第12話 群像・地上で抗う人々/近衛仁一の場合
ディアリオたちが1000mビルの回廊で起死回生の突破口を探して迷走している頃――
有明1000mビルの最下層第1ブロック――
そこでは外部からの救出手段を求めて、幾百もの多様な人間が全力を尽くしていた。
■警備本部にて / 近衛仁一の場合■
現在の有明1000mビルは全くの停止状態にあった。本来の未来都市としての機能性はすべて喪失している。
その第1ブロックの片隅、有明の1000mビル分署の中に警備本部が設けられている。
そこでは今回の国際未来世界構想サミットの警備の総責任を担う人物が事態の収拾に奔走している。警視庁警備1課課長の近衛仁一警視正である。
近衛は警察の制服の上着を脱ぎすてワイシャツ姿になっていた。行き交う情報を受け取りながら、適時、現場に向けて激を飛ばす。彼が部下たちに対して指揮を取っている会議室では、これまでのハイテク体勢から一変して旧時代のローテク体勢へと一気に変化していた。ビル内の全ての情報システムがダウンし、迂闊にデジタル回線に接続すれば再ハッキングされる可能性も示唆されている状況では20年一昔前の人海戦術の状況に全てを頼る以外に無かった。
会議室内の壁と言う壁には、A0規格大の巨大な白紙の紙が何枚も張り付けられており、紙の上には、この巨大ビルの内部構造が模式化されて描かれている。その紙面上には、地下ブロックから第4ブロックまで、そして、ビル外との連絡状況、それらが全て克明に描かれていた。今もまた、一人の機動隊員が飛び込んでくる。
「報告!」
そう叫んで部屋の中ほどまで進みでる。部屋の中では常時10名程度の警官が在籍していて事務的作業に従事している。次々に持ち込まれる情報を手元のレポート用紙の上に書き起こして行く。そして、それらのレポートをA0の紙の上に次々に転記して行くのだ。
紙面上に記載されて送られてくる情報の山を、近衛は順次処理して行く。レポートにも記載されているが、確かに第4ブロックとの断絶は重大であり、それにともない各国のVIPの安否は極めて重要な問題である。だが、それ以外にも処理しなければならない問題はあとを断たない。
今も、その部屋に新たな機動隊員が飛び込んできた。
「近衛警備本部長!」
「なんだ」
その声に、近衛はそれまで読んでいた書類から目を離す。
「マスコミからの再度の取材許可要請です!」
「これまでと同じだ、断れ」
近衛はいとも簡単に拒絶する。
「国賓やVIPの安否が不明だ。不用意な情報を洩らせば国際問題になる。引き続き報道協定による報道自粛を要請しろ。安否が確認できしだい許可すると伝えろ!」
「はっ!」
一声を張り上げて、その機動隊員は身を反転させ駆け出して行く。近衛は手元の書類の見聞を進める。書類を見ながらも、壁の巨大な紙に情報を書き込んでいる機動隊員に声をかける。
「再確認だ、これまでに連絡が無い第3ブロックの特に情報の入ってこないエリアはどこだ!」
「西部方面第4区画、中央方面全域、及び、外周ビル最上部附近です!」
「第3ブロックの最上部との連絡状況はどうなってる!」
「臨時通信回線の敷設が終わっておりません。また、斥候に向かった隊員からも連絡無しです」
「よし、引き続き連絡を待て。10分して連絡の無い場合、最寄りのエリアから事実調査に向かわせろ」
「はっ」
近衛の命を受け部屋の対岸にある一角へと向かう。そこには旧時代的な音声のみの通信端末が置かれている。大柄なアンプと回線切り換え機、そして、スタンド式のマイク。当座の臨時の通信設備だ。そこには、通信設備の設置に専念している機動隊員と臨時の通信技術者が居る。彼らのところにさっきの機動隊員が駆け寄り話し掛けると、すぐに近衛に返答を返した。
「近衛警備本部長!」
「何だ」
「第2ブロック内、臨時通信回線敷設、及び、機動隊員現場配置、どちらも完了しました」
「よしっ」
近衛は大きく頷く。そして、立ち上がり歩き出しながら告げる。
「さっそく、事態収拾のための作業を開始する。お前たちは引続き、情報収集と分析にあたれ」
「はっ」
その場の機動隊員たちは人づてに持ち込まれる情報の束を効率良く処理して行った。その中で特に特徴のある情報は手元のノート型コンピューターのデータベースへと打ち込んで行く。打ち込まれた情報が手短に整理され、定期的に印刷物に変えられて打ち出されて行く。そして、それらの印刷物の束は、近衛のもとへと送られる。最終的な判断を近衛に委ねているためである。
近衛は、新たに設置された通信端末装置のところへと歩み寄って行く。口元が堅く結ばれ言葉を必要最小限にとどめていた。部下から渡された資料に視線を走らせながらも、意識はすでに別なところへと飛んでいる。
意図的に意識を眼前の通信端末装置に戻すと通信端末の一点を凝視したままマイクスタンドを手元に引き寄せた。そして、マイクのメインスイッチを入れ通信端末のチャンネル切り換えを一斉放送へとセットする。その押しボタン式スイッチを操作しながら、彼は旧式であるが故の利点の様なものを感じている。
――こう言ったものの方が、私には合っている――
古臭い機械を目の前にして、近衛は己れの時代の移り変わりの様なものを実感する。そして古臭い人間だからこそ、現在起きている事態に対応する力がある事を気づかずには居られなかった。そんな思いをいだきながら第2ブロックの全箇所へ向けてメッセージを発した。
「有明1000mビル第2ブロック内の全警備関係者に次ぐ。こちらはサミット警備本部、第一責任者・近衛 迅一警備本部長だ。これより、今後の復旧作業に関する連絡事項を通達する。まず現在、第2ブロック内全域の要所要所に、臨時の有線通信回線を敷設しこれを完了した。今後主要な連絡手段は、この有線通信回線を用いる事とし、ブロック内各所の通信装置の設置箇所を拠点として今後の復旧活動等にあたってほしい。
復旧作業にあたっては、まず人命救助を最優先とする。なおその際の救助作業に伴う小規模な建造物の破壊は各人の判断において良識をもってあたること。また、不審人物/不審物の発見の際には警備本部への連絡を怠るな。今後も状況に変化が起こり次第、放送を行なう。以上だ」
近衛はそこでマイクスイッチを切る。そして、チャンネルをそのままに機械を受信状態にする。
「この他に、状況の変化はないか?」
一人が挙手する。
「たった今連絡がありましたが、物資搬入用の大型リフトが一機だけ一時的に使用可能になったそうです」
近衛は頷く。
「解った、すぐに他の部署にも連絡してくれ」
隊員は簡単に返事を返し、通信機のコンソールの方へと向かう
「他には?」
「近衛警備本部長、これを」
一人が進み出てレポートの束を近衛に渡し、それを確認する近衛に対して告げる。
「先程、事件発生の前に、明らかに関係者以外と思われる人物が、第2ブロックから第3ブロックの方へと登って行ったそうです」
「服装等は解るか?」
「そちらのレポートに」
「わかった」
近衛はその機動隊員を下がらせると、レポートの内容をチェックし始める。レザージャケットにレザーパンツ、そして、ジャケットの背に記された「G-project」なる英文があった事などが近衛の目に止まる。
「G-project? まてよ――」
そこのところだけ、妙に鮮明に近衛の脳裏に浮び上がる。
「おい君」
近衛は、手近なところでレポートを整理していた機動隊員に声をかけた。
「はっ」
「第2科警研の新谷所長と、朝とか言う新米はどこに言った?」
「はっ、先ほど警備本部から出て行きました。その後の動向は存じません」
近衛は脱いでいた制服の上着を見につけ手元のレポートを手に取ると、部屋の出口へと向かった。
「2人を探してくる。すぐに戻るが、みんなは作業を続行してくれ」
「はっ」
部屋の方々から返事が返ってきた。近衛はその返事を背に部屋から出る。
「警備本部長」
「何だ?」
「ぶしつけな質問ですが、あの朝と言う刑事ですが、どうなさるのですか?」
一人の機動隊員が近衛に問いかけてくる。思わず口にした言葉なのだろう。その目には明らかに苛立ちが滲んでいる。近衛は顔を意識的に引き締めた。そして、その声を低くして答えを返す。
「任務外の質問だ。口を慎め」
「失礼いたしました!」
その隊員は敬礼をして謝罪の声を返す。それを確認して近衛は頷く。近衛は部屋を出る。そして、少し見回し他の部下の姿がない事を確認する。レポートの束を丸めて握るとそれで自分の肩を叩き始める。やがて近衛は大きくため息を吐いた。
「ふん」
低く呟くと、首を左右に振る。近衛の首の骨が鈍い音を立てた。その音と首の骨の感触に微かな心地好さを感じながらも近衛は頬をゆるめ一人呟く。
「どうする――か――」
軽く笑いが洩れた。近衛は分署の中を歩いて行く。そして、時折通り過ぎる分署の人間や機動隊員に尋ねながら朝たち2人を探しに向かった
















