X3:ミドルレベル:社会カテゴリー・治安情報エリア
その二つのシルエットは舞い降りるようにその場所へと降り立っていく。
一人は19世紀末期の英国の貴族男性のような服装をした三毛猫
もう一人はバーチャルアイドルキャラクターとよく似た姿を持つ少女。
ミスマッチな雰囲気漂う二人だがこのネット上の情報空間であるサイベリアでは、何らおかしいものではなかったのだ。
三毛猫の貴族の名はペロ――
アイドル風キャラクターの名はベル――
アンドロイド警察官・特攻装警をめぐる話題で知り合った二人である。
二人は、午後四時にX‐CHANNELのエントランスエリアにて待ち合わせし、たった今、このエリアへとやってきた所である。
周りを一瞥するとベルが不安そうに呟く。
「ここは?」
それに答えるのはペロだ。
「社会カテゴリーの中の治安情報エリアさ。闇社会カテゴリではそのものズバリの裏社会でのゴシップ情報が氾濫してるけど割とああいうのはあてにならないんだ。所詮は噂だからね。でもここは違う」
そう語りながらペロはその細長い回廊を歩き始める。
「ここは基本的に行政やマスコミが流したニュース情報やプレスリリースを基本としている。そして、みんなで持ち寄った口コミ情報を加えてより正確な情報を見つけようとする場所さ」
ペロが語るその事実にベルは感心しつつもその後をついていく。
「すごい――、社会カテゴリーにこんな場所があったなんて」
二人が歩く回廊のフロアにはほの明るく光出すロードサインでフロアのサブカテゴリーの名前が記されていた。
――メインカテゴリー:社会――
――サブカテゴリー:治安情報――
そして居並ぶ扉を眺めながらペロはベルに語り始めた。
「そもそも組織犯罪と言ってもそれを実行するのは一枚板じゃないんだ」
「どういうことですか?」
「いいかい?」
ペルが猫の手のない指立てて指折り数え始める。
「組織犯罪には複数の系統がある」
たまたま通りかかった扉に記されていたルーム名が目に入る。
【ステルスヤクザ】日本国内系組織情報【王道任侠ヤクザ】
【危険のトップクラス】中華系組織情報【黒社会・18K・ドラゴン・他】
【最強軍人崩れ】ロシア系組織情報【ロシアンマフィア】
【黒人パワー健在】アメリカブラック系組織情報【カラードマフィア・ブラックブラッド】
【狂犬集団】中南米系組織情報【MS13・ロスセタス・サングレ】
【最新ハイテク系】サイバー系組織情報【サイレントデルタ・他】
【最強実戦集団】中近東・アフリカ系組織情報【ISIS・その他】
【サイボーグカルト集団】日本国内若年系組織情報【武装暴走族・スネイルドラゴン・他】
……ざっと目を通しただけでもそれだけの組織名が溢れていた。その数の多さにベルは背筋が凍る思いがする。
そして、彼女のそのこわばった表情を見てペロが言う。
「ものすごいだろう? これが今、日本国内で蠢いている闇社会組織の一端だよ」
「そんな――」
「悲しいけどこれが現実なんだよ」
ペロは肩をすくめながら言った。
「外国人が悪いとは言わない。日本人にだってたちの悪いのは山ほどいる。ただ今の日本は経済の拡大を目指すあまり治安の維持と言う重要な点を置き去りにしてしまった」
ペロの言葉にベルはうなずきながら言う。
「それがこの結果なんですね」
「ああ、そうさ」
そして再び、ペロは歩き出す。
「君の消息を絶ったというご友人だけど、その人を探すにはまずこれらの組織のどこの関わりがあったかわからないといけない。闇雲に探してもとっかかりすら見つからないだろう」
「………」
ベルは言葉思わず失ってしまう。あまりに闇の大きさに押しつぶされそうだったからだ。だがペロは言う。
「諦めるにはまだ早いよ、ベル」
「えっ?」
「実は、原因不明の失踪案件で遭遇率が高い組織が一つあるんだ」
「それはいったい?」
ベルの疑問の言葉に、ペロはとある部屋の扉を指差しながらこう告げたのだ。
「こいつらさ」
【サイボーグカルト集団】日本国内若年系組織情報【武装暴走族・スネイルドラゴン・他】
ベルはその扉のタイトルのあるキーワードに視線を奪われた。
「武装暴走族!」
そのつぶやきにペロは頷く。
「その通り。僕の知っている限り大都市の首都圏で若者が消息を絶つ場合、彼らが絡んでいる可能性は極めて高い」
ペロはベルと向かい合いながら言葉を続ける。
「武装暴走族の主体は、ほとんどが若い青少年たちだ。そして武装暴走族同士の抗争や他の犯罪組織との勢力争いなどのために組織の駒とする人間を数多く必要としている。何より、暴走暴走族の平均年齢は若い。若者に接触するには最適なんだよ」
ベルはペロの言葉を真剣に聞き入っていた。
「そして何より武装暴走族の上にはほぼ間違いなくステルスヤクザが絡んでいる。組織への上納、いざという時のスケープゴート、人的資源の吸収――、ステルスヤクザにとって暴走暴走族は格好の道具なのさ」
ペロが語る現実はあまりにも残酷だった。
「だからこそだ、その対抗手段として生み出されたのが、君が兄貴と言って慕う〝センチュリー〟なんだよ」
「あっ――」
「やっと気づいたようだね。多分、彼のことだから下調べは始めてるとは思うけどね。ただひとつだけ」
「なに?」
「過剰な期待はしない方がいいよ。それだけ〝根の深い案件〟だから」
〝根の深い案件〟そう言われたことでベルの胸は締め付けられるような思いがする。しかしそれもまた現実なのである。
「でもねベル」
ペロは再び歩き出すととある扉の前で立ち止まった。
「全てを諦めるにはまだ早いからね。君にもできることはまだあるんだ」
そう告げながらとある扉を指し示した。
【犯罪被害・組織拉致】若年性失踪案件・相談総合【情報共有で救出しよう】
ペロは言う。
「このルームのことは知っていたかい?」
ベルは顔を左右に振った。
「いいえ、気づきませんでした。社会カテゴリーにこんな部屋があるなんて思ってもみませんでしたから」
「そうだったか、ここなら君が求める情報が確実にあるはずだ。その上で僕も折に触れて調べておくよ。だから――」
ペロは進み出てベルの両手をしっかりと握った。
「あきらめちゃだめだよ」
その言葉の奥にはペロもまた大切な人を失った過去があるのではないかと思わせる何があった。それは同情ではない、失うということを知っているからこそできる〝手助け〟だったのである。
そんな時だった。ペロが背広のポケットに入れていた古めかしい懐中時計がアラームを発した。
「おっと、ちょっと失礼!」
ペロは懐中時計を確かめる。それは懐中時計の形をしたインフォメーション端末のイメージCGである。文字盤に表示される文字を眺めていたが、懐中時計を再びしまうとベルの手を引いて歩き出したのである。
「行こう、オープンエリアにまたあの部屋が立ったよ。特攻装警に次の動きがあったようだ!」
「本当ですか? じゃあ第7号機?」
「さあどうだろうね。じゃあ行くよ」
そう告げるとペロは足元を蹴った。そして舞い上がるとベルとともにオープンルームへと向かったのである。
















