幕間:X−CHANNEL/情報交換オープンルーム・再び
そこは、かつては特攻装警に興味を抱いたものが臨時にこっそりと集まる――、そんな場所だったのだ。
だが、話題とはほんの僅かな間に急速に広がりを見せる時がある。
今やX-CHANNELのオープンルームの会議室の中でもメジャーなルームとなりつつあった。
――X-CHANNEL――
それはVR仮想空間のシステムを用いた、大規模な仮想会議室サイトである。
多くの人々が集い、様々な話題を持ち寄りながら、笑い、語り合い、盛り上がり、時には争い、怒り、そして、涙する。
有明の1000mビルにて〝事件〟が起きたときもX-CHANNELは休むこと無く稼働している。
そして、その会議室ルームも開設されていたのである。
[【リアル正義の味方? 】特攻装警ってなに?【予算の無駄?】緊急開設]
[《ルームタイプ:会議室》《鍵:オープン》《開設時間:○○:○○》]
そう――、特攻装警の噂話がかわされていたあの場所である。
そこに〝ベル〟も〝ペロ〟も確かに駆けつけていたのである。
@ @ @
ヴァーチャルアイドルの3Dデータをカスタマイズした、ミニのワンピースドレスに青いロングヘアのアバターキャラクターがその部屋へと足を踏み入れていく。
ネット上でのハンドルネームは〝ベル〟、だが、その名を語るのはよほど親しい人物だけである。
だが――
「やぁ、来たね?」
ルームの参加者の輪の中央近くに進んでいけば、彼女へと声がかけられる。声をかけてきたのは三毛猫のデフォルメキャラクターアバターで、近世イギリスの貴族風の格好をしている。手にはステッキ、頭にはシルクハット、ハンドルネームは〝ペロ〟と言う。ベルにも馴染みの深い相手である。
「はい、有明で特攻装警の人たちが動いていたって聞いてなにか分かるかと思って」
そのベルに更に声をかけてくるのは、この会議室ルームの設置者だ。名前はわからず、無個性なアバターを用いるが、その語り口から皆がその存在を知っていた。
「来たね? これで常連はそろった。早速始めよう」
10月の頭頃に、この特攻装警についての噂を交換し合うルームが開かれてから、何度もルームは開設されている。そのたびに参加するメンバーは固定化していき、常連と呼べるメンバーは顔なじみである。
「ルーム設置、ご苦労さまです」
ぶっきらぼうながら時折熱い語り口をするのが通称ミリタリー歩兵氏、自衛隊やアメリカ陸軍の歩兵装備のアバターで現れる。ミリタリー系のMMOでは名のしれた人物である。
「ご苦労さま」
シンプルに告げるのは非人間型の青い霧状の光体のアバターで通称青い霧氏、冷静な分析口調が特徴だった。
「これでみんなあつまったね。あ、設置ありがとね」
横スクロールのアクションゲームにでも出てきそうなディフォルメの小学生男子の様な姿が通称男の子氏、子供っぽいやんちゃな語り口が持ち味だ。
「設置ご苦労さま」
慇懃に丁寧に落ち着いた口調をするのが、純白のローブを頭から被った老賢者で、通称賢者氏。時折キャラ崩壊するので中身は若いと言われている。
「ご苦労」
ややハスキーな声でシンプルに告げるのはファンタジーRPGの冒険者の様なマントに帯剣姿、チロリアンハットがトレードマーク。通称は付けられていないが、時折、核心めいた忠告をしてくるので誰もが一目置いている。本当のハンドルネームは〝ダンテ〟である。
「ルーム設置、ありがとうございます」
そして、ベルが感謝を口にすれば――
「お疲れさん、じゃ始めようか」
――猫貴族のペロがルーム設置者に求めたのだ。
「OK、早速行くよ。今、有明の1000mビルにて文化人や知識人による文化交流サミットが開かれているのは多くの人が知っていると思う。そして、そこに特攻装警の面々が特別応援として参加しているのも先日、知らせたばかりだ。だがそこで緊急事態が起きているそうだ」
そこで声を発したのはミリタリー歩兵氏だ。
「アレだろ? 海外から来てるテロリスト――、警視庁が全力で警戒に当っているって聞いたけど?」
ルーム設置者が言う。
「そうそれ! それに関してだけど、今、ビルの内部情報については全く情報入手ができない。1000mビルとその周辺地域の電力や通信設備が完全にダウンしているためだと言う。そのうえで特別な映像が手に入った。かなりショッキングな映像だが、このルームの主旨と理念にのっとって公開しようと思う」
男の子氏が言う。
「なんだ? 随分、ピリピリしてるね?」
青い霧氏が言う。
「まぁ、だいたい想像つくけど」
そしてルーム設置者を促すように猫貴族のペロが言った。
「初めておくれ。みんな覚悟できてるから」
「OK」
ルーム設置者は答えながら映像投影の操作を始める。その口調は何時になく無感情である。
「それじゃ行くよ」
声が緊張に震えている。映像の内容を警戒せざるを得なかった。
「来る――」
ベルのその呟きを耳にしながら、皆は空間上に投影された動画映像をじっと見つめた。
男の子氏がぽつりと呟く。
「あ、1000mビル?」
それは有明の首都圏下最大のランドマークシンボルである〝有明1000mビル〟である。
今や話題の中心でありマスメディアのニュースでも度々取り上げられていた。
その、空を貫かんばかりの直線的なシルエット、最上部付近の第4ブロック改装の壁面、そこに奇妙な変化が現れた。破裂したように壁面パネルが砕け飛び散ったのである。
「え? 嘘?」
思わずつぶやくのはミリタリー歩兵氏だ。早くも焦る心理がその口調に現れている。それに続いて青い霧氏が叫ぶように告げた。
「まさか、高層建築物用の高耐久性のハイパーメガエンプラの構造パネルだぞ?!」
いつもは理知的な穏やかな語り口が常だったのが、どれだけ驚いているかが解ろうというものだ。
「あ、なんか――」
おそらくその後に『なんか飛んでる』と言おうとしたのは男の子氏だ。だがそれ以上は言葉は出てこない。アバターもその顔がすっかり固まっていた。
「アレは――フィ、フィール?」
老賢者を演じていたはずが、途中で口調が若い素の声に戻っていたのは賢者氏。彼が告げた事実はあまりに衝撃的だった。
――フィールが壁面を突き破って屋外へと叩き出されたのである――
「う、嘘だろぉおおおおおお??!!」
悲鳴のような叫びがあがる。取り乱しているのはフィールの親衛隊を自称するミリタリー歩兵氏である。
「まじかよぉおおお!」
手足があらぬ方向を向いている。それはまるで駄々をこねる子供に打ち捨てられた人形のようでもある。
「――――」
何も語れず、両手を口に当てて固まっているのはベル。同じ女性の身の上であるなら、今のフィールの状況がいかに深刻なものなのか解ろうというものだ。そして――
「なんて事を!」
ぐっと両手を握りしめ、めずらしくも素直に感情を顕にしてるのはチロリアンハットのダンテだ。その剣幕にギャラリーが驚きを示す中、こらえきれなかったのだろう。ダンテはマントの中であのデータ操作のためのオーブを取り出すととあるデータを引き出した。
「おそらくコイツらだ」
それは海外の様々な放置執行機関のデータベースから選りすぐった犯罪者データだ。
主犯の名は『ディンキー・アンカーソン』、彼らに従う者たちの名は『マリオネット』
ベルトコーネ、コナン、ディアリオ、アンジェ、ジュリア、マリー、そして、ローラ――
世界中の様々な街角や犯罪現場で得られた横顔がそこには映し出されていた。
ダンテの思わぬ行動にルーム設置者も驚きを隠せない。だが彼もルームマスターとしての役目に熟達しているのだろう――
「みんなに伝える。今、表示されたデータは警察組織で重要情報となっている可能性が高い。公式発表が出るまで絶対に外部に漏らさないように。それと――」
――ルーム設置者はダンテに向けて告げた。
「映像データを出す時は前振りしてください。お願いします」
流石に冷静さを取り戻して、自分のした事のまずさに気づいたのだろう。チロリアンハットのツバ先を片手で下げると――
「すまない。軽率だった」
――と詫たのである。