第20話 天空のコロッセオⅠ/-恋焦がれて燃え上がり-
かつて、古代ローマ帝国の都市部に存在してのがコロッセオと呼ばれる小さな戦場であった。
1対1、あるいは、複数対複数での一瞬の戦いが永遠に続けられる不毛な場所。
戦う理由は千差万別で、そのいずれもが取るにたらないものだった。
ただ一つ、確実な事実がある。勝敗が決しなければそこから生きて帰る事は絶対にかなわないのだ。
今まさに、第4ブロックはコロッセオと化していた。
そう、ここは現代のコロッセオ。その戦火の中に特攻装警たちは居た。
アトラスもその一人だ。
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ここは第4ブロックのとある屋内ビルの屋上、そこで狙撃用員たちとマリオネットのマリーが、小競り合いを起こしていた。
幽鬼の様にただよい、真紅の爪を光らせながら物陰から襲いかかるのが彼女のセオリー
その時も、屋内ビルの屋上に狙撃要員の姿を察知し襲いかかろうとしたのだ。
だが彼女の爪は狙撃手には届かなかった。
片や、サミット会場の警護の最前線に立つ盤古もありとあらゆる可能性を考慮していた。
通常の生身の人間の襲撃者だけとは限らない今回のケースでは、いかなる状況に遭遇するか予想すらつかなかった。だからこそである。彼らは奇想天外とも言える対策を講じていたのである。
長い黒髪の漆黒のマリーは視界の中に、数えきれぬほどの10㎜口径の弾丸を目の当たりにする。
鈍いモーター音とともに発射音の炸裂はさらに続き、立ち尽くすマリーを執拗に攻撃し続ける。そしてそれが電動式のハンドガトリングだと判明するのはすぐである。
ガトリングの射手は一切の手加減をせず、徹底的に、ひたすら念入りにトリガースイッチを引き続けた。オーバーキルになるのも厭わず、ただ襲撃者の排除のみを狙う。
マリオネット・ディンキー――
それが襲撃者の想定である以上、違法武装アンドロイドが襲ってくるのは考えられた事態だからである。
やがて、ハンドガトリングのイエローアラームが鳴る。オーバーヒートやコックオフを警告するアラームランプだ。彼の神経は判断するよりも前に反射的に引き金をゆるめた。
僅かな時間をおけば濃厚に立ちこめる白煙の中に一つの姿が浮かび上がる。ハンドガトリングの射手である盤古隊員の姿だ。
その彼の周囲では、3基の3次元投影装置が作動している。それは固定式のホログラムを作り上げハンドガトリングの射手を完璧に隠していた。ハイテクのカモフラージュに隠れていた彼は狙撃手のバックアップとして待機すると同時に、武装ロボットや装甲アンドロイドなど、狙撃用ライフルで対応できない相手への対抗手段を担うのだ。
「襲撃犯捕捉、攻撃成功。経過を観察する」
目標の破壊のためにはこれで十分――、そう確信していた彼だったが信じがたい光景を目にする事になる。
空間が揺らいだ。揺らいだその向こうで、放たれたはずの全ての弾丸が炎に包まれて消失して行く。まるで鋼鉄の鏃が溶岩に飲まれるかのように――
言葉は無く、あるのはただ疑問だけだ。なぜ攻撃が意味を成さないのか? 理論的な回答を即座に導き出せるはずが無かった。
彼の視界の中で、濃厚なクリムゾンの光を輝き放ちつつ10本の爪がで翻った。それは瞬時に間合いを詰めハンドガトリングの射手を苦痛も無く一瞬にして微塵に引き裂いた。
わずかに遅れてマリーの実体がまたも黒く揺らいで現れる。そのマリーの姿に驚き警戒し、狙撃員は即座に捉えると身体を反転させて銃口を向けた。
だがマリーは微笑む。妖艶に冷酷に一言だけ――
「無駄」
――と、つぶやいたのだ。
そっと、マリーの右の人差し指が突き出される。
狙撃要員の銃口が静止したまま正確にマリーの額に狙いを定めていた。そして、狙撃用にカスタマイズされたボトルネックスタイルの弾丸を解き放つ。ただ一発の反撃。それが彼の最後だ。
銃弾は照準のとおりにマリーの額へと命中する。だがそれは何のダメージを与えずに落下する。瞬時に燃え上がり赤熱し溶け落ちてしまったのである。
「な、なんて高温度だ――」
ギリギリの心理状態の中で狙撃手が絞り出した最後の言葉にマリーは返した。
「プレゼントよ」
マリーは人差し指を弾いた。
その指先から小さく固められた赤く光る熱球が撃ち出される。狙撃員の額に熱球が穴を開け、そして、彼の頭は一瞬にして激しい火柱を吹き上げる。
その熱のせいだろう。狙撃員の彼は、頭部を潰されたカエルの様に全身を痙攣させ弾け飛んだ。頭部を火ダルマにしてビルの屋上から一人の男が落ちて行く。マリーはそれを何の感慨もなくじっと見下ろしている。
「いつもながら、あっけないわね――」
そして自らの両手を忌々しげに見つめている。
「この両手じゃ誰も抱きしめられないわ。みんな燃えちゃう。やっぱり普通の体がよかったなぁ――」
そして思い起こすのは意外にもジュリアだった。
「アイツみたいな強い体なら、気に入った男を強く強く抱きしめて殺してあげれるのに――」
マリーは異性を抱きしめたことがない。その特殊機能故にみな燃え上がってしまうからだ。特に生身の男はみなあっけなかった。
寂しそうに、つまらなそうに眼下を見下ろせば、その視界の中にビルの窓を突き破りスカイデッキに飛び降りた一つの影が見える。
「誰?」
マリーは小さな驚きと大きな興奮を覚える。
「あら――美しい――」
彼女の視界の中に写る男はフルメタルの戦士だ。中世の古戦場の甲冑の騎士のごとく黒光りしていた。その輝きはマリーには何よりも魅力的に見えた。たしかそれは仲間のベルトコーネから聞かされた人物像に酷似している。それに何よりも――
「あれなら燃え尽きることもないわ」
――燃え上がったとしても焼け死ぬ事無くいつまでも抱きしめてやれるだろう。それはマリーが抱き続けた悲願でもある。
マリーは真紅のその唇を微かに曲げて微笑む。そして彼女はスカイデッキめがけて己れの体を宙へと踊り出させる。ひらひらとふわふわと真夏の陽炎のように、シルエットを揺るがせて舞い降りていく。
一目惚れをした乙女のように、その胸の中にアポロンの炎の輝きを宿しながら降り立ったのである。
「素敵、あなた素敵よ――」