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第12話 群像・地上で抗う人々/アトラスの場合

■1000mビル正面ゲート付近にて / 特攻装警第1号機アトラスの場合■


 1000mビルの正面ゲート前の表広場ではアトラスが、そのままビルの警戒に従事していた。

 その肩に11番ゲージの大型ショットガンを背負い、その身に、フライングジャケットを着込み、ビルの正面入口の最も目立つ場所にアトラスは立っていた。


 微動だにせず、ただ立ち続ける。新たな指示が入るまでサミットの開催中はそれがアトラスの任務なのだ。とは言え、少し状況が変わってきたのも事実である。

 サミットを取材すべく集まっていたマスコミたちも、事件が発生し報道管制が敷かれてからは、わずかな留守番役を残しているだけでまったく別な場所で、報道が解禁になるのを待っている。それに、このビル自体が事件現場となってしまった現在、現場関係や警備担当者や警察の応援部隊を除いて立入禁止状態にあった。それ故に今はビルの周囲には人影もほとんど間ばらである。

 当然、それまでアトラスの周囲に並んでいた機動隊員の人数もめっきり減っていた。すでにサミットの警備としての体勢はほとんど崩れていたのである。だが任務は任務、新たな指示が下るまではそれまでの指示に従うのが筋である。


「アトラス班長」


 アトラスの背後から2人の機動隊員が近寄り、小声で語りかける。


「警備本部長殿がお呼びです。それとビル正面の警備を解除して、この班の人員を一度警備本部前に集合させるようにとの事です」


 機動隊員の持ってきた近衛のメッセージを聞いて、アトラスはやや時間を置いて――


「解った、本部長は?」

「警備本部にてお待ちです」

「よし、さがれ」

「はっ」


 アトラスにその機動隊員たちは敬礼をして去る。アトラスはVIP出迎え警備班の班員たちに向けて叫ぶ。


「警備本部からの指示を伝える! 現在の警備体勢を解除し警備本部前に集合! その後の行動については、警備本部からの指示を待て。以上だ!」


 アトラスの声に呼応して敬礼をし、一糸乱れずに機動隊員たちは本部に向かう。その彼らを見送りアトラスも歩き出す。1000mビルの外部を離れビルの第1ブロック内へと入る。そして1000mビルの正面ゲートから伸びる舗装路へ向かった。

 ふと立ち止まり物憂げに空を仰ぐ。そこには栄光の舞台から混沌のるつぼへと姿を変えてしまった巨大なビルがある。


「フィール――、ディアリオ――」


 アトラスは静かに呟いた。


「何とかできないのか」


 アトラスは強く己れの拳を握った。微かに拳自体が軋む音が聞える。当面は、警備本部長である近衛の指示を待つ以外に無い。そのためにも先を急ぐ。と、その時だ。


「アトラスさん」


 アトラスは声のする方を向く。さん付けで呼ぶのは、アトラスの受け持ちの班以外の機動隊員である。


「なんだ?」

「センチュリーさんがいらっしゃいました」

「センチュリーが?」

「はい、こちらにおいでです」


 そう言いかけ、彼らが背後の人物を引き出そうとした時に、その人物は自分から前に進み出てきた。そして、その姿を見てアトラスは驚きの混じった声を発した。


「センチュリー!」

「兄貴!」

「やっと来たか」

「待たせてすまねぇ! それより――」


 センチュリーはそう言いつつ頭上を仰いだ。

 

「――この騒ぎは?」


 センチュリーの言葉にアトラスも頭上を仰ぎながら返答する。

 

「爆破事件だ。1000mビルの最上階層ブロックを孤立させるように破壊活動が行われた。同時にビルの全ての設備、すべての情報システムがダウンした。極めて巧妙なハッキングによる物らしい」


 爆破、ハッキング――、それがこのサミット会場で行われている。

 センチュリーの脳裏の中ですべての情報の糸が1つにつながった。

 

「やっぱり、あいつらか!」

 

 怒り混じりに語気も荒く言い放つセンチュリーにアトラスは続けた。

 

「犯行声明も無く、上層階とは完全に遮断されているため情報不足で確定はできない。だが私自身としてはディンキー・アンカーソンで間違いないと思う」


 アトラスの言葉にセンチュリーは右足を持ち上げると苛立ちを叩きつけるように地面を強く踏みしめた。

 

「くそっ! 完全に出し抜かれた!」

「あぁ、まったくだ。約一ヶ月の準備期間をかけてサミット会場周辺を警備し続けてきたのに」

「建築作業をサミット終了まで遅らせてまで警備してきたんだぜ? すべてパーだ!」


 苛立ちと憤りが噴きだすままにセンチュリーは自らの頭を右手でかきむしる。そんな彼をたしなめるようにアトラスが言う。

 

「やむを得ん、それだけ敵の行動と策略が我々の予想を上回っていただけの話だ。今はこの事態を収拾することが何よりも最優先だ」

「分かってる。それより近衛さんはどこにいるんだ? 話したいことがあるんだ」

「それなら、私と一緒に来い。近衛課長に会いに行くところだ」


 アトラスはセンチュリーにそう告げると警備本部に向かう。センチュリーも相槌を打つのもそこそこにアトラスを追うように走りだす。そして、警備本部がある分署の前に辿り着けば近衛とエリオットが先回りアトラスたちを待っていた。その時近衛は、アトラスの隣にセンチュリーの姿を見た。


「ん?」


 微妙な表情を浮かべる近衛にエリオットが訊ねる。


「課長?」


 近衛は答えない。ただじっとアトラスたちが来るのを待っている。一方で、アトラスたちも近衛の姿を確認していた。近衛が自分たちを待っている事に気付くと走り出して先を急いだ。


「近衛課長、アトラス他1名、ただ今参りました」


 近衛はアトラスを見つめ頷く。その一方で、すっと視線をセンチュリーの方に向ける。その視線に答えるようにつま先を揃えてセンチュリーは敬礼した。


「特攻装警センチュリー、ただ今到着いたしました。これよりサミット会場警備に合流いたします」

「やっと来たか。待っていたぞ」


 その言葉から近衛がセンチュリーの存在価値を高く評価しているのがよく分かる。

 

「遅れて申し訳ございません」

「気にするな、だが遅れた分の収穫はあったのだろう?」

「はい」


 センチュリーは明瞭に力強く答える。

 問題行動が多く直情的で思慮が浅いところがあるセンチュリーだったが、その行動力と直感の鋭さは特攻装警の中では随一だった。所属している部署は異なるが、近衛はセンチュリーのそんな面を密かに買っていた。近衛はアトラスやエリオットにも目配せしつつセンチュリーに命じる。

 

「話せ」

「はい――、今回の日本国内での活動に際してディンキー・アンカーソンは、はなっから日本国内の組織の協力を当てにしてはいません。むしろ、別な犯罪組織が日本上陸を果たそうとする動きに便乗していたんです」

「別組織だと!?」


 センチュリーの口から漏れた予想外の言葉に、近衛以下皆が驚愕せざるを得なかった。

 

「それで、組織の詳細はつかめたのか?」

「いえ、まだ取っ掛かりだけです。既存のあらゆる組織と一切の交流を持たない独立系の組織のようです。ですが、組織名称だけは判明しています」

「その組織の名は?」


 近衛がセンチュリーに問う。一呼吸置いてセンチュリーは答えた。

 

「ガサク――、アラビア語で〝黄昏〟を意味するそうです」


 アラビア語――、それがその組織の成り立ちの何たるかを感じさせるには十分な要素だ。

 

「イスラム系極右か!」

「いえ、イスラムだけでは無いようです。アフリカ、中南米――非欧米の反白人社会の全域で名前が見え隠れしているそうです。今回掴めたのはそこまでです」


 近衛に答えるセンチュリーの言葉に、アトラスが続ける。

 

「反白人社会と言うことは、イスラム系の範疇にとどまらず、アフリカ系、南米系、アジア系――、南半球社会のあらゆるエリアの反社会勢力とつながりを持っている可能性があるな」


 アトラスの言葉に近衛が言葉を重ねる。


「イスラム系とアフリカ系の反社会勢力の連携は20世紀末から懸念されていたことだが、不安が現実になったと言うことか」


 近衛の重い口調に同意するようにエリオットがうなずく。


「それも最悪の形で具現化しそうですね」


 エリオットの言葉に皆が同意している。エリオットには古い記憶の中に、忘れたくとも忘れられない出来事が想起されていた。そして、アトラスがある推測を言葉にする。


「いずれにせよ――、ディンキーは日本の緋色会をはなっから無視しても行動できる理由があるというわけか」

「兄貴、これは俺の推測なんだが、ディンキーの目的は英国人、そして英国人が活動の場としている欧州社会だ。ガサクの目的が白人社会への攻撃と排斥だとすれば両者の利害は見事に一致する。そこにディンキーの持つ卓越したアンドロイド技術を提供することを条件に、ディンキーの行動のバックアップをガサクが全面バックアップしているとすれば?」

「既存の組織だけに目が向いていた我々を出し抜くことなど容易ということか」

「おそらくな」


 センチュリーのもたらした情報に近衛の表情が深刻なものになっている。

 

「我々は、根本的な見落としをしていたのかもしれん。いや――、それ以上に緋色会を窓口として日本上陸をはたす、と言う情報自体が、ディンキーが仕掛けた壮大なブラフだった可能性がある。屈辱的だが我々はディンキーにまんまとハメられたわけだ」


 エリオットは近衛の言葉にさらに続けた。


「課長――、もしかすると、あの南本牧の場にはディンキー・アンカーソン自身は居なかったもしれません。ディンキーの配下のマリオネットだけが姿を表し暴れている。フィールたちが追った逃走トレーラーもはじめから陽動で、途中で放棄するつもりだったのでしょう。我々はディンキーがマリオネットたちとは別行動を取る可能性を見過ごしてしまった」

「その可能性は高いな。ディンキーは老人だからな。マリオネットどもと常に一緒にいるはずと、我々は思い込んでしまった」


 エリオットの推測を近衛は肯定した。その他の者も否定する者は居なかった。

 近衛は皆に視線を送りつつ告げる。


「ならば一刻も早くサミット参加者の救助活動を優先させねばならん。ディンキーの背後にイスラム系組織が隠れているとなれば、英国以外のVIPも攻撃対象になる可能性は十分にある」

 

 近衛の言葉に特攻装警たちが頷いている。そして今度は、近衛が情報をもたらす番だった。


「話は変わるが、第4ブロックに突入してもらう事になった」

「いよいよですか?」


 訊ねるアトラスに近衛は頷く。


「本庁から高速ヘリによる突入部隊が編成されて送られてくる事になった。神奈川と千葉の盤古からの応援による特別編成部隊だ。お前たちには突入部隊の第2陣に同行してもらう事になる。この後、ビルの外の広場で待機してもらう。詳しい手はずは突入部隊が到着してからだ。アトラス、センチュリー、エリオット――、そう言う事だ。大変な事になるが覚悟してくれ」

「了解!」


 近衛の言葉に特攻装警の3人は敬礼しつつ返答する。


「しかし、センチュリー――」


 近衛は半ば感心するような言葉をかける。


「よくこんな情報が手に入ったな?」


 近衛の言葉にセンチュリーは頷きながら答える。


「緋色会に関係の有りそうな末端組織の構成員から、少しづつコンタクトを取りました。最終的には、実際に南本牧の上陸作戦を担当していた一次傘下団体の幹部にコンタクトする事ができました。今回の情報はそこからのものです」


 そう語るセンチュリーにアトラスが声をかける。


「向こうさん、よく話を聞いてくれたな?」


 アトラスも普段の業務上の経験から、緋色会の閉鎖性は痛いほど良くわかっている。センチュリーの行動がどれだけ困難な物なのか用意に判断がつくのだ。


「あぁ、かなり手こずったよ。小競り合いにもなったしな。でも、向こうさんのメンツを回復すると言う一点で話を絞って交渉してたら、何人か話を聞いてくれる幹部連中に逢えるようになった」

「メンツ――か」


 アトラスはそうしみじみ呟いた。時代がいつになっても闇社会の連中が重んじるのはソレだ。センチュリーなら、敵のメンツを潰さずにうまく話を作れるだろう。しかし近衛は、センチュリーに言い含めるように告げる。


「だが、深入りはするなよ。変に縁を持つと厄介だからな」

「えぇ、わかってます」


 センチュリーもそれは当然承知している。頷くセンチュリーを見つめながら近衛は歩きだした。


「行こうか」


 4人はアバローナに乗り込んだ。そして、出撃の地へ向かうのだった。


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