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第16話 ケルト王の目覚め/―ウィスパー―

『メリッサ――、聞こえるかい?』


 ガルディノの声がネットを飛ぶ。そして、その声に応える声がある。

 

『どうしたの? ガルディノ』


 それは未だ幼さを感じさせる若い青年女性の声だった。

 

『すまない。特攻装警のディアリオのボディを入手するのは失敗した』

『そう、やっぱり日本の警察の〝犬〟を手懐けるのは難しかったみたいね』

『デスクワーク専門と思ったが、想像以上に使える相手だった。落とすのには相当時間がかかる。今はアンジェやマリーたちの補助の方を優先させる』

『それで、あの〝着替え〟をすててきたの?』

『あぁ、あれはかなりくたびれていたからね。もう邪魔なだけでしか無い』

『いいわ、あとでディンキー様の手を借りて、あらためてあの日本の警察の犬を落とすとしましょう』

『そうしてくれると助かる。それよりこのビルのシステムの制御権はまだ僕たちの支配下のままだ。多少、外部との交信手段が敵の手に渡ることになるが、今のところ目的達成には支障はない』

『そうね、ビルから独立した通信回線くらいどうとでもなるわ。それではあなたの本当の力を発揮してもらうとしようかしら――』

『まかせてくれ』


 ガルディノはその言葉だけを残すとネットから気配を消した。

 

 

 @     @     @



 暗闇の中でふと彼はその目を開ける。開けたその目の中に暗く澱んだ光が宿る。

 かりそめの玉座と化している一台の車椅子の上に彼は座している。微動だにせずにその目を伏せていた彼だが、彼の脳裏に訪れた逆運の知らせに不意にその目を開いた。その彼の目が虚空の中を一直線に睨んでいる。

 その気概と気性と理念とが、彼の老醜を、重厚な威厳で包み隠している。見開いたその碧い目が彼がいずこの人種なのかを教えてくれている。

 

「ディンキー様」


 それに話しかけるのは年の頃18か19だろうか? プラチナブロンドのロングヘアの女性だ。メイド服の様な丈の長い衣装を身にまとい、沈黙したままの主を護るように佇んでいる。

 

「ガルディノが仮の肉体を放棄しました。あらたな肉体を手に入れておかねばなりませんね」


 話しかけている女性の名はメリッサ、先ほどネット越しにガルディノと話していた人物だ。

 

「ディンキー様、あなたにも一仕事していただきますわ。さ、お目を覚まし下さいませ」


 そう耳元でささやきながらディンキーの頬に手を触れる。その仕草から数秒後にディンキーの目は周囲を見回すように動き始めた。そして、老人のしわがれた声がメリッサに向けて流れ始める。

 

「メリッサ〝ヤツラ〟はどこに居る?」


 メリッサは知っている。この年老いた主人の求める〝ヤツラ〟が誰であるかを。

 

「ご心配なく、すでに攻撃対象は補足済みです。いつでもここに招待できるかと」

「ご苦労」

「ではお招きしますか?」

「無論だ。ここに招いてしかるべき処断をくださねばならん。あまねく全ての英国人は死なねばならん」

「ではご招待しておきましょう」


 その言葉を残しディンキーは満足気に頷くと再び眠るように目を閉じたのだ。メリッサは次なる仕事を始めた。あの人物に、英国からやってきた彼らを、この主人の玉座の前に連れ出すために――


 そして、メリッサは意識を広げた。広げる先はネット空間。彼女とガルディノが支配する、この1000mビルの管理システムである。1000mビルの第4ブロックの全てに対して五感の全てを飛ばして行く。

 今、メリッサの五感は英国アカデミーの者たちを追っていた。そして、監視カメラや各種センサーの感覚の中に数人の人間たちの気配を感じる。音響センサーで会話内容を補足すれば、そこに英国アカデミーの一行と思しき会話の一端を見つけ出した。

 

 彼らは、外周ビルの中ほどのフロアの片隅で、妻木たちの警護の中で人気の無い未使用区画の一つに退避させられていた。現状として、どこからディンキー一派の配下が現れるかわからないのだ。可能な限り安全な場所を考慮してそこに退避してもらうしか無い。

 

 メリッサはその四方を閉じられた災害時退避ルームの中に英国アカデミーの姿を補足する。

 彼らは疲労の一途にある。誰も話さない、誰も語らない。

 妻木たちは正体不明の人物の影に接触している。その影が、彼らに重大な危機感を与えていた。それゆえの退避であるのだ。ウォルターはもちろん、ガドニックも、そしてカレルまでも異論を唱えなかった。

 メリッサは英国アカデミーの彼らの居る場所とその周囲の構造をチェックする。非常脱出用の閉鎖扉を調べ、アカデミーメンバーと日本の武装警官部隊を隔てる手段を思案した。そして、最後に館内放送の音声回線を操作し退避ルームだけにメッセージを送る手はずを整えた。


 あらためてその部屋と周辺の人間たちの位置関係を考慮して、退避ルーム内に1人だけ盤古隊員が居るのを察知する。

 

「邪魔ね。コイツ」


 ビルの館内放送システムと緊急消火システムにアクセスすると妻木たちのいる場所から数十mほど離れた直接視界の効かない場所で騒動を起こすことにした。

 放送システムを悪用し爆発物の爆破音と銃弾の発射音を響かせ、さらに消火システムを無駄に作動させてスプリンクラーと消火剤装置を暴走させる。まるでそこで破壊活動が行われているかのように偽装する。

 当然、妻木たちはその方向へと向かおうとする。その際、退避ルーム内に残っていた1人に外に出て部屋の入口の警護をするように指示した。

 室内の1人がその指示に従い部屋の外へと出た瞬間、入口の扉の電子ロックを作動させる。これで英国アカデミーのメンバーは完全に孤立する事となった。

 ドアがロックされた音を耳にして、盤古隊員の彼は咄嗟に背後を振り返りドアの開閉を試みる。それと同時に妻木隊長に向けて大声で叫んだ。

 

「隊長! やられました! 要警護者と分断されました!」


 妻木は一瞬、蒼白になる思いを抱いた。最悪の事態が脳裏をよぎるが、それを強い意志で抑えこむと隊員を引き連れて退避ルームへと引き返していく。だが、すでに手遅れである。メリッサはビルのシステムの情報回線を経由して退避ルーム内の英国アカデミーへと己れの声を送る。

 

「聞こえていらっしゃいますか? イングランドを代表する知性派の皆様方」


 退避ルームのスピーカーから鳴りわたる、その丁寧で温和な語り口にルーム内の全員が反応を返さずにはいられなかった。


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