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第13話 フィール最悪の帰還/絶望の理由

 アンジェの行動は、盤古隊員たちの一斉掃射を受け完全に遮断された。そのアンジェの周囲にダーツ状の兵器が投射される。そのダーツは多量の光と電磁波を巻き散らす。さらにアンジェの周囲には見えない圧力が彼女を捕らえている。電磁場でも磁気でもない。その様な感触は彼女も感じない。


「なっ、何?」


 アンジェはとっさに耳に手をあてた。音だ。鈍く強く、そしてとてつもなく重い音だ。音が彼女を押さえつけようとしている。音が襲ってくるのは、彼女からは完全に死角になる方向、それらが3方から彼女を襲い包み込んでいる。次いで突然、そこは一瞬にして轟光に包まれる。

 火炎でも爆炎でもない。それは瞬間的な分子遊離プラズマである。高圧パルスレーザー光に誘発されたイオン化大気だ。それは小規模だが、高圧の爆風が辺り一面を振動させた。そして、最後方で状況を見守っていた盤古隊員がプロテクターの内部回線で告げる。


「音響圧力素子『ヴォイス』、プラズマ爆風誘起発光デバイス『グローフライ』、各自作動確認。ターゲットの破壊状況確認に移行」


 プラズマの閃光が引いて行く。音も止んだ。誰の眼にも確実に攻撃結果が見えるようになったその時そこに有ったのはアンジェの残骸ではなかった。巨大なシュロの木の茂みの様に膨れ上がった純銀のプラチナブロンドが、燻し銀に変わって内部に何かを隠していた。


 目の前に現れた異変に盤古が一斉にざわめき出す。無論、彼らの戦闘経験の中にその様な実戦データも情報もあろう筈が無い。だが、ざわめきも1秒と持たない。盤古たちは間発置かずに機銃を掃射する。一瞬のうちに燻し銀がマーブル模様になり、次いで純銀色へと変わって行く。膨れ上がったそのロングヘアの茂みの中に一つの人影がある。アンジェの髪が動いた。

 純銀の髪は無数の大蛇の様にうねりながら前進する。


 つまり、盤古たちの攻撃は何の意味も成していなかった。弾丸は純銀の長髪がクッションと化して全てを受ける。深く食い込むものの彼女の髪を貫通するものは一つとしてない。

 髪の毛がアンジェの体を大きく持ち上げ投げ飛ばせば、アンジェの体は空中で弧を描き、盤古たちの攻撃布陣の真っ只中に降り立つ。純銀のその髪はカタパルトとなり自らの主人を数十mの隔たりの先へと送り込んだのだ

 事態の進行が狂った。盤古たちの攻撃プログラムは、敵から完全な予想外の攻撃パターンを受けて破綻するより他は無かった。攻撃プランを指示する役目の隊員も、突発的な事態を把握をできずにいる。ただ一つだけ後陣の隊員に指示を出すと先程のダーツ状装備を取り出させる。

 アンジェはそれを視界の中に映していたが、彼女が警戒する暇もなく盤古隊員の攻撃は再開された。

 やや大きめのダーツが7本ばかり、アンジェの足下に付き刺さる。

 そして、針先が曲がり本体部がアンジェの方を向いた。ダーツは閃光を発する。閃光はパルス状の断続的なレーザー光で、マルチストロボの様に明滅を超高速で繰り返す。

 アンジェの眼前の空間の一点を狙って幾条もの光が走ったが、再びの爆風はついに起きなかった。

 本来ならレーザー光に誘起され爆風が起きるはずなのだが、レーザー光が発信を終えても何の変化もない。

 起こりうるべきはずの出来事が起きない。それがパニックをさらに助長しないはずが無かった。盤古隊員たちの目前で展開されたのは、重力に逆らい宙へと持ち上がり、飛び交うレーザー光や電力/電磁波を貪る銀色の毒蛇である。


 いや、毒蛇ではない。それはたしかにアンジェの頭髪である。だが、それは鬼女メドゥーサの様に奇怪なまでに乱舞/揺動するのだ。

 アンジェの純銀の髪が脈動する。生血を吸い上げる吸血生物の様に。

 やがて盤古の隊員たちの機関銃もその弾丸を切らし始めた。するとアンジェの純銀髪のもとで、動力の電気を吸い尽くされたダーツ型アイテムが軽い情けない電子音をたてて静止するのだ。

 幾つかの純銀髪の太い束が一直線に空を切る。その先に居るのはアンジェを排除しようとした者たちの姿である。


 純銀髪の束の先端は西洋騎士の持つ鋭利なランスと化している。。その附近の全ての盤古隊員の視界の中で、その銀色のランスがうねり踊った。アンジェはそのうねりの中心で瞳を薄く開き、全神経を研ぎ澄ました。


 彼女が感じているのは〝死〟の感触である。体内の重要臓器を貫かれて絶命する多数の命だ。近代銃火器とハイテク兵器を駆使した武装警官たちも、その異形の殺人アンドロイドには敵うことは無かったのだ。唯一生き残った盤古隊員がマスクの下で悲痛に何かを叫んでいた。

 周囲の様々なエネルギーを吸い終えて満足そうにうな垂れていた純銀髪は、その鎌首を一斉にもたげた。純銀髪の多数の鎌首の先が目映いばかりの閃光をかもしだす。


「お返しよ」


 そして赤が散る。彼らの視界の中で散る。鮮血、肉塊、そしてあるいは――

 彼女の目に映る目標は最後の一人だ。彼は機関銃のM240E6を構えて最後の抵抗を試みていた


「ごくろうさま」


 アンジェは満面の微笑みでただそれだけ告げた。

 破裂。

 破裂したのはその盤古隊員の頭部プロテクターマスク。その箇所へ向けて、アンジェの純銀髪の束が6本ばかり、その先端を向けていた。髪の先端は輝きながら微細に振動している。明らかにそこから目視できない何かを発している。

 純銀髪の先端から出ていたのは高圧のマイクロ波、それが複数、別方向からある一点を狙って集まれば、集中点で爆発的な分子振動を引き起こし目標物は破裂する。


「どう? 自分の頭が電子レンジになったご感想は」


 煙も火も無かった。頭部を失った彼は、答えを発せずにゆっくりと後方へ倒れた。

 アンジェはそれを確認せずにその身を反転させる。すると彼女のその耳に何かが聞こえてくる。

 極めてごく僅かに聞こえてきたのは、板状の物が風を切る時の音。


「ヘリ?」


 アンジェは1000mビルの外を見る。1000mビルの外周ビルの最上階から上は吹き抜けになっている。その吹き抜けの向こうに、二重反転ローターのヘリの機影を垣間見る。

 機影は急上昇し、アンジェの視線はその機影を追い上へと向かう。


 しばらくして彼女の髪が、空中に電磁火花を断続的に放射し始める。それが空間中にプラズマ状の光球体を形成して行く。光球は振動しながら放電を始める。

 アンジェの顔から笑みが消え失せ、ただ冷たく新たな目標を見つめていた。それから十数秒経過したあとだ。光球は二つ作られ50センチほどのサイズになった頃、アンジェは髪で弾くようにして、それを投げ飛ばした。

 光球は外周ビルの上部にある換気用の高さ10m程の換気用の大型ルーバーを貫き、ビルの外へと飛んでゆく。それから数秒の後、2機の高速ヘリは光球の直撃を喰らい豪音を上げたのである。



 @     @     @



 近衛は茫然と頭上を仰いでいた。眼が大きく開きじっと頭上で起こった事実を直視している。その手元は、表情とはうらはらに拳が堅く震えている。

 彼の隣では、機動隊員がコンパクトタイプの電子制御双眼鏡で上空を見上げていた。


「警備本部長殿」

「どうした?」


 近衛は部下の問い掛けに顔を引き締め冷静に答える。


「救援部隊を乗せたヘリが1機撃墜されました、のこる1機は攻撃を避けて退避していきます」

「撃墜手段は?」

「高圧プラズマの電気の塊……いわゆる『球電』と呼ばれる物かと」

「そうか」


 近衛はどうにかして声が震えるのを押さえていた。

 特攻装警を送るのは、あくまでも第1陣の突入部隊が突破口を開いた後の話である。それが突破口も開けないばかりか、ヘリごと撃墜された。もし、残る1機で、突入を試みても、搭乗した特攻装警ごとにヘリを破壊されるだろう。

 ヘリが破壊される直前、機内から隊員たちが緊急脱出する。そして、背面に装備したジェットパックで急速降下していく。皆、地上へと降りてゆき、1000mビルに辿りつけた者は皆無である。


 近衛にエリオットが静かに歩み寄ってくる。そして自らの上司の隣で頭上を仰ぎながら、淡々と語り始めた。

 

「課長、私は1つ分かったことがあります」


 そのつぶやきに近衛は沈黙でもって言葉の先を待つ。

 

「私は今までの経験から、数体のアンドロイドと1人の老人が、世界中の警察組織や軍隊を敵に回して、何故これほどまでのテロ活動を続けてこれたのか不思議でした。ですが、その理由がようやくわかりました」

 

 近衛はエリオットの横顔を見る。その視線に気づくようにエリオットも近衛の方を見る。

 

「近距離戦闘のみならず、遠距離レンジの強力な攻撃手段を有しているからです。しかも、生身の人間を超える身体能力を持ち、高度な電脳戦にまで対応可能。これはもはや一個師団クラスの戦闘能力に比肩します。食い止めたくとも食い止められないんです」


 近衛は、エリオットの言葉にうなずきつつ、こう答えた。

 

「生身の人間にはな」


 それでも――

 

「行くぞ、なんとしてもお前たちを第4ブロックに送り込まねばならん。次のプランを考えるぞ」

「はっ」


 それでも諦めることは出来ない。

 近衛は、エリオットと機動隊員を引き連れ場を離れた。彼らの頭上では機体を破壊され行き場を失ったヘリの残骸がゆっくりと風に流されながら弧を描き初冬の東京湾へと落ちて行く。

 脱出に成功した部隊員たちが地上へと三々五々に舞い降りてくる。死傷者は奇跡的にもゼロであった。


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