワイヤーリールが電磁効果で飛ぶ。爆薬の起爆センサー回路とワイヤーリールの駆動回路は直結され、リールはローラをオートトレースする。


 ローラのテンションがさらに上がった。その動きが、見る者の動体視力の限界に触れ、残像すらも残さない。

 複数のワイヤーリールがカーブを描き、それが螺旋となってローラの周囲を包む。

 ローラが頭上に逃げ道を求めて飛ぶ素振りを見せた。それを待つかの様に機銃掃射が襲う。

 だが、ローラのそれはフェイントだった。手の平の内に残る最後の「20%の光」を頭上の方向に向けて撃ち放ち、己れの動きにブレーキをかける。

 反動で彼女は路面に這いつくばり、その視線が地面すれすれの世界を捉えていた。

 さらにそれは巧妙なフェイントとなり、ローラを包囲していた者たちの視線をあらぬ方へと逸らさせる事に成功したのだ。

 それは0コンマ00秒のオーダーの世界だ。今や、ローラの視線を遮るものは無い。

 そう――〝敵を狩り放題〟だ。

 狂気した笑いがローラに浮かぶ。彼女はその時すでに、人に近い存在である事をやめていた。

 ローラは地面を蹴れば、その動きを察知してワイヤーリール付きの爆薬がローラの背後で起爆する。だがその爆破衝撃よりも、彼女の動きはさらに速い。

 花壇のコンクリートブロックの影、樹木の影、縁石の影、ロードブロックの影、電動コミューターカーの影、そのあらゆる所に盤古たちの姿が見える。その中の一つに彼女の意識の照準はロックされる。ローラはその意識の中でこの集団のリーダーと推測した人物だ。


――どんな毒蛇も頭を潰せば死ぬ――


 その言葉のままに戦闘意欲を走らせる。そして、その意識がたどり着いたのは、トラップ操作のために最後尾にいたあの隊員だった。中央のコンベンションホールへと向かう道のその奥に彼がいる。

 ローラは居並ぶ盤古たちの中を走り抜けて跳躍し、そのターゲットへと飛びかかる。

 攻撃対象となった彼は死の直感にその脳裏を支配されていた。

 密林から飛び出した空腹の猛虎の様に地面を蹴るローラ

 その両手が得物を求めて突き出された――


「もらった!」

 

 だがローラは新たな異変が訪れたことを音と視覚からの情報で本能的で察知した、

 飛行軌道は3条、青白いロケットモーターの噴炎をなびかせながら、それは飛来する。


 1つ目はローラの鼻先をかすめ、彼女の足を止めさせる。

 2つ目はローラの右肩に突き刺さり、ダメージを与える。

 3つ目はローラの足元に突き刺さり――しかるのちに炸裂した。

 飛来した物体の名は「ダイヤモンド・ブレード」と言う。

 

 ローラの背後に飛来する何者かが居る。

 その者の気配を確認する間もなく、ローラの右手を掴んで逆手に捻り上げようとする者が居る。

 しかも、ローラとほぼ同じ速度の領域でだ。

 そのローラの背後に飛来した者の裂帛の気合がこだまする。

 

「日本警察です! 停まりなさい!」

 

 ローラの右手を逆手にひねりあげつつ、残る片手でローラの首筋を抑えこむと地面に叩きつけようとする。それをローラは強引に身体を錐揉みさせると右手の肘が外れるのもの厭わずに、拘束から強引に逃れてみせた。

 そして、攻撃を阻止されたそのままに地面を転げて距離を取りつつ速やかに立ち上がる。その立ち上がったローラの眼前に立ちふさがったのは――

 

「速やかに戦闘を放棄し投降しなさい! もう退路はありません!」


――儀礼用の警察の正装を脱ぎ捨て、ハイテク仕掛けの戦装束に着替えたフィールである。

 ローラはその姿を一瞥すると憎々しげに吐き捨てた。

 

「邪魔だ!」


 そして、フィールに外された右肘を強引にねじり込んだのだ。



 @     @     @ 

 

 

 盤古たちは撤退した。これ以上の消耗を防ぐための戦略的撤退だった。


「俺たちの装備ではかなわない」

「俺たち盤古ではこいつらを阻止できない」


 それが、撤退の一番の理由だった。だが、それももっともな話だった。

 武装テロや、違法改造ロボット、あるいは通常の基準のアンドロイドが相手だったら。それなりの対処もできたろう。だが、超一流のアンドロイドテロリストであるディンキー・アンカーソンの配下のマリオネットの戦闘性能はどれをとっても完全に規格外のシロモノであった。生身の人間では、太刀打ちできない速さだった。


 テロなどの集団犯罪や、銃器・兵器に物を言わせた犯罪だったら対処のしようもある。

 だが、それもその速度を捕らえられればの話だ。だが、それは生身の人間では到底ムリな話だ。

 だからこそ、盤古隊員たちは決意した。守りに徹して、VIPたちを守り抜くと。

 そして、そう決意した時に本事件における最大の朗報がもたらされた。

 

「特攻装警が来たぞ!」


 生身の人間では捕らえられぬ相手、人間を大きく超える攻撃力、その事を考えるなら、マリオネットに対抗しうるのは特攻装警以外にはあり得ない。

 

 おりしも、盤古の生存者たちに報告が続々と届いていた。

 ディアリオが活動中、

 アトラスの姿とその戦闘を目撃、

 センチュリーがビル内侵入に成功、そして、フィール飛来。

 

 屈辱ではない。むしろ、盤古の中に安堵と新たなる戦意が生まれようとしていた。

 自分たちは最前を尽くした、心からそう思う。

 残る任務は、これ以上の死傷者を生まない事だ。


「あとはたのむ!」


 満身創痍の盤古たちは、みな一様に同じくしてそう思っていた。

 攻め落とす事だけが戦いではない。警察という組織に身を置く者なら誰もが抱く認識だ。


 しかし、その撤退はローラにしてみれば不愉快きわまりなかった。

 煙幕がたかれ、電磁波ジャマーが起動する。それはローラの視聴覚を容赦なく阻害した。

 その煙幕の中には、微量な酸も混じっている。濃厚なワックス成分もある。

 ローラは、自分の肌が傷む事に不快を感じる。ベトつく感触も嫌いだった。

 それ以上彼らを、追う気にはなれなかった。

 

 それになにより、この眼前の見慣れぬアンドロイドがそうさせてはくれないだろう。

 飛行機能を有し、奇妙なカスタムナイフを使う女性形のアンドロイド。その額に輝くのは日本の桜を模した五角形の星型のエンブレム。日本警察を象徴するエンブレムである〝桜の代紋〟である。

 

 釈然とせずに、眉間にしわを寄せてローラはフィールを見つめる。

 後悔よりも、焦燥よりも、なによりも悔恨の思いが彼女の全てに染み渡る。


 ふと、大きな黒アゲハがローラの目の前で通り過ぎた。ビル内の心地好さに季節を忘れた蝶だった。

 ローラは、その黒アゲハを指で弾き落とした。蝶は彼女の足下で無残に潰れていた。

 その時、ローラの背後から新たな声がする。


「ぶざまね、ずいぶん荒れてるじゃないの」


 若い女性の声、その声をローラはよく知っている。


「アンジェ――」


 ローラは振り向かずに答える。だが、その顔に不満げな表情がありありと浮かんでいた。


「苦戦しているようね、らしくないわよ。ローラ」

「そんな事ない」


 ローラが柄にもなく小声で言葉を洩らす。アンジェに向けた声にはいつもの狂暴さは無い。そこにあるのは力による優劣だけだ。アンジェもまた、苛立つローラをやぶ睨みに見つめている。三白眼に、そして、下目づかいに、ローラを見下ろす視線には乾燥した微笑みが混じっている。


「手をかしてあげるわ」


 ローラは答えない。ローラが見つめる視線の先に立つのは当然フィールである。

 アンジェはその光景に息を吐いた。乾いた冷たい切り放す様なため息を。


「言うことを聞きなさい」


 髪を掻き上げながらアンジェはさらに告げる。有無を言わせぬ威圧だった。


「解った」


 あきらめ、と言うより腹を括ったのだろう。横目で睨むようにローラはアンジェを見つめている。その瞳には屈折したイジケの感情は浮かんでいない。怒りをコントロールした冷静さの中に、ストレートに次の行動を求めている。そんなローラにアンジェは告げる。


「行くわよ」


 一瞬、小さな風が吹き抜け、路上にコンクリートの塊が落ちては、鈍い音を響かせた。


「最後の警告です」


 フィールは動じていなかった。新たな敵の出現にも、ひたすら冷静だった。


「止まりなさい!」


 かつてジュリアに気後れし敗れ去ったのは、戦闘に対する準備が不十分だったためだ。護衛対象の英国アカデミーの面々が居たことも影響していた。

 だが今は違う。フィールの全てが、対アンドロイド戦闘に特化していた。

 そして、フィールは、特攻装警の中では高速戦闘では最速なのだ。


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