第12話 群像・地上で抗う人々/センチュリーとエリオットの場合
■1000mビルへと向かう途上にて / 特攻装警第3号機センチュリーの場合■
冷えついた11月の日光の下、センチュリーはV6水素ドライブエンジンの咆哮音を響かせて首都高湾岸線を羽田から大井埠頭を経て有明へと向かっていた。そして、東京港トンネルを経て臨海副都心へとたどり着いたとき、その視界の向こうに見えた有明1000mビルの光景にセンチュリーは愕然とせざるを得なかった。
1000mビルの上層階から噴煙が上がっている。人間の耳には聞こえがたいが、センチュリーの鋭敏な聴覚には、あそこで散発的な戦闘が行われているのも聞こえている。
首都高速の湾岸線を臨海副都心ランプで降りると、大規模なショッピングモールを横目にひた走る。
そして、センチュリーはバイクを1000mビルの周囲の路上へと乗り入れた。
エンジンのスロットルを戻しゆっくりとオートバイを停める。そして、そのまま周囲の様子を伺う。
「おいおい、なんだよありゃぁ?!」
見上げるセンチュリーの視線の先では白煙をあげている1000mビルの外観があった。
「ちくしょうっ! 連中、やりゃあがったな!」
それは誰の目にも明らかな異変だった。ビルの周囲にマスコミや野次馬が群がる中、機動隊員や応援出動した警邏警官たちが、立ち入り禁止のバリケードを張り巡らせている。首都高湾岸線も1000mビル周囲では完全に通行禁止となっていた。
一般道は完全に渋滞になっていてそのままではビルまでたどり着けない。パトランプとサイレンを作動させると大声を張り上げる。
「特攻装警だ! 道を開けろ!」
センチュリーの声と特徴的なパトランプの光と音に並んだ車の列が左右に割れる。そして、バイクのアクセルを開き1000mビルの事件現場へと直行する。
その前方に、センチュリーの姿に気づいた機動隊員たちが足早に駆けつけてくるのがわかる。センチュリーは彼らに向けて声をかけた。
■1000mビル地下駐車場にて / 特攻装警第5号機エリオットの場合■
近衛は警備本部を離れ、地下の駐車場エリアに居た。サミットが開始される前、最終ミーティングを行なった場所だ。エレベーターが動いていないため、近衛は第1ブロックから、地下ブロックへと降りるための長いスロープを下って行く。そのスロープの要所要所に、人間が登り降りするための大きな螺旋階段がある。
近衛はそこを下る。そして、任意のフロアナンバーのところで階段から離れると、そのフロアへ通づる鋼鉄製の仕切り扉を押し開く。
その先は一面闇の暗黒の世界。まだ、電力供給が再開されないためになんの灯りも存在しないのだ。
所々、離れたポイントに非常灯がクリーム色の光りを提供しているが、それは暗所での歩行を保証するもので普段の行動が約束される訳ではなかった。今の近衛の視界には、エリオットの姿は無かった。近衛は少し思案して大声で叫ぶ。
「エリオーーット!」
声だけが空しい残響を残す。
「どこだったかな?」
近衛は周囲を見回した。だが、その視界の中にエリオットの姿はない。胸のポケットから、地下ブロックのフロアのペーパーマップを取り出す。そして、手元のペンライトでマップを照す。
「ここが、Lの№………」
現在の番地と、エリオットが居たはずの番地を照らし合せる。まだまだ場所は先である。
「ふむ――」
近衛はペンライトの灯りだけを頼りに進む。エリオットを見つけるまでそれほどの時間はかからないだろう。歩く事4分、ほどなくして、二つの強力な光が見えてくる。
「エリオット!」
近衛は足早にその光の源を見つける。そこにあったのは一台の大型オフローダー、名称を「アバローナ」と言う。
アバローナの主であるエリオットは、シートを後ろに倒して寝そべっている。何かを考えているように手を組んでいたが、上司である近衛の声を聞きつけてその身を起こした。
「課長」
「エリオット、車を出せ」
「はっ」
近衛の指示に従い、エリオットはシートを起こしハンドルを握る。そして、ナビシートに近衛が座るのを待ってアバローナを走らせた。エリオットには、この車をどこに向かわせるのか、すでに理解できていた。
「課長」
「なんだ?」
「このビルの異常は何なのですか? 停電にしてはずいぶんと長すぎますが?」
「それについて今から説明する」
そして、近衛はこれまでに1000mビルに起こった事実を近衛自身が知りうる範囲内で伝えた。エリオットはそれを聞きながら車を走らせている。
「このビルの特性からお前に無線で連絡を入れる事ができなくてな、それに現在は事態の収拾するのが優先だったから、そのための警備本部内の作業に手間取ってしまった。遅れてすまん」
「そうですか、では、その第4ブロックに他の特攻装警も?」
「うむ、現在、フィールとディアリオが閉じ込められている事が確認されている。それとな」
「はい」
エリオットは言葉を区切った近衛の方を向きいぶかしげに表情を伺う。
「おまえの弟が、来ているそうだ」
「弟?」
近衛は頷く。一方のエリオットは、近衛の言葉の意味を理解できずに軽い混乱をきたしていた。明らかに驚きを覚えており、口をわずかに半開きにしている。だが、その言葉が何を意味するのか気付くまでに然したる時間はかからない。
地下ブロックを走り終えたアバローナは、長いスロープを登り始める。
「お前の次の次、特攻装警の第7号機が、この会場に非公式に来ているんだそうだ」
「そうですか、では、さっそく逢えるのですね?」
「いや逢えない」
不思議に思い言葉を返さないエリオットに近衛は言葉を続ける。だが、さすがにバツが悪そうに言葉を詰らせた。
「途中で失踪したそうだ」
「えっ?!」
「なんでも、引率した者がトイレに行っている間に姿を消したそうだ。まったくどう言う事なのか。警察の常識からすれば考えられん話だ」
「失踪、ですか?」
近衛は頷く。
「なぁ、エリオット」
「なんでしょう?」
「特攻装警であるお前から考えて、本当に失踪などと言う事が有り得るのだろうかな?」
「そうですね――」
エリオットは思案している。少し長い沈黙の後、彼は答える。
「決して、有りえない事では無いと思います」
近衛はエリオットの方を振り向き、エリオットの顔を興味深げにじっと見つめた。
「我々、特攻装警はアンドロイドです。ですが、必要十分な学習や教育が終わらない間は、いかに高機能で優秀なアンドロイドと言えど、その辺の子供と能力的にはほとんど変わりありません。実際、実家の第2科警研所内で過去に見ているのですが、基礎学習が終わっていない頃のフィールなど、明らかに子供同然でした」
「そうか、だがなエリオット、普通は基礎学習なぞ必要な任務に就く以前に完了しているのが普通ではないのか?」
エリオットはあいづちを打ちながら頷く。たしかに、近衛の言葉はもっともだ。
「そう考えると今度の私の弟は、まだ学習が不完全と言う事になるでしょうか?」
エリオットの言葉に近衛は考える。わずかな時間その目を閉じると再び開いてエリオットに告げた。
「そうかもしれんな。聞けば、まだ正式な配備着任に入る前だと言うんだ。それを連れ回していて、この失態だ。今度の新しい特攻装警には何かある。そう私は考えている」
ちょうど、アバローナがスロープを登り切った。地上の薄明るい光が視界に入った。
「その、私の弟となる特攻装警ですが」
「ん?」
「名前はなんと?」
「グラウザーだそうだ」
「グラウザーですか」
近衛は頷いた。そして、眉間に太いしわを刻んでうめくように呟いた。
「この失踪が、事態をこじれさせなければいいのだがな」
エリオットはアバローナを走らせる。そして、そのまま1000mビルの外へと向かった。