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第15話 電脳室の攻防/―歓喜―

 ガルディノの顔に怒りが浮かび始めていた。こんなに、こんなにも強く仲間に迎えようと誠意を持って招いているのに、彼の眼前のアンドロイドはそれをこんなにも強い意志で拒んでいる。そんなガルディのにディアリオはなおも続けた。

 

「私は日本の治安を守るために法を守るために生み出された存在。意思と心を有した機械であって、その事だけに生きなければならない者。けれども見方を変えるならば、私はそうある事を望まれ、求められてこの世に生を受けたのです。己れが生まれ落ちたその場所に準じて素直に生きるのならば、それにまさる幸せはありません」


 ガルディノはさも残念そうに頭を振った。ため息を付き、ディアリオとの決別を惜しんでいるようだった。

 

「君なら、さぞ素敵な同胞になれると思ったんだけど見込み違いか――」


 両腕を振り回してカタールのブレードで空を切る。そして、軽くステップを踏むその姿は、あきらかに戦闘態勢の準備に入っていた。彼のディアリオを見つめる視線は怒りを通り越し、鋭いまでの冷静さで研ぎ澄まされていた。

 そして、彼の口から告げられたのは、ディアリオの警察としての自負に相対するかのような、ガルディノ自身のアイデンティティの言葉だった。


「僕らは『ケルトの民』――、我らが主人ともにこの世界のあまねく全てに尽きぬ怒りを抱き崇高なる戦いを挑み続ける者なり」


 ガルディノがその口上を述べたその瞬間、並んだ液晶ディスプレイだけでなく、そのシステムルームの中の全ての器材が光を放つ。光の奔流と電磁シグナルの乱舞の中、システムルームの全てのディスプレイが作動する。あらゆる所に光が満ち始める。全てのコンピュータがシンクロしある一つの統一されたメッセージを奏で始める。


 スピーカーからの音楽――

 ディスプレイからの映像――

 プリンターからの印字物――

 それらからは、滝のように一つの意志が溢れて流れている。

 ディアリオは自らの周囲に突然のように起こったそれらの現象を、疑念と敵意の目で見つめる。


 全てのプリンターからはある統一された絵柄だけが延々と射ち出される。

 幾何学模様と幻想的なフラクタルライクなパターンとが織りなす欧風のタペストリーの微細な図柄。

 そして、ディスプレイにはある一文が流れている――


「わたしは主とともに最上界にいた

 大天使ルシファーが地獄のそこに落ちて行くのを見た

 天空の星の名前は、北から南まで全てわたしの知るところ

 銀河にのぼり、造物主の隣にすわったこともある

 カナンの地に行って、アブロサムが殺されるのも見た

 精霊を遠くヨルダンの西、ヘブロンの谷まで連れて行ったのもわたし」


 そして、流れてくる音楽は、ディアリオの知識の中にはまったくないもの。

 旋律も小節もなく人がその感性と思いだけを頼りに肉声で紡ぎ出す自然音楽。

 言わばそれは、源初の魂の歌。

 

「全ては我らがケルトの王、ディンキー・アンカーソン様のために!」


 ガルディノは声高らかに甲高く叫んだ。己れの周囲に展開される古代のヴィジュアルに自ら淘酔しながらも、その視線は異様な光を放ちディアリオを見つめている。その手に握りしめた巨大なカタールは、TVディスプレイの暗闇の中に浮かぶ光を受けて、幻想的な極彩色のカラーリングを醸し出している。

 ディアリオはそんな彼に問うた。

 

「ケルトだと?」

「そうさ。ぼくらはいにしえの民であるケルトの思想のもとに生み出された。我らが主たるディンキー様がIRAのテロリストたちと袂を分かったのも、思想の崇高さゆえの事だ。その思想に賛同できないのなら――」


 ガルディノの言葉に、カタールのブレードのエッジが生命を持っているかの様に輝き踊る。

 

「――君も滅びるがいい!」

 

 一方でディアリオはガルディノとの間合いを取る。無言でガルディノを見つめたままその手のマグナムを彼に突きつけている。


(決して有利とは言い難い)


 ディアリオは心の中に不安の色を浮かべ考えていた。なぜなら拳銃は有る程度の間合いを確保してこそ意味がある。接近しすぎれば簡単に見切られる。ディアリオが数歩後退すれば、ガルディノはそれを計るかの様に前進する。2人の戦闘はすでに始まっていた。

 それぞれにとって最も有利な間合いを獲得した者だけが、戦いの局面を有利に展開する事が出来る。だが、ディアリオには、それ以外にも大きな不安が有った。


(カタールの戦闘パターンは、わたしのデータには存在しない!)


 目前にそびえるのは現代戦にはまず登場しない骨董品と言い切ってもいいものだ。実戦で出くわしたことはおろか、対処のための戦闘事例のデータすらないだろう。データ不足はディアリオの心理に一抹の不安とかすかな恐怖を与えていた。


(だが、やるしかない!)


 ディアリオは心の中でタイミングをおし計った。彼は解っている。一度、攻撃の手を打ち出せば、それ以降はやむ事の無い連続攻撃の応酬となるであろう事を。


(恐らくは剣撃中心の戦闘パターン、ならば、間合いを制して一撃で行くしかない!)


 ディアリオはゆっくりと左手の中の大型電磁警棒を腰裏の方へと構えをとる。

 対するガルディノは微動だにしていない。最初に取った構えをそのままにして、ディアリオの挙動をじっと見つめている。

 スピーカーからの音楽が唐突に途絶える、奇しくも2人の静止に連動するように。だがその沈黙を破り先に動き出したのはディアリオである。


「一気に仕留める!」


 ディアリオは両脚のスタンスを狭く取っていた。その右足を軽く持ち上げ上体を傾斜しつつ残る左足に力をこめる。次の瞬間、身体が前に弾けた。ディアリオは左腰の電磁警棒を逆手に抜きながら地を這う様にその身を屈める。同時に敵めがけてその身体を飛び込ませた。

 対してガルディノは自分の体勢を自発的に崩した。崩しながらも器用に体移動する。

 ディアリオはこれに敢えて乗った。ガルディノの振り上げるカタールに、ディアリオの電磁警棒が激しく打ち合う。

 ディアリオはその接触で倒れかけた己れの身体を咄嗟の右足の移動でホールドする。右足を最大限に己れの身体に引き寄せて思い切りに床に突く。ディアリオは大開脚で屈んだ。

 2人の武器が撃ち付け合わされ甲高い音がその部屋の空間内に残響を残した。

 ディアリオはその間に、自由になっている右腕を腰の前で構える。その手には一つのオートマチックマグナムが握られている。


「ちっ!」


 ガルディノがとっさにその身を引き離す。撃ち付けたカタールを降り抜くと、その力で反動を得て後方にステップする。その彼の前には、ディアリオの銃の銃口が光っている。

 357のマグナム弾は、豪音とともに空を切りガルディノの頬をかすめて、視界の外へと消えて行く。

 弾丸を避けるべく引いたその身を、ガルディノは右回転させた。

 切りもみをして攻めに転じ、全力で身体ごとにカタールを突き出した。

 ディアリオが一瞬早く後方に引く。カタールのブレードがディアリオの顔をかすめて行く。

 ガルディノがステップを踏み重心を前に移動させ、カタールをそのまま右方向に振り抜けば、そのブレードのエッジの先には、ディアリオが握る銃が捉らえられていた。とっさにディアリオが眼前に構えた拳銃の鈍いシルバーのボディーに、カタールの鋭利なエッジが切りつけられる。


 打ち付けあう金属が放つ火花越しに互いを睨み付ければ、相手が予想以上の戦闘技量の持ち主であることを感じずには居られなかった。


「面白い動きをする」


 ガルディノがカタールを握る左の腕をかすかに揺り動かして言う。

 カタールがディアリオのクーナンオートマチックに食い込んでいる。ディアリオは右手の銃でガルディノのカタールを制したまま後方へと倒れ込んだ。

 後方に倒れ込んだディアリオはすぐに両脚を引き込み蹴り上げる。その刹那、甲高い破裂音が鳴る。金属が引き裂ける時の音だ。

 ディアリオが蹴り上げた両足はガルディノの左腕を強打しカタールをも突き上げた。


「くっ」


 ディアリオは、壊れたクーナンオートマチックを打ち捨て両脚を屈めてしゃがみ込む。そして、両腕を床に突くとディアリオは両足を蹴り上げ身体を弾き出した。

 ガルディノはディアリオの蹴りに動じること無く蹴り上げられた自分のカタールをディアリオの身体に向けて振り下ろす。


「これで終わりだっ!」


 速さはわずかにカタールの方が速い。だが、攻撃のリーチはディアリオの蹴りの方が有利であり、しかも切りつけるにはディアリオの体勢が急角度すぎた。下方向からの奇襲してくる敵に対して切りつけたのだが、カタールはディアリオのボディをかすって、彼のハーフジャケットだけを斬り裂く。

 その間にディアリオは両腕で身体を支えて逆立ちの体勢をコントロールしつつ、己れの両の踵をガルディノの背中へと叩き付ける。おおよそ、ディアリオには似つかわしくないアクロバティックな攻撃態勢だ。


「ぐっ!」

 

 ディアリオの蹴りにガルディノの身体は強化プラスティック製の床に叩きつけられる。だが、攻撃の手を緩めずに身体を素速く引き起こして両足で立つと、左手の電磁警棒を右手で順手に持ち替えた。


「これで終わりですっ!」


 低く飛込みながらディアリオが叫ぶ。

 両脚から肩までの全ての身体のバネを利かせながら、ディアリオはその身体を大きくひねった。そして、右腕を左肩の方へと最大限に引き絞るとガルディノめがけフルパワーのスイングを仕掛ける。

 ガルディノは咄嗟にカタールを構えた。だが、間に合わないと思うやいなや、その身体を僅かに後方へと走らせた。

 電磁警棒はガルディノの喉もとを襲った。電磁警棒の電磁ショックがガルディノに一瞬の電撃の苦痛を味合せる。ガルディノの顔が歪んだ。しかしダメージはほんの僅かである。

 ガルディノは、ディアリオの電磁警棒に弾かれよろめく様に後ろへと引き下がった。

 一瞬の苦痛を感じるガルディノであったが、電磁ショックを受けた首筋をさすりながらもそれを奇妙な心地好さとして目を細めた。下目づかいにディアリオを伺い見て彼は告げる。


「あぶなかった。面白いよ、それでこそ、わざわざこのフロアに降りてきた甲斐が有ったと言うもんさ」

「降りてきた?」


 ガルディノは両手のカタールを前方へと持ち上げていた。そして、二振りのカタールの刀身を軽く打ちつけ合った。


「おっと――、ボクとした事が。余計な事を言ってしまったね」


 カタールは自らかすかな金属音を放ち2つのカタールのブレードは涼しい音を立てて倍の長さに伸びていく。

 

「忘れていいよ。なに、もう遊びの時間は終りさ」


 彼の手に持つカタールはその有効範囲を倍にする。それが真の形状だった。


「だって君はここで死ぬのだからね!」


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