恋の超特急!! ~一発屋の悲劇~
「ごめんなさい」
たった一言だけではあったが、破壊力は満載で彼の心をへし折るのは容易い。
いったい何度目になるのだろう。
いい加減察しても良いのであろうが、それでもへこたれない所は流石と言えよう。
美男子と言っても過言ではない。
引く手数多の美貌を兼ね備えていたのだが、彼には残念すぎる部分も多々目立っていたのである。
あまりある至らない点を余所にする甲斐甲斐しく接する紳士は控えめに告げた。
「これで……99人でございますな、坊っちゃん」
ピンと伸びた髭は見事なまでにWを描き、その清楚且つ思わず息を飲むような凛とした佇まい。
漆黒のスーツを着こなし、純粋無垢なシャツの襟は鮮烈に尖る。
色鮮やかではなく至って標準な趣のネクタイや、オールバックに纏められた髪型は彼の立ち位置をよく顕していた。
執事 ── 。
所作の随意に至るまで無駄は無く、決して主に歯向かうような素振りなど見せない。
「いよいよ……大台に突入かなぁ……」
その主とやらは立ち上がる様子など一切無く、誰の耳にも届かない程度にポツリと呟く。
最早、その気力も無いのか大地に突っ伏そうとしているのも分からなくはなかった。
幼少の頃からそんな節はあった。
誰であろうと目にした矢先、想いの旨を告白しては、唯の傲慢でしかならないだろう。
一番酷かった思い出として代表すれば、既婚者であり子持ちであった幼稚園の先生が真っ先に頭に浮かび、思わず眉間に皺を寄せる。
あどけなさが僅かに漂う彼女はそれとなく前髪を掻きあげ真剣な眼差しを向ける幼児へと事も無げに囁いてきた。
「もうちょっと大人になってからだね~?」
言い訳としてはあまりにも不愉快であり、幼かったにしてもそれは理解することなど先ずあり得なかった。
未だに脳の片隅からには鮮烈に刻み込まれ、切り離すことなど無いだろう。
壮大な鐘の音が始業のチャイムを掻き立てようとも当時を思い出し、握り締めた拳を勢いよく地面へと叩き付ける。
痛いのは当たり前であり、己の迂闊さだけが晴れ渡る空へと鳴り響いていった。
「……こんな……こんなことがあってたまるか……!!」
所謂イケメン。
だが長年付き添ってきた執事ですら呆れるぐらいに、その惚れっぽさは尋常ではなかった。
多分、神様でも匙を投げるだろうか。
たかが恋愛、されど恋。
執拗に追い求めるは報われることなど無いであろうに片膝を立て、震える身体に鞭を振るい漸く立ち上がる。
「だ……大丈夫ですか? 遊夜様……」
切に心配する執事の思惑など余所に、今しがた訪れた悲劇を振り払うべくして、全く意に関してしないように。
偉そうに両腕を組み、遊夜と呼ばれた男子学生は溢れ零れようとしている涙を必死に堪えつつも、勇猛果敢な様である。
それは誰にも分からないぐらいの、細やかな意地っぱりなのか。
鼻水を啜り、次なる目標を見定める如く雄々しかったのが妙に痛々しかったのは否めない。
「……苦しゅうない……」
精一杯の呟きではあったにしても執事はどこか嬉しそうに頬を緩ませ、今まで尽くしてきた事に意味はあったのだろうと手拭いを目許に宛がう。
彼からしてみれば家族同様でそれは正しく、ついぞ掛けられる言葉ではなかったのであろう。
ひとしおに押し寄せる感情は感極まり嗚咽を堪える執事を余所に、覇気が昂る遊夜。
彼はサラサラの髪を掻き挙げ、イケメンぷりを醸し出す。
「こんな所で躓いてはなるものか……!」
「ああ……見事です、お坊っちゃま……!!」
まだ校内にも差し掛かってはいないというのに寸劇は延々と繰り広げられていた。
茶番と言われても致し方ないことで、だが此処からが本番である。
これは、申し分無く。
普通に過ごしていれば幸せな恋物語を築き上げる資質を持つ男子高校生の苦難の日々を淡々と綴った日記であり、決して実ることの無い破綻劇。
果たして結ばれようも無い悲劇。
ふと見上げた空からは救いの手などは欠片たりとも無かった。
「リア充死すべし!!」
一介のボンボンがたったひとつの純愛を追い求める物語である。
努々、忘れるなかれ。
世間は時相応にして、無情なのであった……。