第17話 ワルキューレ飛ぶ/―思い―
その時、前の座席から布平の声がした。
「聞いて、有明の警備本部から緊急連絡よ」
皆が機内のスピーカーの音声に耳を傾ける。そのスピーカーからは有明の機動隊員の声が流れてくる。
「緊急連絡 こちら有明警備本部」
「有明本部へ、こちら第2科警研有明派遣チームです」
一ノ原が金沢の方をふと見つめて呟く。
「なんやろ?」
金沢は一ノ原をたしなめるように口元に縦に指をそえる。
「特攻装警第6号機フィールに事故発生、至急アドバイスを請う」
その緊急無線からのメッセージに場の雰囲気が一瞬にして引き締まった。だが、驚きの表情を浮かべるよりも、実際の行動を起こす必要性を5人は理解している。取り乱す事なくじっと無線の続きを聞く。布平がさらに訊ねる。
「それで、フィールの容体は?」
「生命反応あり、但し微弱。右上肢肩部より欠損、頚部圧壊、全身打撲により内部にダメージ、また、3分ほど前より意識反応の喪失を開始」
その時、最後方から桐原が身を乗り出してきた。
「貸して!」
金沢の身体に乗り掛かりながらも、大きな体躯と右手を伸ばし布平に小型マイクを求めた。布平は彼女にマイクを渡す。桐原はそのマイクのコードを引き伸ばしマイクの向こう側の隊員に問い掛ける
「こちら第2科警研桐原、そちら聞こえる!?」
「聞こえます!」
「今から、私たちがたどり着くまでのフィールへの応急処置について伝えます、現在フィールの補修に当たっている者を呼んで下さい」
マイクの向こう側で大声が鳴り響いている。桐原の求めに答えて人を探している。ややおいてマイクの向こうから声がする。機動隊の装備担当の技術者である。その彼の声を聞き桐原は話し続けた。
「意識反応の喪失と全身打撲によるダメージが一緒に発生している事から考え合わせて、体内に重大な損傷があると考えられます。最悪の場合、体内の2次動力やバックアップ系統にも損傷を受けている可能性もありますから早急に応急処置をしなければなりません」
桐原は、そこで布平に向けて視線を走らせた。リーダーたる彼女に最終確認を求めたのだ。布平は桐原の求めにはっきりと頷いた。
「対処方法ですが思い切って外部動力をフィールの体内へと引き入れます。フィールのボディ外板の右の脇の下にボディ外板プレートの接合線がありますから、そこをナイフでも何でもいいから抉じ開けて下さい」
「よろしいのですか!?」
桐原の助言に機動隊員は驚きを隠せない。
「かまいません。接合線を開いたその下に動力供給の予備系統のケーブルがあります。ケーブルの色はイエローで、グリーンのサイドラインが一本描かれてます。そのイエローのケーブルを引き出して最寄りの安定化電源へ接続して下さい」
桐原はさらに処置の際の詳しい数値データに関しても伝えた。その間にもヘリは有明へと向かう。ヘリが1000mビル前に到着したのは、それから4分後の事である。
今、有明1000mビル前の広場の一角にゆっくりとティルトローターヘリが降りてきた。臨時に造り上げられたヘリポートの真ん中にヘリの機体はその身体を納める。
布平班は現場へ到着した。その手には、第2科警研から持参した特攻装警用のメンテナンス/補修用の器材が持たれていた。臨時ヘリポートのすぐそばに、数人の機動隊員が待機している。ヘリのタラップを駆け降りる布平たちのもとに駆け寄ってくる。布平は彼らに問うた。
「フィールはどこ?!」
「こちらです!」
機動隊員の内の一人が布平に告げ、他の機動隊員たちは布平たちの持つ荷物にその手を伸ばした。布平たちは彼らの先導を受け走り出す。布平たちは警備本部内へと向かった。
彼女たちは機動隊員による応急処置を引き継ぐと、フィール補修の実作業へとはいる。
彼女たちはフィールの身体に駆けられている白シーツをはぎ取った。
「フィっ……フィール!」
一ノ原が堪え切れずに声をもらす。一ノ原だけではない、他の皆も声に出さないだけでその胸には重苦しい塊を抱えている。
そのフィールの簡易寝台の上に横たわる身体は見るも無残な状態に有った。先の無線であらかじめ知らされていた事とは言え、実際にそれを目の辺りにするのでは、心理的に受ける傷みは何倍にもなる。
フィール補修の作業が始まり、それが続く中、ゆきが耐え切れずに視線を背けた。それでも、彼女は己れのやるべき事を心得ていた。背けた視線を再び戻すと布平たちの指示を受け動き出す。
事前に聞かされた負傷内容から考えても、欠損した右腕をリペアするだけでは事足りない。誰が告げるともなくフィールの身体を解体し始める。布平たちはフィールの身体の外板を外す。
布平が桐原に訊ねる。
「どう? 直美」
直美は開けられたフィールの体内をつぶさに見つめる。
「余りよくないわね――」
隣で互条が、フィール用のパーツの入ったトランクを開けながら口を挟む。
「大幅な交換補修が必要ね?」
互条の言葉に桐原は頷く。そして、布平が告げる。
「直美、内部メカニズムの補修は任せるわね。枝里は欠損部分の補修。他の者とあたしは機材の準備と作業のバックアップよ」
その後、桐原と互条の実質的な指示の下で5人は作業を続ける。一度作業に入り始めると5人の動きは素早かった。その作業中、桐原が体内のパーツを交換とリペアを進めつつも彼女としての私見を言い始めた。
「フィールは被疑者の腕力による攻撃により負傷・破損したのね、それも単に殴られたとか言うレベルではないわ」
「殴られたわけやないって――どういうことやねん?」
一ノ原が訊ねる。桐原はその眉をひそめ、哀しげに呟いた。
「体内メカニズムの大部分が非常に強い衝撃で満遍なく破損しているのよ、それも全体が」
「叩きつけられた?」
隣から訊ねる互条の声に桐原は頷く。
「そう言えば、先程の機動隊員から聞いたんだけど」
布平が言葉を発し、さらに告げる。
「フィールの落下地点の周辺には、このビルの強化ガラスの破片が散乱していたそうよ」
「それって、ガラスを突き破ったって事かいな? この馬鹿でかいビルの外部構造材にも使われとるガラスやで? どないな馬鹿力でぶち破られてるんや? って話やで!」
驚く一ノ原に互条が答える。
「かすみの例え通りでまず間違いないわね、そしてこの娘は落とされた」
そう断言する互条の顔はその眉尻を強く下げていた。互条はもぎ取れられていたフィールの右腕の補修を終え、新たな右腕を繋ぎ直す所だ。フィールの右腕の内部配線のコネクターが小気味いい音を立て接続された。
「フィール――」
辛さのニュアンスを込めて金沢が呟く。ここに居る5人なら誰もが持っている当然の思いだ。
やがて桐原はフィールの胸部の作業を終え、その手を腹部の方へと進める。
「この娘を叩きつけられるほどの力は生身の人間では無理よ。ならば、考えられるのは機械の力。サイボーグ、ロボット。あるいは――」
「アンドロイド」
布平が朴訥に、そして、ただ静かに告げた。桐原が頷き、一ノ原も互条もその言葉に何の反応も返せない。互条が受け持ちの作業を終え、手を止めながら言った。
「悲しいわね、同じアンドロイドなのに」
「そうやね、生まれは同じはずやのにそれを変えてねじ曲げてまう奴がおるんやね」
一ノ原の言葉に皆が頷いた。桐原が言葉を続ける。
「この娘の受けた仕打ちはとても悲しいわ。でも、それ以上に悲しいのは」
「それを、するように仕向けられたアンドロイドですね?」
金沢の問いに桐原は静かに頷いた。
「自ら生まれを選べるアンドロイドは居ないわ。悪意を持って産み出されたモノは、本人が疑問を持ったとしてもその悪意に服従して生きるしか無いのよ」
桐原はフィールの補修をほぼ終えてその手を止める。
「だから私たちは、この娘に思いを寄せるのよ」
桐原の言葉にだれともなく皆が頷いていた。
一ノ原がフィールの身体に繋いだポータブルコンピュータでフィールの再始動・覚醒プログラムを起動させた。コンピューターのディスプレイに無数のデータが走り、それが、フィールの様々な数値データを映し出して行く。桐原が呟きながらその顔を上げ、一ノ原に指示を出した。
「理想のアンドロイドと、アンドロイドと人との理想の関係を私は願うわ。――かすみ、火を入れて」
一ノ原が不安な面持ちで、コンソールの最後のキーを叩いた。コンピューターを経由してフィールに繋がれている動力ケーブルに起動のための電力が送られる。皆が息を潜める一瞬、5人の視線はフィールのもとへと走る。
「お願いやで、目ぇ開けてや」
一ノ原が口の中でそっと呟いた。桐原は成すべき事の全てを終えて疲労の浮かんだ顔でフィールを見つめる。金沢と互条は、言葉も無くフィールの目覚めを待っていた。
フィールの体内のメイン動力を再起動させるための電力が大容量の超小型超電導コンデンサーに蓄積されていく。そして、規定の電力値を越した時、彼女のメイン動力である〝超小型核スピンリアクター〟が作動をはじめるはずなのだ。
その時を待ち、フィールの周囲では無言の時間が過ぎていく。そして布平は、穏やかな面持ちでフィールのその頬をなでた。
「フィール」
布平がそっと口にした時、微かに震えたのはフィールの瞼だ。
だれもそれを見逃さない。その身を乗り出しフィールの顔をじっと見つめる。
そして、見守られる中、フィールが目を覚ます。
ゆっくりと目が開けられた。開けられた時のその瞳にはまだ光はない。だが、それもゆっくりと光を宿し始めていき、フィール本来の元気で明るい瞳の輝きが戻っていったのだ。
沈黙する人形のようだったその顔にも、生気宿る生ける物としての暖かさが戻ってきていた。
目覚めた。
今、彼女は確かに死の淵から生還し、彼女を必要とするこの世界へと帰ってきたのだ。ゆっくりとフィールはその顔を動かした。そして、周囲に視線を目配せすると、その視界に5人の姿を捉えた。
「みなさん?」
フィールはそうしっかりと呟いている。
一ノ原と金沢は互いの顔を見合せると、どちらともなく抱合い口々に叫ぶ。
「やったでえぇっ!」
「はいっ!!」
そして、フィールの下へと駆けよって彼女に一も二もなく抱き付いた。
布平と互条、桐原も互いの顔を見合せて互いの右手を頭上にかざし、勢い良く打ち付けあう。
その時、5人の中から最高の喜びが弾けた。そして、作業室の中で布平たちは歓喜の声を上げる。だがフィールは少し困った風に、恥ずかしげに顔を曇らせていた。
「あ、あのー」
「なんや? どないしたん!」
「アタシの胸」
「ん? なんや?」
「開いたまま何ですけど……」
胸の外板を開けたままのフィールは顔を少し赤らめた。一ノ原と金沢は慌ててフィールの身体を離す。それまで張り詰めていた緊張の糸はほぐれ、彼女たちに自然な笑い声が戻ってきた。
















