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第12話 群像・地上で抗う人々/鏡石玲奈の場合

■1000mビル周辺 / 情報機動隊隊長・鏡石怜奈の場合■


 分署の一階の廊下の並びに、トイレに付属した化粧室があった。その化粧室の洗面台の一つの水道の蛇口が開きっぱなしになっている。

 流れ出た水は洗面所の器を叩き一つの音を奏で出す。その音が洗面所をカモフラージュしている。そのカモフラージュの中に居るのは一人の女性、鏡石だ。

 鏡石は洗面台の排水レバーを押し、溜めた水を流し出す。そして、手元のハンカチーフで顔を拭き、洗面台の脇に置いていたいつもの丸眼鏡をその手にとる。


「負けてらんないわ!」


 その言葉と同時に彼女は眼鏡を付ける。その笑みを心の中にしまい込み、その顔を引き締めた。一人の女性から、一人の警察の人間へと、自分を切り換えた瞬間であった。

 それっきり鏡石は口をつぐむ。そして、洗面台の上に置いてあった荷物を手にする。


 彼女は洗面所を後にした。表では、彼女の部下である情報機動隊の隊員が彼女の指示を待っているだろう。歩き出した彼女のローヒールの甲高い音がビル内に鳴り響いた。


 鏡石はビルの屋外を足早に闊歩する。1000mビルのふもと、その周囲を走り回って附近で行動を持て余していた情報機動隊の隊員を呼びよせる。その時、鏡石のもとに集った隊員は全てで3人あまり。


「これだけ?」


 鏡石が問う。


「他は、ビル内に残留しております」

「そう――」


 軽くため息をついて顔を振り上げる。


「しかたないわね、この人員で当面は動きましょう」


 隊員は頷く。


「それで、今後の対処についてですけど」


 鏡石は手にした携帯ターミナルを開き、それを素速く操作してデータを表示させる。そのデータはこの1000mビルの詳細な構造図だ。鏡石はそれを隊員に見せながら話す。


「まず、第1に何とかして内部に取り残された他の隊員たちやディアリオと連絡を取ります。現状ではビル内の全ての情報回線は停止しているから、内部とは連絡が取れない。けど、それでも何かしらの手段があるはずよ。みんなで手分けして、その連絡手段を見つけ出して。それから、第2に、停止しているビルの管理システムや情報回線の復活です。これ無くして事態の収拾はありえません。ちなみに各自現在までに入手した新たな情報などが有ったら申告して」


 隊員がめいめいに返答しながら鏡石の指示を受け入れる。早くも隊員は、己れの携帯ターミナルを動かした。そしてその中の一人が第2ブロックとの間に開かれた臨時の有線通信回線の事を告げる。

 鏡石はそれを聞き、その隊員に答えた。


「ではその回線について、情報システムとの通信にも使用可能か、敷設した警備本部の人たちにあらためて問い合せて」


 隊員は返事を返して指示を受け入れる。


「みんなもこの人数では大変だろうけど、この状況を解決に導けるのは、私たちなんだと自覚と自信をもって事にあたって。わたしも及ばずながら全力をつくすわ」

「了解」


 隊員たちの答えに安堵してか鏡石も表情を弛めて頷いた。そして、その顔から笑いを消すと、いつもの凛々しくも理知的な顔で大声で告げる。


「情報機動隊、これより臨時の特別任務に付く。セットアップ!」

「はっ!」


 はっきりとした返答が返ってくる。そして鏡石の指示のもと、情報機動隊の面々は一斉に動き出した。



 @     @     @



――そして、鏡石も情報収拾のためにビルの周囲を見てまわる。


 その手にはあいかわらず携帯ターミナルが納められている。彼女の手の上で、携帯ターミナルは1000mビルの情報を表示している。構造から内部の設備/システムの作動情報あるいは内部の使用状況に至るまで。


「あれ? これって」


 彼女はふと頭上を仰いだ。そこには、天空を斜に一気に突き上がる4本の支柱があった。


「あ、デルタシャフト」


 『デルタシャフト』……特殊炭素繊維系複合素材製の巨大な柱である。


「そっか、これがあったんだ…何かに使えるわね」


 彼女は、己が歩いた箇所の調査結果をそのターミナル上に一つ一つ記して行く。

 全てのエレベーター、全てのモノレール、全てのメンテナンス階段――

 その他、ビル内のあらゆる設備/システム――


「主な動力装置はまったく停止、第1ブロックだけがビルの外から臨時の電力を引いてるけど、それも一部の施設だけ。それに、上へのアクセスはさっき動き出した貨物搬入用の大型リフトしか使えないし……」


 携帯ターミナルのマップデータに記された情報を見つめ、彼女は考える。


「それも、第2ブロックまでなのよね」


 鏡石は、人差し指を唇に当て眉をハの字に曲げている。呼吸の音だけが、静かに彼女の平静さを表わしている。彼女は歩き続ける。ビルの周囲を散策し、上の方と連絡を取るための対策手段をなんとか見つけようとした。


「データ不足ねぇ」


 鏡石は簡単にそう言い切り、スーツのポケットから小型の携帯通信機を取り出した。第1ブロックからならば、ビルの周囲のごくわずかなエリアと通信する事ができる。鏡石は通信機のスイッチを入れる。そして、チャンネルをセットすると情報機動隊の隊員へと話し掛ける。


「こちら情報HQ、情報各員へ注ぐ、現在の調査状況に関し応答願う」


 切替式の音声のみの通信機……手軽なコンピューター端末に慣れ親しんだ鏡石には少し煩わしい。情報HQ/情報各員とは情報機動隊が警察無線で用いる暗号で、HQとはHeadQuarterの略で隊長である鏡石のことを指す。やがて情報機動隊の各隊員から返答がなされた。先程は3人だったのが、自力で地上と連絡手段を確保したのか6人に増えていた。さらに、調査が進んだのかかなり有効な情報がそろったらしい。鏡石はそれを聞きわずかに思案し、次の指示を出す。


「それでは第1ブロックの施設統合管理センターに集まって、改めて、行動プランを練り直します」


 鏡石は通信を切る。


「この分だと、第2ブロックや第3ブロックはいずれ回復するから大丈夫として」


 そして、再びビルの上方を仰ぎ一人呟く。


「やっぱり、残るは第4ブロックねぇ」


 第4ブロックは、遥かに高いビルの上空の彼方にかすんでいる。見上げれば、すぐに首筋が痛むような急角度だ。その現実に、鏡石は頭から血が引くような感じを覚えた。


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