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第19話 来訪者/―千里眼の少女―

 有明から走り去る一台の高級外車がある。スウェーデン製のボルボ、頑丈さなら世界中のどの国も引けを取らないと言われる車である。

 黒一色に塗られたその車の後部座席に悠然として腰を落ち着けているのはカミソリと呼ばれた男・氷室である。

 氷室は懐からオールドウェーブな液晶型のスマートフォンを取り出すと手元で操作してある人物を呼び出した。


【 発信先:天龍 陽二郎          】


 わずかな時間をおいて通話先の向こうから声が返ってくる。


〔俺だ〕

「氷室です」


 通話の相手はもちろん兄貴分の天龍だ。その口調には久しぶりに接触する宿敵への憧憬がにじみ出ていた。


〔どうだった首尾は〕

「はい、メッセージは順調に伝わったようです」

〔そうか。それでやっこさんの様子はどうだった?〕

「〝狼〟ですね?」

〔あぁ〕

「相変わらずです。温厚な中間管理のふりをしてどうしてなかなか、未だに〝牙〟を磨いていますよ」

〔ほう〕

「そればかりか、牙の継承者と言えるような精鋭を着実に育てつつあります」

〔アレか? 特攻装警〕

「はい。揃えも揃えたり5人」

〔そうか、最近、〝女〟が増えたんだな〕

「はい――ただその5人目の妹分は例のマリオネットの1人にやられたようです。第2科警研とかに救援を求めていました」

〔なんだいきなり負けたのか〕

「えぇ、ですが女性型です。設計アーキテクチャが戦闘向きではなかった可能性があります。その辺りは調査を続行します。それよりもっと気になる情報が――」


 氷室のその言い回しに近衛の口調が変わる。

 

〔手短に話せ〕

「はい、6体目がロールアウト予定です。機体コードはG、現在最終試験段階として現場研修を重ねているようです」

〔本当か?〕

「はい、1000mビル内で6体目が行方不明となって大騒ぎになってます。タイプは所轄での運用を想定した一般捜査用、これは推測ですが、1号から6号までのノウハウを集積した統合型ではないかと」

〔そうか――〕


 少しの沈黙を置いて天龍は告げた。

 

〔――でかした。よくそれだけのネタを仕入れられたな〕

「はい、許可を得る前に面会を強行しましたので。1分ほど余裕が得られました、それに私、目と耳は良いので」

〔あぁ、敵を陥れるネタを掴む力はお前が最強だからな。何しろお前は〝カミソリ〟だからな〕

「恐れ入ります」


 氷室の才能を天龍は素直に評価していた。知力も磨き上げれば立派な武器だということを彼の兄貴分である天龍は知っているのだ。そんな兄貴分からの評価を氷室は素直に喜んでいた。


〔それじゃ、夕方までに銀座に来い。お前の所の中島も一緒に連れて行く〕

「はい。お伺いします。オフィスに戻り片付け次第向かいます。それより大丈夫でしたか? 中島は?」


 そう問えば電話の向こうで苦笑する声が聞こえる。

 

〔堀坂のジジィに会う時に相当緊張したらしい。ジジィの屋敷を出た途端、気を失いそうになって倒れたよ。今、俺の車の中で横になっている〕

「お手を煩わせます」

〔構わん。あの凶気の鬼の様なジィさんを前にして失神しなかっただけでも大したものだ。お前の教育の賜物だな。大事にしてやれ〕

「恐縮です」

〔中島の姉ちゃんに褒美だ、お前の秘蔵っ子のピアニストを連れてこい〕

「かしこまりました、コクラは今夜は予定が空いているのでスグにでも準備させます」

〔あぁ、それでいい。それじゃ、待っているぞ〕


 天龍はそれだけ告げて一方的に電話を切った。そして氷室も満足げに通話を終えると運転手を務める笹井へと告げる。

 

「オフィスへいったん戻れ。仕事をまとめて兄貴と合流する」

「銀座ですね?」

「あぁ、いつもの店だ。それとコクラにも連絡を取れ。現地集合だ」

「かしこまりました」


 野太い声で受け答えすると笹井はそれっきり沈黙を守った。そして氷室はこう漏らしたのだ。

 

「さて、これからどうするのか――おとなしく黙っていますか? 〝狼〟? ククク、どんな牙を向いてくるか楽しみだ」

 


 @     @     @

 

 

 そして有明のビルを遠くから眺める視線が2つ――

 有明ビルから1キロほど離れた洋上空域である。それ以上は警察から接近禁止命令が出ている。近づけるギリギリであった。

 乗っているのは伍の腹心の部下の猛 光志(モー ガンジ)、そして純白のヘッドドレスが眩しいウノと、男装の麗少女のダウである。

 彼らが搭乗しているのはかつてはベルヒューズと呼ばれた球体形状が特徴的なヘリ機体でMDヘリコプター社製のMD600Nである。小型のシルエットながら通常のヘリには付きものの尾部ローターが無くエアジェットで姿勢制御をする機体であった。

 4人乗りのその機内にはパイロット1名とコパイロットに(モー)がその後部席にウノとダウが居る。その後部席の二人に(モー)は念を押すように二人に問いかける。

 

「本当にこの距離からで良いのか? 1キロ以上は有るぞ?」


 その言葉には確実な任務遂行を望む思いとダウの力の限界をいまいち信じきれていない心性が現れていた。だがそんな不安は彼女たちには無意味だった。悠然とウノが答える。

 

「はい、このまま進路を維持してください。ダウの席の有る方を1000mビルの方へ向けることを維持してください」


 そしてダウもまた告げる。

 

「僕は見ることと識ることに関しては誰にも負けない。1キロ位の距離なら造作も無いよ。機体が安定次第〝解析〟を開始する」


 ダウは男子のような語り口が特徴的であった。一切の迷いを含まない言葉にさすがの(モー)もそれ以上の異論は挟めなかった。

 

「分かった。君を信じよう」


 そしてパイロットに告げる。

 

「このまま高度と進路を維持しろ。報道管制空域ギリギリにまで寄せろ」

「了解」


 そして機体の進路は安定し、ダウは機体の側面ドアを開けながらその視線を有明の地へと向けたのである。

 

「〝解析するダウ〟の名において命ずる。はるか彼方の地の巨塔、その秘された有り様を我の前に示せ!」


 それはマジックスペルである。そしてコマンドである。それを唱えることで彼女たちは自らの力を開放するのだ。

 そして時間にして17秒ほど経ったときだ。

 

「――解析完了。すべて見とおせた。流石に単純遠視だけじゃなくて遮蔽物内の動向確認も合わせてだからかなりキツかったけどね」


 自信有りげに微笑むとダウはコパイロットシートの(モー)に向けてこう告げたのだ。

 

「伍さんの関連企業はどのブロックですか?」

「第3ブロック階層だ」

「それなら大丈夫です。テロ騒ぎのメインはあくまでも第4ブロック階層でした。ただ上下の移動手段がうまく機能していないので、多くの人が閉じ込められています。ビルシステムの完全回復がなされるまでは何らかの支援が必要でしょう」

「そうか、それなら伍大人も安心するだろう。配下の者たちが傷つくのをあの方は何より悲しまれるからな」


 伍大人――中華圏における成人男性に対する尊称である。

 

「だがそうなると第4ブロック階層だな。内部はどうなっている?」


 実働部隊を仕切る立場として(モー)がそう尋ねたのは当然のことであった。だがそれを問われてダウの表情は硬かった。

 

「正直、見て気持ちのいいものではないですね」

「どう言う事?」


 傍らのウノが憂いた表情で問う。それに対して怒りを滲ませてダウは言う。

 

「殺戮の地獄絵図――、全てが殺されているわけではないが、生身の人間が手を出せる場所じゃない。おそらく相当な死傷者が日本警察に出るでしょう。それほどの戦闘力です、襲撃者たちは。来賓が犠牲になっていないのがせめてもの救いだ」

「なんと――」


 (モー)が言葉を失い絶句する。だがそれでも次の指示を絶やさないのは責任ある者の勤めである。

 

「必要な情報が得られたら空域から脱出しよう。日本警察に悟られると厄介だ」

「はい、お願いします」


 ウノは蒼白な表情のダウを気遣いつつも(モー)に答えた。

 

「大丈夫? ダウ?」


 その優しい言葉にダウも笑みを浮かべる。

 

「あぁ心配ない。ちょっとショッキングだっただけだ。それに――」


 ダウは窓の外のはるか彼方の有明のビルを見つめながら告げる。


「――あそこには頼もしい戦士たちが集っている。何も案ずることはないよ」


 彼女が有明の白亜の塔に見たのは惨劇と絶望である。そしてパンドラの箱のように確かな希望も見ていたのである。

 そしてその一機の小型ヘリは横浜方面へと飛び去ったのである。


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