表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/470

第11話 護衛任務/破壊

 ジュリアは両脚を降ろすと、その漆黒の体躯を音もなく起き上がらせる。まるで一匹の黒豹が身を起こすかのように――

 ジュリアは何もなかったかのようにそれまでの数刻の間の惨劇が嘘であるかのように、速やかに立ち上がる。そのシルエットはステージを歩くファッションモデルの様に優雅である。

 今、彼女の眼下には肉体の要所を砕かれて横たわる一体のアンドロイドが居る。フィールはもはや行動不能である。指一本動かせぬ状態のまま必死に周囲の状況を把握しようとしている。視線の先にジュリアのつま先が見える。その視線をつま先から先を見上げるように動かせば、そこにジュリアの恐るべき姿がはっきりと見えていた。

 

「ヨコハマでは世話になった」


 ジュリアがフィールを見つめていた。冷酷で感情の見えぬ瞳の中に微かな怒りの色が垣間見えていた。それは明確な敵意だ。フィールもその敵意がもはや避けられぬ物であると悟らざるを得なかった。

 その怒りに彼女はどう答えるだろうか?

 侮蔑とともに無視するのなら、むしろその方が良かっただろう。

 だが、ジュリアはそうはしなかった。なぜなら――


 ジュリアはテロリストであるからだ。

 

 ジュリアは右手一つでフィールの肩を掴むと高く持ち上げる。ジュリアの視線が僅かに横に流れた。その先にはビルの巨大ガラス壁面がある。ジュリアは視線をフィールの方へと戻す。

 そのジュリアの酷薄な視線と、苦痛と恐怖に怯えたフィールの視線が向かい合った。

 そのフィールの姿を認めたままジュリアは告げた。

 

「失せろ」

 

 ジュリアの呟きとともに、彼女の右半身が大きくうねった。

 フィールの身体は弓なりの投げ釣り竿の様に反りかえり宙を舞う。そしてその先は有明1000mビルの強化ガラス壁面である。十数mの距離を飛びフィールの身体がガラスの表面に強打される。

 その衝撃で壁面の強化ガラスが割れ、幾千数多のガラス破片が有明の空中に四散する。ガラス壁面には巨大な穴が空き、そこからフィールの身体は宙を泳いでいた。


「フィール!!」


 ディアリオの声が展望回廊に響き渡る。理性的なディアリオに似つかわしくない感情剥き出しの叫びだ。しかしその声はジュリアをも引き寄せてしまっていた。ジュリアの顔がディアリオの方を向く。ジュリアがまた再び、ゆっくりと歩みを進めてきた。鈍く響くヒールの音は、万物を死に招く死出の鐘の音である。

 その足音を響かせながらジュリアはディアリオに迫りつつ告げる。


「ヨコハマでは貴様にも世話になった」


 彼女の敵意はディアリオに対しても発露している。 

 

「あの時の借りを返してもらうぞ」

 

 それが彼女の有する意志である。テロリストである以上、その歩む足先の先に障害となる異物があるのなら、それを排除するのはごく自然な行動原理だ。今、ディアリオが置かれた状況は最悪である。なによりディアリオ自身とジュリアの双方の機能性から判断するなら相性は最悪。肉弾白兵格闘タイプの彼女と、電脳機能特化のディアリオでは、どう見てもディアリオが圧倒的に不利である。

 だが、ディアリオはその死出の鐘の音の様な足音を数えながらも諦めてはいなかった。

 

「私を消すだと?」

「そうだ」

「誰の意志だ?」


 ディアリオはその胸の奥から沸き起こる恐怖と危機感に抗いながら、あえて挑発的にジュリアに問うた。その挑発の裏にある意図を察してか否かジュリアは眉1つ動かさずにこう答えたのだ。

 

「我らが主の意志だ」


 ディアリオの視線は必死に周囲を駆け回る。

 一つ―― 二つ―― その間にもジュリアの足音は近付いてくる。

 ディアリオの視線が天井から床面へと下った時、その目が何かを捕らえた。


〔防火用非常隔壁・作動レバー〕


 そして――それの入った赤い枠の透明ボックスである。

 ディアリオの脳裏がデータを探る。無数の情報と事実のネットワークが連鎖的に作動し、ディアリオに知己と行動を与える。

 ディアリオは機知を得た。今、彼とジュリアの間の位置の天井に防火隔壁が存在している。それを目にした時、彼の行動は決まった。

 ディアリオには常に変わらぬ思いがある。それは自分自身が〝情報を得るために生まれた存在である〟と言う思いだ。今この危機的状況にあっても、その思いは一ミリたりとも揺らいでは居なかった。

 

「そいつの名は?」


 ディアリオはクーナン357オートマチックの空弾倉を弾き出し、新たな弾倉を押し込む。銃を構え、敢えてジュリアを攻撃するかのような仕草を見せた。

 だが、しかし。その行動が意図するものをジュリアは捉えきれていなかった。拳銃のマグナム弾に怯んで警戒するような彼女ではない。またいつもの様に弾き飛ばせばいい、そう彼女はふんでいた。

 

「死出の手向けに教えてやる。我らが主、ディンキー・アンカーソンだ」


 その名を聞いてディアリオが満足すると思ったのだろうか。あるいは、ディアリオが恐れるとでも思ったのだろうか。いずれにせよ、そう告げるジュリアに、ディアリオはある感情を読み取る。


 それは――

 慢心である。

 

「ありがとう、礼を言う」


 ディアリオはそうい言い放ち、ディアリオは隔壁の作動レバーが収った壁面ボックスを狙いトリガーを3回引いた。


「それを聞けば十分だ」


 豪音が3つ連続する。壁面ボックスの蓋が吹き飛び、その中のレバーが現れた。次弾が壁面に跳弾しレバーを外側に叩く。レバーが起き上がる。次々弾が跳弾でレバーをさらに叩く。

 レバーは完全に起き上がり隔壁は甲高い機械音とともに天井から跳ね降りてきた。そして、この隔壁はシャッターではない。普段は天井に収っていて、重力によって自力で下がってくる逆跳ね扉式のパネル隔壁である。隔壁は扉のちょうつがいに内蔵された油圧の自動ブレーキの力でゆっくりと降り始める。


 ディアリオは狙いをさらに変えた。再び弾丸が2発放たれ、弾丸は隔壁の油圧ブレーキの収った支点を砕いた。油圧ブレーキ内の圧力は一気に低下し、扉は勢いよく落下するだろう。

 

 ジュリアがディアリオの意図に気付いた時は、すでに手遅れだった。

 駆け出すジュリアをその向こうへと隔てたまま隔壁は轟音を上げて閉じたのだ。そして、周囲にに鳴り響く残響を耳にしたままディアリオは素速く起き上がる。そして、隔壁の隅にある壁完全閉鎖用のかん抜きをかけるのだ。

 簡単な仕組みの扉の鍵だが。一度降りれば向こう側からは二度と開かない。その事を知らぬジュリアが隔壁を幾度も殴打していた。オーケストラのバスドラムかティンパニーの様な音がその空間に鳴り渡る。ディアリオはその扉を凝視していた。それしか今の彼にはする事が無かった。そして、隔壁が敵の腕力を凌駕していることを祈るのみだ。


 やがて、殴打する音は止まり、残響が暫時残っていたがそれも徐々に無くなって行く。そして、訪れたのは静寂である。

 ディアリオの身体から一気に力が抜け出す。ディアリオは喉の奥から安堵の吐息を漏らした。いや、安堵だけではない。すぐさまグッと奥歯を噛みしめると、右拳を握りしめて振り上げ、そのままプラスティック張りの床を一撃、強く殴打した。

 今、ディアリオの脳裏にはビル外へと放り出されるフィールの姿が強く焼きついていた。それを阻止できなかった自分自身に対して悔恨と苛立ちが抑えきれない。もっとも、安堵と苛立ちと言う背反する感情にただとらわれていたわけではなかった。


 ディアリオは敵ジュリアから得られた人物名を脳裏に反芻する。


『ディンキー・アンカーソン』


 今回の事件の首謀者の名をディアリオは掴んだ。この事実を何としても地上の警備本部と鏡石隊長のもとへと伝えなければならない。それがディアリオが新たに得た行動目的だった。

 周囲を見回せば、すでに英国のアカデミーの人たちの姿はそこにはなかった。

 黙してディアリオは歩きだす。英国のアカデミーのVIPたちが逃げたであろう方角を目指して。ディンキーの思想信条から考えて、彼のターゲットが英国アカデミーのメンバーなのは間違いなかった。

 ならば、彼らを守りきり、そして地上の人々にディンキーの存在を伝える。それがディアリオが唯一、敵に対して一矢報いれる手段だった。今のディアリオに出来うる事は、少なくともそれしかないのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ