第14話 空のクルセイダー/決死行
そしてここは有明1000mの西方1000m地点。そこに、アトラスとセンチュリーが居る。
そこにあるのはセンチュリーの愛車、V6エンジンの大型バイク「ウェーナー」である。
彼らの前方には一直線の舗装道路がある。
彼らはそこの新木場向きの道路上に待機している。
彼らの前方には有明1000mビルと、西方向部分のデルタシャフトがそびえていた。
惨劇のステージと、そこへと唯一延びる死のスロープ……
そのデルタシャフトの基底部にはエリオットが待機している。
そして、エリオットのそばでは情報機動隊の鏡石隊長が、携帯ターミナルを手にミッションの全てを調整している。
センチュリーらの待機する舗装道路の先に、デルタシャフトの基底部がある。センチュリーたちの視界の中に移るのは、はるか天空に突き上がる漆黒の巨大な柱である。
2人はすでに準備を完了していた。センチュリーがドライバーズシートに、アトラスが後部シートに乗っている。アトラスのその手には、彼専用の小型オートマチックショットガンの「アースハーケン」がある。
ウェーナーはアイドリングを続行中。エンジン部のサイドにはスペアのニトロタンクが付加されている。さらにデルタシャフトに乗り上げた瞬間、フロントホイールのインホイールモーターが作動するように制御ユニットにプログラム入力してあった。
いつでも始動OKである。
無理きわまりないミッションの中にあって、アトラスも、センチュリーも、エリオットも、寡黙になり何も語らない。ただ、眼の光だけが眩しく、その意思の頑強さと苛烈さを明示していた。
彼らは任務の前にあって、その心の中に大きな存在を納めている。それは「フィール」である。
彼らの末の妹。唯一の女性型特攻装警。それを意識も無くなり活動不能になるほどに破壊されて黙っていられようはずがなかった。右腕も無く、首筋も砕かれ、全身を引き裂かれたフィール。
その姿は3人の特攻装警に確実な怒りをインプットする。
フィールのその姿は、はるか上空で行なわれている惨劇の1シーンでしか無い事を、彼らは悟っている。もう3人の顔に笑いは一片たりとも無い。
「兄き」
「ん?」
センチュリーがふせ目がちに顔を下げ背後の兄へ問い掛ける。
「俺たちのやる事……憶えてるよな?」
アトラスは弟の問に大きく頷いた。センチュリーはその答えに背後の兄を見る。
「もちろんだ」
センチュリーの目に入ったのは、彼以上に眼光を光らせ前方の巨大なビルを睨み付ける兄の姿である。
「フィールの事も忘れんなよ」
そう告げるセンチュリーの声はわずかに震えている。そして、アトラスも切り換えす。
「当然だ」
そして、センチュリーは愛車の燃料タンクをそっとたたく。
「すまない。無茶させるぜ――」
長年、付き合い続けた愛機だ。もっと大切にしてやりたかったが、手段を選べない現状ではやむを得ない事は十分承知している。最悪、これで最後となるだろう。ほんの少し愛車を眺めていたが、すぐに前方を見上げ、向かうべき空へと意識を集中させた。
やがて、鏡石が彼ら3人を始め、そのプランに参加した情報機動隊員や機動隊隊員、さらには降下作戦で生存帰還を果たした盤古隊員たちにも合図を送り始めた。
合図は鏡石のハンドシグナルで行なわれた。人海戦術的な情報伝達であるが、この場合は参加人員の意識も高いため効率は極めてよい。状況確認が次々に行われ、やがて、鏡石の元に最後のハンドシグナルが送られる。
「準備完了。突入プラン開始!」
鏡石は軽く告げる。
「第1ステップ、エリオット砲撃」
エリオットはデルタシャフトを見上げる。デルタシャフト上にはネズミ返しのフェンスが5段に並んでいる。
右足と左足とをそれぞれ左右に動かしてスタンスを取る。
エリオットが選択したのは1.5mもの長さになる電磁レールガン式の大口径実体弾ライフルだ。
弾丸としての投射体は10センチ径と大きく、目標物に接触した際に爆散する仕掛けだ。これでフェンスだけを破壊するつもりなのだ。
電磁レールガンライフルのメインスイッチはすでに予め入れてありメーンコンデンサーは100%だ。接続済みの電源ケーブルを引き回しながらエリオットは狙いを定める。
加熱するメーンコンデンサーを冷却するため、エアインテークから空気が多量に吸い込まれていく。エリオットは電磁レールガンライフルの望遠スコープとおのれの肉眼を頼りに精密射撃を開始する。
トリガーボタンが引かれ投射体が鋭く撃ち出されると、投射体は1段目の防護フェンスを撃ち抜き爆散させる。間髪おかずに2射目、3射目を撃ち出し、これを計5回行う。そして、エリオットの精密射撃のテクニックにより、デルタシャフト上の走行障害物をすべて取り払った。
鏡石は結果を目視するとすぐにセンチュリーへとサインを送る。
1000mの距離では無線通信を用いる。センチュリーは警察回線を通じて、鏡石のサインを受け入れた。
「第2ステップ移行、センチュリー走行開始」
「了解!」
センチュリーの簡単な問い掛けにアトラスも無言で返事を返す。
クラッチをミートし、アクセルをゆっくりと開く。
スロースタートだ。だが、加速用の序走距離は約1000mある。
最初のトップスピードまでで、すでに800mを消費していた。のこりはトップスピードを維持してデルタシャフトの斜面を登りきるための運動エネルギーを蓄える距離である。
2人の眼前には漆黒のデルタシャフトがある。デルタシャフト基底部には路面上からから緩やかなカーブを描いて上へと伸びるスロープが繋がっている。そこをトップスピードで駆け抜けると、やがてセンチュリーのウェーナーは、スロープを越えデルタシャフトの斜面へと乗り上げて、急角度に空を向く。
フロントのホイールに備わっていたインホイールモーターが作動し、ウェーナーの登攀力を協力に補うだろう。そして、2人は登攀時の重心を取るために強い前傾姿勢をとった。
「おっしゃあ!!」
センチュリーが叫ぶ。
左の親指でハンドルグリップの根元の辺りにあるボタンを押す。バイク・ウェーナーの中の電子回路が作動し、ニトロボンベのバルブ用ソレノイドを動かした。ニトロガスが、ウェーナーのエンジンに強烈な活を入れる。
酸素の助燃と窒素の冷却がそのエンジンにさらなる力を与えた。センチュリーは再びアクセルを大きく開く。
高度約60m……… デルタシャフトの幅は約2mほど、だがその両サイドには何もない。加えてデルタシャフトの上面はわずかな弧を描いている。言わばそれは綱渡りに等しく、バランスはもとよりわずかなハンドル操作ミスも転落へと直結する。
高度約120m……センチュリーは2本目のニトロボンベを使用する。ニトロの多用は明らかにエンジンに過大な負担を強いる。だが、それでも速度の減衰と言う事実を考えればニトロは絶対に必須だ。
高度約180m……3本目のニトロボンベも開かれる。ニトロの消費が明らかに多くなっている。それゆえにエンジンが過剰燃焼で強烈に振動し車体はデルタシャフト上で踊らざるをえない。
センチュリーは、その車体の踊りを押さえ込むために、ステアリングに込める力を最大にまで引き上げた。アンドロイドの腕力でも、限界と言うものは当然有るだろう。デルタシャフト上を昇り切るまで、時間にして7秒強……その間、センチュリーの神経は限界まで張り詰めていく。
高度約240m……空中大地最上段「エンゼルリング」到着、エンゼルリングはまだ未完成で実用化されていない。センチュリーはデルタシャフトの上面を外れ、今度はそのエンゼルリングの上を走った。
そして、センチュリーは、目標高度の地上高240mのエンゼルリングの上を走行しながら、ラストのニトロボンベのバルブを開く。
「兄貴!!!」
センチュリーが叫んだ。その叫びに呼応してか、アトラスがうなずきながら、腰の裏側から彼専用の短ショットガン「アースハーケン」を取り出す。そして、センチュリーの肩越しにアースハーケンの発射に備えた。
センチュリーはその肩に、兄であるアトラスの腕の重みを感じる。そして、その重みとともに目前に迫る、地上240mの空に気分が高ぶるのを確かに感じていた。
いよいよだ。
彼らと1000mビルを隔てる絶望の空へと挑む時が到来したのである。