4:午後6時:臨海副都心・台場/逮捕劇
東京都心部の海沿い、その中でも最も勢いがあるのが臨海副都心と呼ばれる有明のエリアだ。本来そこは比較的新設の湾岸署が管轄となっていたが、そこに出張ってきている二人の警察官が居た。
1人は朝研一巡査部長刑事、まだ30前の若い刑事だ。背広姿が目立つ正統派の刑事である。そしてもう1人がバイカーファッションを思わせるライダースジャケット姿の若者であった。ショートに切りそろえた栗色の髪が特徴的な警察らしからぬ男、その背中には『G-Project』と記されている。
二人は夕暮れの湾岸の街の中を駆けていた。逃走するとある犯人を追い詰めるためである。
場所は臨海副都心のお台場のメインストリート、犯人が有明付近にて目撃され、そこから台場へと移動する姿が捉えられたのである。そして管轄の湾岸署の緊急連絡を受けてすぐに非常線が張られた。
さらにその逃走犯が芝浦ふ頭での逃走案件の被疑者・金友成であると解り、飛島たちの元へと連絡が入った。そして急遽、犯人の確保作戦となったのである。
今、捜査員たちの頭上を一人のシルエットが飛んでいる。
〔こちら特6号・特攻装警フィール、追跡対象なおも視認、追跡を継続します〕
白銀の翼を頭部と両腰にいだき、全身からイオン化された大気流を吹き出している。
それは、一回り体格の小さい少女型のシルエットのアンドロイドで、白銀の翼を頭部と両腰にいだき、全身からイオン化された大気流を吹き出していた。
純白のボディこそプラスティックライクな人工物とはっきり解る。だが、首から上はまるっきりの美少女。そこにシルバーメタリックのメットをいただき、目元はライムブルーのゴーグルでカバーしている。
その純白とシルバーの色の違いから、彼女が元々のボディの上にプロテクターをまとっているのが分かる。
頭部、胸部全体、両肩、腰周り、そして、脚部全体――、それらを覆うパーツの全てにMHDエアロダインを利用した電磁バーニヤが組み込まれ、腰背部には伸縮式の電磁効果スタビライザーが備えられている。
さらに、長さ1m強の白銀のブレードと言うべきものが2枚刃のように2枚一組に平行に組み合わせられている。それがヘルメットの側頭部と後頭部に3対備わっている。そして、一対のブレードの間には強力な磁界が発生していてイオン化された大気に推進力を与えている。〝マグネウィング〟と称される彼女固有の翼である。
その3組の翼を用いて彼女は大都会の空を舞う。早期警戒機能保有の捜査活動用アンドロイド――
警視庁刑事部捜査1課科学捜査係所属、特攻装警第6号機フィールである。
違法サイボーグ犯罪者逃走の報を受けて、応援として派遣されていたのである。
フィールはなおも眼下を見つめながら通信を続ける。
〔目標は現在、『有明テニスの森交差点』を南西に移動、移動速度は追跡開始時より低下しています。あと数十秒で『のぞみ橋』を通過し『レインボー入り口交差点』を通過します〕
その声に応じるのはグラウザーたちの上司である飛島崇捜査係係長である。
「こちら飛島、特6号からの情報に従い警ら車両でテニスの森側を封鎖。さらにレインボー入り口交差点を北西レインボーブリッジ側と南東側を封鎖し、追跡対象を都道482号線へと誘導する! 付近建物での避難誘導と危険警告は?」
〔こちら警ら湾岸27号、一般市民退避誘導完了です〕
〔こちら警ら湾岸12号、テニスの森側封鎖完了〕
〔こちら警ら湾岸18号、レインボー入り口交差点、北西・東南遮断完了しました〕
「よし、各自持ち場を継続! 特7号、朝巡査部長、現在位置は?」
飛島が問えば特7号のコードを持つグラウザーと朝刑事がコールを返す。
〔こちら朝、所定の海浜公園入り口交差点北西側にて待機継続中!〕
「よし、追跡対象がそちら側に逃げた時は確保だ! 遠慮はするな!」
〔朝了解!〕
〔特7号了解です!〕
そしてフィールが追跡対象の現在位置を知らせる。
〔こちら特6号、のぞみ橋を渡河完了、レインボー入り口交差点に差し掛かります!〕
〔湾岸18号! 確保対象通過しました! レインボーブリッジ側に向かおうとしています〕
その報を受けて飛島は一計を案じた。
「朝! 金がそっちに向かう! 物間から飛び出して確保しろ!」
〔朝、了解!〕
〔特7号、了解です〕
今、逃走犯の金は臨海副都心のお台場のメインストリート、その正面の目抜き通りを走り去ろうとしていた。
そこからレインボーブリッジ側に向かい芝浦側へと戻ろうと言うのである。
だが逃走犯の周囲にはすでに鉄壁の包囲網が張られている。先に逮捕された仲間二人と異なりずば抜けた戦闘能力もない。今なら制圧を強行するのは可能なはずである。
朝とグラウザーは数名の警察官とともに台場1丁目の脇路地にて待機していた。そこはレインボーブリッジへと繋がる裏道である。追跡対象の逃亡犯が入り込む可能性は高いのだ。
その頭上に新交通ゆりかもめの高架路線を見ながら警察車両を停車させバリケードとし、逃走犯の身柄の確保が開始されたのである。
〔特6号より報告! 今、海浜公園入口交差点を右折しました!〕
フィールのその報告と同時に朝は告げた。
〔金を視認しました! 確保を開始します!〕
その言葉と同時に警察車両の影にから制服警察官たちをともない飛び出していく。無論、その戦闘を切ったのはグラウザーと朝である。朝は逃げる犯人に対して叫んだ。
「逃げるな! 金! 罪が重くなるぞ!」
朝たちと鉢合わせした金は慌てて反転して逃げ出した。遮ろうとする他の警察車両を飛び越え、台場のメインストリートの方へと一目散に走り始めたのである。だが金は両足を改造しており脚が早い。このままでは人混みに鉢合わせるのは時間の問題である。
「くそっ! 無駄に早い足しやがって!」
すると朝が耳に付けている耳掛け式の通話装置に連絡が入る。実年世代の野太い力強い声だ。
〔朝! 聞こえるか?! 金をグラウザーに追わせろ! 生身の我々では無理だ!〕
「飛島さん? しかし――」
〔四の五の言うな! アイツの身体能力を使え! 後のことは俺がなんとかする!〕
「了解! グラウザーに容疑者を確保させます!」
朝は本来、涙路署と言う特殊な所轄で機動捜査班の捜査員をしている。対して飛島は捜査係の係長だ。本来なら命令系統は別だが、朝がパートナーを組んでいる相手の素性故に様々な部署と連携することが多いのだ。
朝は耳に付けている通話装置を操作するとパートナーである『グラウザー』へと指示を出す。するとグラウザーは先回り先行して逃走犯である金を追いかけているところだった。
〔グラウザー! 逃走者を緊急拘束! 逃走経路を封じて退路を断て! 違法サイボーグである以上、多少手荒な逮捕手段をとっても構わない! 急げ!〕
〔了解! 逃走者を緊急拘束します!〕
朝の少し前方を走っていたグラウザーだったが、朝の指示を聞いてその行動に変化が見られた。
走り出す速度が一気に上がる。そして、わずかに膝をかがめて大きく飛び上がった。グラウザーのその体は大きく跳躍して彼らの頭上を走っているゆりかもめの高架軌道へと届く。
グラウザーはその身を反転させるとゆりかもめの軌道をその両足で蹴り飛ばす。グラウザーの体は反射するゴムまりのように飛び、逃走する犯人を越えて、その前方へとたどり着く。
「やった!」
朝が思わず叫び声を上げる。だが、その行動の予想外の結末に彼らは困惑する事になるのである。
――ズガァアン!――
アスファルトの路盤が砕け欠片が飛び散る。グラウザーが着地する時、左足を軸足として勢いよく突いたのだが、グラウザーのその強すぎる跳躍力は舗装路のアスファルトを砕くという思わぬ破壊を行ってしまったのである。そして、砕けたアスファルトの破片は周囲に飛び散り、その1つが逃走犯の顔面へと見事にヒットしてしまったのだ。
逃走犯の額が割れ血が流れる。痛みを訴えながらその場にいきなり倒れ込む。その様子をグラウザーは戸惑いあっけにとられながら眺めるしか無かった。
「えっ?」
なにか攻撃をしたわけではない。意図的に殺傷しようとしたわけではない。ただ、一気に跳躍して先に回り込もうとしただけだ。そして地面に着地し振り返ったらその時既に犯人は倒れ込みもがいていた。グラウザーとしても何が起きたのか全くの理解の外である。
「あっ、あの――」
戸惑いつつもがく相手を保護しようとした。だが相手はそれを拒絶した。
「うわぁぁ!」
叫び声を上げつつ逃れようとする。それは捕まるのを拒否するより、得体の知れない恐怖を避けようとする本能に近い動きであった。呆然とするグラウザーを尻目に、朝や他の捜査員たちも追いつき集まってくる。三人がかりで制圧して抑え込むと、被疑者に対してま逮捕時の口上を述べたのだ。
「18時17分 容疑者確保につき緊急逮捕!」
そしてなおも逃れようと暴れる金の右手と左手に手錠をはめていく。その往生際の悪さに朝も思わず叫んでいた。
「いい加減諦めろ! それでも暴れて逃走するなら、そのご自慢のサイボーグ体を破壊して機能限定するぞ! 危機回避の方法として既に裁判所からも公に認められてる!」
「ちくしょおおお!」
それでも強く暴れるので朝は覚悟を決めた。スーツの内側に吊るした拳銃を抜き放つと、それを金の右の太ももに近づけ撃ち放つ。至近距離ゆえに外す事無く命中する。そして金の右足は火花をちらしながら機能停止し二度と動かなくなったのである。
「まだ暴れるなら左もやるぞ! ショットガンで両足をまるごと破壊しても構わないのだからな!」
そこまで脅されて警告されて逃走犯の金はようやくに動きをおとなしくさせた。逃走の危険はこれでようやく収まった事になる。立たされ二人がかりで抑えられ、逃走犯は警察車両へと引き立てられていく。
その体が違法サイボーグの恐れがあるため、通常のパトカーなどでは運べず、サイボーグ体を無効化できる拘束装置と、暴れたときに壊れない頑丈さを持った車両が必用となる。違法サイボーグの収容と運搬を専門とした専用護送車両が金を待っていた。
然る後にそのサイボーグ体を無力化する予備医療施設へと移送され、拘置所に収容、取り調べから裁判へと流れは続くのである。
「さ、こっちへ来い」
朝や他の捜査員たちに促され、足を引きずりながら逃走犯の金は護送車両へと引き立てれていく。そしてその途上、彼に声を掛ける者がいた。誰であろうグラウザーである。
「あの――」
グラウザーが声をかけようとするが、その存在に気づいた瞬間、金は激しい怯えを見せた。グラウザーから距離を取ろうとし、再び暴れ始めたのである。
「うあゎっ!」
それは恐怖である。明らかにグラウザーをおそれている。そしてこの男は心無い一言を浴びせたのだ。
「バケモノ!」
「え?」
思わぬ一言がグラウザーの認識を真っ白にする。一瞬、何を言われたのかが理解できずにいた。だが彼は聡明だった。人としても、人ではないものとしても、物事を理解する心は純粋で豊かだった。己が何を言われたのか即座に認識したのである。
――ギュッ――
左手をぐっと握りしめうつむきがちに視線を落とす。
自分が何者であるか? それは彼自身がこの世に生まれ落ち、意識と認識を与えられたときからずっと問い続けてきた問題だった。人間ではない物、それでいて人間と同等であり、人間と似ている事に価値があり、人間以上であることを求められる。
そうすなわち――
「ぼ、ぼくは――」
グラウザーが絞り出すような声で反論しようとしたときだった。
――ズガッ!!――
鈍くも激しい音とともに逃走犯の金を殴りつける者がいた。脇あいから顔面を横殴りに一発、黙らせるのには効果的な一撃である。
「バケモノはお前だ! 金友成!」
そして金の胸ぐらを掴むと引き寄せさらに罵声を浴びせる。それは1人の実年男性で、少し白髪の浮き始めた頭髪を丁寧にオールバックに仕上げた長身の男性だ。その細い目が印象的な彼は金に対して激しい怒りを顕にしたのだ。
「そのくだらない改造人体で粋がって、傷害32件、強盗7件、殺人未遂2件、殺人教唆2件、強盗殺人主犯1件、これだけ他人様を傷つけてなおも逃げて海外に高跳びしようとする! 同情の余地もなく社会の害悪みたいな貴様の方が、よっぽどバケモノだろうが! 自分が優位なら他人を踏みにじり、自分が劣勢になると周りを非難して責め立てる! ゴミクズみたいな品性してるくせに偉そうに騒ぐんじゃねぇ!」
その叫びは夕暮れの街に響き渡っていた。そしてその実年男性は懐から拳銃を抜き放つ。シルバーグレーのM3913、S&W社のオートマチック、狙いを即座に定めると片手撃ちで金の右足太ももに命中させたのである。電磁火花を散らしながら破壊されるサイボーグ体を視認しつつ彼――飛島 崇は金に吐き捨てたのである
「次にくだらねぇたわごと吐いたら眉間にぶちこむぞ!」
その剣幕に飲まれたのだろう。金はそれ以上は何も言わなかったのである。