第17話 ワルキューレ飛ぶ/―不死鳥―
そしてフィールは〝死の淵〟から帰還した。
一通りの修復を終えて、フィールと布平たちは屋外へと足を運ぶ。そこには布平たち五人を迎える人影があった。
「布平君! きてくれたか!」
それは警備本部の視察で来ていた新谷である。朝刑事を上層階に送ったのを見届けた後に布平たちを迎える為に戻ってきていたのだ。
「所長!」
「それでフィールはどうだったね?」
「はい、修復は成功しました。それといくつか装備の追加と機能変更をしました。先日の南本牧での一件で戦闘能力の不足が心配されましたので私の判断で」
「それはありがたい。近衛君から今すぐにでもフィールに戦線復帰してほしいとの話があったからね」
新谷がそう告げるのと同時に駆けてきたのはその近衛本人である。
「どうだ? フィールは?」
「大丈夫です。いつでも行けます」
布平の自信ありげな表情に近衛も頷く。
「それとエリオットの追加装備は?」
「持参しました。すでに機動隊の方にお渡ししました」
「わかった、フィールの方は任せる。こちらも準備が整い次第エリオットを投入する」
近衛がそう告げつつ頭上を見上げる。
「アトラスとセンチュリーも何とか突入に成功したようだ」
その言葉を近衛が言い終えたと同時に、ビル周辺で金属物の落下音が響いた。近衛が大声で問えば機動隊員がすぐに答える。
「何事だ?!」
「センチュリーの騎乗していたバイクです! バイクのみ突入に失敗した模様です!」
その言葉を耳にした一ノ原が微妙な表情を浮かべる。一ノ原の言葉に桐原が続ける。
「あー、これはダメやね」
「スクラップね」
その場に微妙な空気が流れるがこればかりはどうしようもない。
センチュリーへの同情の言葉が漏れる中、警備本部に設けられていた作業用スペースから、シルバーとホワイトのシルエットがビルの外へと姿を現した。
流麗なその姿は明らかに女性のもので、その頭には高性能の兜を頂いている。
布平たちの尽力とその愛情が彼女に新たなるエナジーを吹込んでいた。
フィールは、新たに生まれ変わった自分自身の全てを確かめ、そして喜んでは、足早に広場の中央へと走り出してきた。そして、その身体をしきりに動かしウォーミングアップを始める。
細いその腕を、指先から肩まで順当に動かして行き、次いで、足先から全ての関節を曲げ伸ばしさせてすべての装備と機能の動作チェックを進めていく。そして、軽く首をうな垂れると、頭部の後ろの両サイドから6枚3対の放電フィンを引き伸ばす。
布平たちは遅れてその姿を表わした。言葉も少なく、そして、喜びと引き換えの心配を心に携えている。広場の片隅では近衛が満足げに見守り、エリオットは妹が救われた事を安堵の微笑みを浮かべていた。
だが布平を始めとする彼女たちは微笑みを浮かべながらも不安の残る視線をフィールへと投げかけている。
「フィール、本当に異常は無いわね?」
「はい、全チェック項目、オールグリーン。修復完了箇所も、異常信号全くありません。コンディションは完璧です」
「本当に? なにか抜けてる所はない?」
「ありませんよ。完璧です」
なおも問い掛ける布平にフィールは振り返り、彼女は溢れんばかりの微笑みで布平たちに答える。
「志乃ぶさん」
「なに? フィール」
「志乃ぶさんて、意外と心配性なんですね」
転がるように笑い声を上げるフィールに布平は言う。
「フィール! ちょっと、どう言う意味よ!」
「べ、別に深い意味は――、あっ、それより私もう行きますから!」
フィールはそう言って走り出した。そんなフィールに布平は嬉しそうに眉をしかめる。彼女の背に向けて布平は叫んだ。
「フィール! 行きなさい! 空であなたの兄弟が待っているわ!」
「ハイ!」
振り返ったフィールが、プラチナシルバーのヘアを揺らしながら顔を綻ばせる。
フィールは頭の後ろの放電フィンに動力を入れる。フィンが微かに音を立てながら、微細な振動と虹色の輝きを放ち始めた。フィールは走り続け、やがて序走のステップを踏む。
3対の放電フィンの間の電気とその根元の強磁場がイオン化大気を生みだした。
それは、大きな気流と見えない翼をフィールに与え、彼女を大空へと招いて行く。
「特攻装警フィール、テロアンドロイドへの迎撃に出ます!」
フィールは自分を冷静な視線で見守る近衛に向けて叫ぶと空高く飛んで行く。有明の大空へと。
彼女の眼下では、皆がフィールを見上げていた。
まさに今、復活の調べと7色の虹を引き連れて、一人のワルキューレが飛んだのだ。
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グラウザーは跡切れたモノレールの軌道を乗り越えていた。乗り越えたその先に、大きく広がるガラス壁面を見る。今、グラウザーの眼下には、はるかに広がる東京の姿がある。グラウザーは、その景色に自分が今居る場所を知る。
と、その時、何かが彼の眼前を物凄い勢いで通り過ぎて行った。
「銀色の鳥?」
彼は、それが自分の姉のフィールである事をまだ知らない。
グラウザーは、そう呟きそれを追う様に空を仰ぐ。
有明の空に、不似合いな黒い雲が彼の行く手を遮るかの様に立ち込めて行った。
















