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第15話 電脳室の攻防/―歓待―

 それは、発想の逆転だった。ディアリオは今着たルートを今度は逆に進む。


「盲点だった、こんなルートがあったなんて!」


 全てのシステムが停止した薄暗闇の世界の中で、ディアリオはそのビルの大階段を駆け登っていた。

 駆け登りながらも、彼は鏡石隊長から渡された磁気ディスクをその体内で読み出し解析する。


「確か、このビルの第5ブロックは、現在建築中。そして建築中のエリアは、そのビルに敷設される情報通信ネットワーク網がまだ稼働してない。そのため建築業者が外部や内部での連絡を取るための専用の通信回線が必ず確保される! 考えてみれば建築中のブロックは電源すらも満足に得られないはず」


 ディアリオは階段のステップを数段飛ばしに駆け上がる。


「ならば! そこに敷設され使用される回線は独自の電源装置を持っていてもいいはずだ! そうすれば、私が向かうべきところはああそこしかない!」


 ディアリオはビルの中の階段を駆け上がり、最上階展望フロア内を探索し始めた。

 展望フロアに付くと、ディアリオは周囲を最大限に警戒した。先程のあのジュリアがいつ姿を現すかもしれないためだ。


「私がいた第3ブロックの管理センターには、建築中の第5ブロックへと出入りするルートの情報は存在しなかったが――」


 データをその体内で検索し第4ブロック最上階のフロアマップデータを引き出す。そしてそれを元にして最上階の展望回廊を進んだ。そして、ビルを四半周ほど走っただろうか? 周囲の展望回廊壁を探れば一つの簡単な隠し扉に行き当たる。

 白磁のプラスティック風の壁面パネルの中に隠された一つの扉。一見ただの壁にしか見えないが、特殊なセキュリティコードを操作すれば開けられる仕組みだ。再度、鏡石からのメモリーの情報をチェックして建築業者向けの極秘コードのドア開閉プロトコルが記録されていた。

 短距離無線で隠しドアの内蔵セキュリティシステムにアクセスし、規定のIDコードと暗証パスワードを送る。セキュリティプログラムにログインすると、隠し扉の開閉コマンドを発信する。すると、隠し扉は音もなく数センチほど押し出されしかるのちにスライド可能となる。ディアリオはそれを手で押し開いた。 

 

 その奥にはさして大きく広くはないものの、未だ未完成の第5ブロックエリアへと繋がるメンテナンス通路があった。メンテナンス通路を進むその途中に第4ブロックの管理センターへと向かって枝別れするアクセス路が有ったはずだ。


 ディアリオは再び超小型メモリーの情報を検索し、再度ビルの3次元構造マップを調べた。メンテナンス通路は最上階の展望フロア内に環状に1つと、そこから内側に放射線状に上へと昇る階段が数基ある。ディアリオはマップにて自分の現在位置を照らし合せると最寄りの階段を探す。その階段はすぐに見つかる。


「これか」


 通路の脇の壁に指示パネルが取り付けてある。そして、指示パネルから延びる一本の矢印が階段の上方を指していた。


『第4ブロック、管理センター』


 ディアリオは、その階段へ潜り込んだ。

 階段は思いのほか狭い。ちょうど人間一人の肩幅にわずかに水増しした程度の余裕しかない。寸法の面から言えばディアリオにはかなりぎりぎりに近い。階段自体も非常に急である。本来がこの通路自体が第5ブロックが完成するまでの暫定的な設備でしかないためだ。第5ブロックが完成すれば、英国アカデミーを招いた第3ブロックの管理センターの様にゴンドラエレベーターから直接乗り入れが可能となるのだ。

 

 ディアリオが階段を昇り切ると、他のフロアと同じ様な薄暗い場所へとたどり着いた。床はダークブルーのマットレス、側壁はグレーのプラスティックリノリューム、天井は面発光のアイボリーの蛍光パネル。実利主義の簡単な構造の通路だ。

 ディアリオはゆっくりと周囲を見回す。管理センターのあるフロアは、各ブロックを隔てるための分厚い人工地盤の中に作られている。そのため自然光はゼロである。外部電源がまったく停止している現在、管理センターのフロアには光とよべるものは皆無であった。ただ、停電などの非常時に作動するバッテリー式の非常灯がわずかにそのフロアの空間の足下を照しているのみである。

 ディアリオは自分のその目の受光周波数をチューニングし暗視モードに切り換える。色は乏しくなるが、これで映像を確保する事が出来る。

 そして、そのフロアは他の管理センターフロアとまったく同じ作りをしていた。

 中央の管理情報システムルームを中心に、そこから放射状/同心円状に通路が構成されている。


「ここも、他の管理センターと同じはず」


 ディアリオは、先程自分が作業をしていた第3ブロックの管理センターのフロアマップを頭脳内のイメージに写し出す。そして、自分のそれまでの行動から逆算して、自分の現在位置を導き出した。


「これか」


 ディアリオは一つのポイントを目指した。カーブする同心円方向の横通路から縦通路へと出れば通路は一直線となる。ディアリオの視線を向けた方向、その先には第4ブロックをつかさどる管理システムルームがある。ディアリオはそこへめがけて走りながら左右に視線を走らせた。


「ほとんどが機械室や未使用区画、細工をしたり姿を隠したりするには持ってこいだな」


 そうつぶやく間に彼は目的の場所へと辿りついた。


「第4ブロック中央管理システムルーム。ここだ、ここから外部と連絡が付けられるはず」


 ディアリオは強固に閉ざされた扉に手をかける。扉は厚く重い総金属製のスライド式自動扉で動力源の遮断された現在、簡単にはには開かないはずだ。だが、自動扉の中央部の引き手に手をかけ力を込めたその時、目の前で引き起こされた出来事にディアリオは驚きの声を発した。


「なに?」


 扉の方が自ら動いた。エアタンクのバルブから空気の抜ける音がし、その音が継続するのにならって、その扉は自動的に開いたのだ。


「ドアが生きているだと?」


 その事実は、この先に熟慮しなければならない事実が有る事を暗に語っている。だが、躊躇する訳には行かない。決断は一瞬である。ディアリオは懐の拳銃をあらかじめ握りながら、一歩、二歩、とゆっくり慎重にその脚をエリア内に踏み入れた。

 システムルームの中でディアリオの感覚はその気配にある種の不気味さを感じとっていた。かたや彼の背後では扉は再びエアシリンジの作動音をさせて閉じて行く。ディアリオは振り向かずにその先へと向かう。

 暗闇に沈む室内の中を視線を走らせれば、大型のワークステーションを中心に大小幾つもディスプレイの群れが並んでいる。それらは全て休むことなく超高速のネットワークで連動しており、それらすべての機器のパイロットランプが明滅をしていた。


「ここのシステムはまだ未稼働のはず」


 コンピューターシステムが環状に並び17インチ大の液晶ディスプレイが一つのサークルを構成する中、そこへとディアリオが脚を踏み入れて行く。

 警戒心を最大にして周囲に視線を走らせると、さらに先へと歩みを進める。そしてコンピューターの群れの中央へと位置したその時である。


 今、この時のため用意された〝儀式〟が今まさに開始されたのである。


 けたたましい電子発信音が鳴り響く。彼が中央に位置するコンピューターたちが何の前触れも無く起動を開始する。それ以後数秒おきに、ディアリオの周囲を時計周りに7つの映像が照し出される。

 ディアリオが警戒しながら周囲を見回せば、液晶ディスプレイに様々な映像が次々に映し出された。

 例えばそれは美食に耽ける肥満の上流階級、そして、骨と皮だけに痩せ衰えた難民の子供たち――


「なんだ?」


 場違いと言えば場違い。意味が有るようで、何の必然性も感じられないその画像が垂れ流されている。

 次に現れたのは、かつての歴代の独裁者たち。一個人の欲望とコンプレックスが巻き起こした虐殺の歴史。

 3つ目は、日本の受験チルドレン。己れの意思の無いままに、機械的な表情で街を流されて行く。

 4つ目は、かつての20世紀の南アフリカ共和国のアパルトヘイトの資料映像

 5つ目は、中世カトリックの女性の園「修道院の夜」

 6つ目は、ギリシャ神話中最悪の女神「ヘラ」

 そして最後の7つ目は、『地球とそれに重ね合わされた全ての人類』


 一見、何の関連も無いように思えて、繋げれば一つのメッセージとなりそうでもある。

 だが、ディアリオには最後の一つの画像だけが最後のパズルピースとしては今ひとつ噛み合わなかった。困惑にとらわれていると物陰から声がする。それは少年の様な若さを感じさせる声である。


「お気に召したかい?」


 液晶ディスプレイの光だけが浮かび上がる漆黒の空間の中、ディアリオの対面の方向のその奥から彼は現れた。


「何かの寓意のつもりですか?」


 ディアリオは警戒し、右手にクーナンマグナムを握りつつその男と向かい合う。


「ちょっとしたお遊びさ。君を迎えるためのね。特攻装警第4号機・ディアリオ」


 その声の主は白人系のティーンエイジャーの様な風体をしていた。ひざ下ほどの短ズボン。Tシャツにゆったりとした半そでジャケット。頭にはニットの帽子をかぶっている。目元には卵のような楕円レンズのメガネを掛けている。背丈も小さく、どこと無く幼さを感じさせる。


「ご存知なのですね私の名前を。どこかでお会いしましたか?」


 ディアリオはその男から視線を外さずに向かい合っている。男は静かに微笑むとこう答えた。


「ヨコハマのハイウェイでは世話になったね。さすがに市街地一区画を丸ごと停電させるとは予想しなかったけどね。君ぶっ飛び過ぎだよ! ほんとに警察? アハハハ!」

「やはり――」


 ディアリオは彼に対して銃口を向けた。


「あのときのトレーラーを操作していたのは貴方ですか」


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