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第14話 空のクルセイダー/次善の策

 1000mビルの外周の広場の真っ只中で、センチュリーは茫然と空を見上げていた。


「手も足も何も出ねぇ……くそっ!」


 その右拳を振りかぶると、たまたま彼の右側にあった街路灯の柱にその拳を思い切り叩きつける。

 そのセンチュリーの隣にはアトラスが佇んでいた。いつもなら、センチュリーのその振る舞いをたしなめるだろうが、アトラスも今は、センチュリーと同じ行動をとりたい気分だ。だが、何をどう考えても、対策が浮かばない。敵がエレベーターと螺旋モノレールを最初に叩いたのはこれが目的だったのだ。

 いっその事、無理を覚悟でヘリで突っ込んでみようか? アトラスは自らの頑強なボディの事を思いながら、そんな無謀な考えさえ消し去りきれないでいた。そんな2人の所にエリオットが駆けつけてくる。

 

「アトラス兄さん、センチュリー兄さん」


 振り返るアトラスの視界の中で、駆けつけたエリオットが言う。

 

「すぐ来てください。課長が話があるそうです」

「話?」

「今後の対策についてだそうです」

「分かった――、センチュリー、お前も来い」


 アトラスは何かを感じる。まだ終わっていない。希望は断たれてない。確かにそう確信するに足りる予感の様なものをアトラスは感じるのだ。アトラスを先頭に3人は近衛の所へと一路駆けていく。そして、その視界に近衛の姿を捉えた時だ。

 鏡石が手を振っていた。自信あり気な、まだ気力を失っていない笑顔だ。

 その笑顔を見て3人の顔色が変わる。そして、近衛がアトラスたちに大声をかける。


「急げ! 鏡石に妙案があるそうだ」


 アトラスの予感は確信に変わった。アトラスたちは一斉に駆け出していった。

 

 

 @     @     @

 


 近衛は、集まった特攻装警3人を見つめながら説明をはじめる。


「鏡石から新しい突入プランが出された。私はこれをすぐに実行しようと思う。詳細は鏡石本人から聞いてくれ」

 

 近衛に促され、鏡石は説明を始めた。


「実は、最善の策とは言い難いけど何とか現状で実行しうるプランを用意しました。それでその内容なんですが――」


 鏡石はセンチュリーに視線を向ける。センチュリーが不思議そうに鏡石を見返す。


「ん?」


 センチュリーが不思議そうに呟けば、アトラスがセンチュリーに落ち着いた声で話しかける。


「センチュリー、お前をご指名だ」

「俺を?」


 アトラスの言葉に鏡石は、意味有りげな笑みで頷くと頭上を指差した。その指先の方向に有るのは、陽光を浴びて黒びかりするデルタシャフトである。


「センチュリーには、ここを使って登って登ってもらいます」

「はぁ?」


 センチュリーは言葉を逸し、鏡石が何を言っているのか理解するのに戸惑った。センチュリーとは逆にアトラスは事の成り行きに気付いたらしく、空とデルタシャフトを仰ぎながら落ち着いて言った。


「当然、歩いてで無い事だけは確かだな」

「なるほど。つまり――」


 センチュリーもアトラスの言葉を耳にして鏡石の意図を即座に理解する。鏡石の方を振り向くと、冷や汗かきつつも挑戦的な言葉を吐いた。

 

「俺にバイクであの上を突っ走ってこいってわけか?」

 

 デルタシャフトは最大斜度40度。斜めに1000mビルを貫いている。歩いて登っていては時間がかかる。突っ走って一気に登り切るには何らかの手段が必要だった。

 なるほど、この場においてはセンチュリーしか考えられなかった。


「正解よ。センチュリー」


 鏡石は、手にしたデータパッドを開きながら皆に答えた。鏡石の語る言葉を近衛は黙したままじっと聞いている。


「あなた、自分専用のカスタムオートバイを持ってたわね?」

「あぁ、乗ってきてる。エンジンも温まってるから、いつでもフルで動かせるぜ」


 二人のやり取りにエリオットがつぶやく。


「そんな――、途方も無いことをよく考えつきましたね」

「特攻装警なんて存在に関わってると、途方も無いことなんて慣れっこになるわよ。ね? 近衛課長?」

 

 笑って話す鏡石の問いに近衛は頷く。

 

「警察の常識の枠に囚われていては、お前たちの力をフルに活かすことなど出来んからな。それより、プランの詳細を説明をたのむ」

「はい、これを見てください」


 鏡石はデータパッドの薄膜ディスプレイにCG画像を写し出した。表示モードを操作して、3Dディスプレイモードに切り替える。するとそこには、有明1000mビルの3次元模式図が描かれている。皆にそのディスプレイの3D映像を見せながら、鏡石はさらに言葉を続ける。鏡石は西の方角を指差した。


「あの西に向かって伸びるデルタシャフトの延長線上には、数百m規模の長い舗装路があるの。そこからセンチュリーにバイクでトップスピードで走ってもらって――」


 鏡石はデータパッドを操作する。するとそこに一本の短い矢印が描かれ始めた。

 矢印はゆっくりとディスプレイ上を横断し始める。矢印はデルタシャフトを示す太い線と交差する。


「この地点でデルタシャフトの上に乗り上げて、トップスピード状態で上昇」


 矢印はデルタシャフトの上を登るように進む。デルタシャフトの上部の途中には空中に浮かぶ人工大地がある。


「ここでシャフト上を離脱」


 人工大地の所で矢印の進行はデルタシャフトを外れる。さらに空中大地上を矢印は直進する。その先には何も無い空中が待っている。


「空中大地上で再びトップスピードに加速して……」


 軽い電子音が鳴り、矢印は放物線を描く。


「1000mビルの第4ブロックの西方向ガラス壁面めがけて突進して」


 そこで矢印はビル内へ飛び込み停止した。


「ガラス壁面を破って内部へ侵入、しかるのちに内部の人間やディリアオと連絡をとる、これが私のプランだけど、どう? できる?」


 自分の考えたプランを告げ終わり、鏡石はセンチュリーを見つめ彼の答えを待った。

 センチュリーは思案しつつプランの実行に必要な条件を整理していく。


「斜度40度か――、ニトロボンベをフルで効かせてフロントホイールのインホイールモーターを作動させて、2駆モードで走行すればギリギリだけどいけないこともないか――」

 

 センチュリーは思案に思案を重ねると、熟慮した末の結論を口にする。


「十分実行可能だ。まぁ、バイクはかなりダメージ食いそうだけどな」

 

 センチュリーは自分の愛車には強い愛着があった。そこは警察官が自分の使用車両への愛着というよりはバイクフリークが自分の分身と言える存在への愛着の方が近いだろう。センチュリーがつぶやいた言葉に近衛が詫びる。

 

「すまんな、無理を言って」

「いえ。気にしないでください。バイクは壊れても直せばなんとかなりますが、人の命はそうは行きません。それに時間的猶予もギリギリなんでしょう?」


 センチュリーは近衛の言葉に事も無げに明るく答えた。

 

「優先順位は忘れちゃいません。そういうことで――、鏡石さんOKだ。バイクの準備は俺の方で早速始める」

「頼んだわよ。あなたのテクニックが全てなんだからね」


 その隣からアトラスが念を押す。


「まあ走るのはお前の十八番だしな」

「それしか能がねえけどよ」


 自虐的に笑い飛ばすセンチュリーの声が場の空気を和らげていた。その傍らで冷静に近衛が鏡石に問うていた。


「念の為、確認するが――、本当に可能なのだろうな?」


 近衛の問いに鏡石は明確に頷いた。それは確信の意思表示だ。

 一方で場から離れて、エリオットがデルタシャフトの上を目視している。やがてエリオットは鏡石に問うた。


「鏡石隊長、シャフト上の巨大フェンスはどうするんですか?」


 デルタシャフトの上面には下から登ってくる人間を阻止するための防護用のフェンスが張られている。シャフト上を走行するには邪魔なだけだ。


「それはエリオットあなたの仕事よ」

「やはりそうですか。では私も準備を始めます」

「その際、できるだけフェンスだけを排除して、シャフト上は傷つけないでほしいの。厄介な注文だけどお願いね」

「わかりました。精密射撃が可能な武器選択を行います。課長、武装の使用許可を――」

 

 エリオットの求めに近衛はうなずいた。

 

「構わん。お前の好きにしろ」

「了解です。では――」


 エリオットは近衛の答えを耳にすると同時に自らの車輌であるアバローナの下へと駆けていく。

 さらに鏡石は続ける。


「アトラス、あなたもセンチュリーと行動を共にしてね」

「自分も?」


 寡黙に現場の成り行きを見守っていたアトラスに鏡石は要請する。そして、やや驚き加減に問い返す。


「自分に何をしろと?」

「センチュリーの後ろに乗っていっしょに登ってもらいます。1000mビルの外壁は特殊硬質エンジニアリングプラスチックだから、センチュリーが体当たりした程度では割れないと思うの。だからいっしょにライフルかショットガンを所持して行って、上の方で外壁面を破ってほしいのよ。実際の作業に関してはあなたにお任せします」


 鏡石の言葉を受けて、アトラスは思案げに沈黙していたがすぐに頷いた。

 

「壁面破壊用に使う粘着榴弾仕様の特殊な炸裂弾がある。それを使おう」

 

 そして、近衛は再び問うた。


「コンピューターのシミュレーションではどうだ?」

「計算の上では問題は有りません。ですが不確定要素も絡みますから、絶対に成功する保証はありません」

「たしかに――、これは〝賭け〟だな」


 そう――、これは賭けだった。それもあまりに歩の悪い賭けだ。しかもそれはどんなに外野の人間たちがサポートして助力を試みても、最終的にはプランを実行する特攻装警たち本人の技量に頼るしか無い。

 さしもの、近衛も本音で言えばこのプランにゴーサインを出すのは不安を拭い切れない。しかし、その不安を吹き飛ばすようにセンチュリーは近衛と鏡石に言い放った。


「大丈夫だって」


 センチュリーは鏡石に言葉を挟んだ。


「確かに、堕ちたりした時の事とか俺も不安だけどよ」


 センチュリーはビルの上空を仰ぐ。


「万一落ちても俺やアトラス兄きだったら、少なくとも死んだりなんかしねぇよ。これは俺たちじゃねぇとできねぇ仕事だ」


 センチュリーの言葉にアトラスが頷き鏡石に視線で答えた。アトラスは大きな挑戦の意思をその目に宿している。そして、センチュリーは笑みを浮かべつつ、昂ぶる意思そのままにその両拳や両の指をしきりに動かす。そして、ゴーグルの下から鏡石にさらに問う。


「それから、整理するけど、上に登ったらまずはディアリオとコンタクトをとるんだったな?」

「えぇ、ディアリオに届けてもらいたいのあのディスクを」


 鏡石はさらに言葉を続けた。


「さっき説明した通り、ここと上層階を結ぶ唯一の通信ルートの存在を知らせて欲しいんです」

「それに、テロも食い止めねぇとな」


 センチュリーの言葉に鏡石は頷き、脇から近衛も話す。


「残念だが、こちらの警備本部でも第4ブロックの詳細は一切把握できていない。何者かが赴かねならん。少しでも時間が惜しい、プランの準備を開始しよう」


 近衛の言葉に皆が頷き返した。


「おーっし、そんじゃ――」


 センチュリーが手の平を差し出し、その上に鏡石もアトラスも、その手をはたいて気合いを入れて行く。

 

「行くぜ、空の上に!」


 最後に近衛が皆を見つめながら一言告げる。 


「よしっ、それでは早速、突入作戦開始だ!」


 近衛の言葉をトリガーに、突入作戦のための行動を一斉に開始した。


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