67 ボーンデッド、チャンプと対峙する
巻き起こる『ボーンデッド』コールに、「ぐぬぬ……!」と歯ぎしりをするハゲデブ。
脂でテカったフェイスにギラリと光沢が走ったとたん、ゆでダコの形相に豹変した。
『きっ……貴様らぁ! このワシを裏切るというのかぁ! 拾ってやった恩を忘れおって……! 貴様ら全員クビだっ! クビクビ! とっととワシの工場から出ていけっ!』
このハゲデブはただでさえ地声がでけぇから、それでがなり立てるなんてもう公害レベルだ。
しかも俺のそばにいるから、ヤツの脂ぎったツラが耳元にあるかのようで、不愉快極まりない。
応戦するかのように、従業員たちがわめき始めた。
なんでもいいけど、俺を挟んで喧嘩するんじゃねぇよ。
「ああ、出ていってやるよ! こっちから願い下げだっ!」
「そうよそうよ! なにが拾ってやった、よ! 人を犬猫みたいに!」
「そうだ! アンタは俺たちのこと、犬か猫くらいにしか思ってないんだ!」
「休みも返上で、ずっとずっと働かされて……そのうえ給料も安いし……!」
「アタシ、しょっちゅう身体触られて嫌だったの! 気持ち悪いったらありゃしない!」
「お前なんて、ボーンデッドにクチャクチャにされちゃえばいいんだ!」
ワーワーと不満をぶつける民衆に、暴君のような邪悪な笑みを返すハゲデブ。
『いまワシが乗っとるのは……対ボーンデッド用メルカヴァ……「ゼゲロ・ザ・チャンプ」……! 貴様ら、この強さを知らんわけではないだろう……! それなのに、ワシに楯突く気になるとは……!』
『ゼゲロ・ザ・チャンプ』と名乗ったソイツは、高さでいうならボーンデッドの1.5倍、全長にいたっては2倍はありそうな、長大なる4足歩行タイプの機体だった。
象のような顔からは鞭のような鼻が伸び、耳のあたりから腕が出ている。
コクピットは背中の上にあるようだ。
たぶん、象に輿を担がせ、その輿に乗っている王様のようなイメージなんだろう。
全身が銀歯みたいな色なので、悪趣味ここに極まれりといったカンジだ。
しかも極めつけなのが、ボディの横にデカデカと自分の顔写真と『ゼゲロ・プチャジル』と名前がペイントされているところ。
成金の自己顕示欲の煮こごりのような、欲と金にまみれたメルカヴァだった。
ハゲデブの言う『強さ』とやらを思い出したのか、従業員たちは「ううっ……!」と後ずさりする。
「そ、そうだ……! あの『ゼゲロ・ザ・チャンプ』はボーンデッドを倒すために研究され、作られたメルカヴァ……!」
「そ、それは、そうだけど……あのボーンデッドが、そう簡単にやられるとは……」
「いや、俺も設計に参加してたからわかる……! 女子校対抗メルカバトルの試合映像を分析して、ボーンデッドの攻撃にすべて対応できるようにしたんだ……!」
「ああ、チャンプには、ボーンデッドの攻撃はすべて通じない……! 一方的にやられるのは、間違いない……!」
「そ、そんな……!? ボーンデッドって、プロのメルカヴァ乗りの警備長さんを一撃でやっつけたんだよ!?」
「その警備長を、あのチャンプは一切動かずに、長い鼻だけを使って倒したんだよ! しかも軽くパンって払うだけで、あっさりと……!」
「でも、なんで社長はボーンデッドを倒そうとしてるの!? うちの会社はボーンデッドのグッズが大ヒットしてるのに……!」
「ボーンデッドに会いに行ったら反抗的だった、って社長は言ってたけど……それでボーンデッドを倒して、かわりに自分が有名になることを思いついたみたい」
「まさか、近々生産ラインを変えるって言ってたけど……!」
「そうさ、工場のラインをボーンデッドから切り替えて、社長と『ゼゲロ・ザ・チャンプ』のグッズを作ろうとしてたんだ!」
うえええっ!? と吐きそうな声が、主に女子従業員からおこる。
「チャンプのグッズはともかく、社長のグッズだなんて……!」
「そんな気持ち悪いもの作るなんて、絶対イヤよっ!」
「社長が工場に来たときだって、ただでさえ目を合わせないようにしてたのに……!」
「グッズになったら、四六時中あの顔を見ることになっちゃうじゃない!」
「クビになるのは嫌だけど……そんなの作るくらいだったら、麻薬でも作ってたほうがマシよっ!」
「そうよそうよ! ボーンデッド! もう覚悟はできたわ! 最後に社長に一撃でもくらわせてぇーっ!」
「あなたが勝てないのはわかった! だけど、お願い……! あのハゲデブに、一矢でも報いて……!」
「お願い……! お願いっ! そうすれば私たち、何の悔いもなく、この工場を辞められる……!」
「ボーンデッド、がんばってぇ! ボーンデッド、がんばれぇ!」
そして再び起こる、『ボーンデッド』コール。
……俺は工場をブッ壊しに来たのに……いつのまにか、社長と従業員の争いに巻き込まれちまってねぇか?
まあ、どのみちこのハゲデブにはお仕置きするつもりだったから、いいけどよ……。
ひとつだけ気に入らないのは、もう俺が負けのムードが漂っていることだ。
一撃でもくらわせてほしいだなんて、冗談じゃねぇ……!
コイツだけはギタギタにしてやらなきゃ、気がすまねぇんだ……!
俺はやる気マンマンだったのだが、何を勘違いしたのか、いきなり警備長のメルカヴァが割って入ってきやがった。
這いつくばったまま、ヘレン・ケラーみたいに手触りを確認したあと……ぎゅっと脚を抱きしめる。
そして、こう叫んだんだ。
『……に、逃げろ! 私が押さえているうちに逃げるんだ! ボーンデッド! チャンプの強さは尋常ではない……! お前の弱点を知り尽くした設計のうえに、しかも乗り手は元プロである社長……! 今のお前では、絶対に勝てない……! さあっ、行くんだボーンデッド! これで、助けてもらった借りは返したぞ……!』
……それだけ聞くと、実にカッコイイ。
「押さえているうちに逃げるんだ」と「借りは返したぞ」なんていう、人生で一度は言ってみたい台詞がふたつも入ってるじゃねぇか。
でも……行動が伴っていなかった。
だって警備長がしっかりと押さえていたのは、チャンプじゃなくて俺だったから。
そんなミニコントのような光景に、ハゲデブは太鼓腹をバンバン叩いて爆笑していた。
『がっはっはっはっ! しっかりしているように見えて、ドジなのは相変わらずだな警備長! でも、今回ばかりはでかしたぞ! ボーナスとして、ボーンデッドとともにあの世に送ってやろうっ!!』
コイツはしゃべる度に、顔と同じくらいテカテカの唇がペチャペチャと音をたてる。
しかも口からは唾が飛沫のように飛び散り、フェイスに水滴となって付着していた。
俺にとっては間違いなく、こっちの世界で見たくないモノ第1位。
逆に、見たいモノ1位は嫁たちの笑顔。
ちなみにその嫁たちはというと……グッズを使ったボーンデッドごっこで盛り上がっている。
登場人物が全員ボーンデッドだから、やけにシュールだ。
『警備長を振り払って逃げぬとは、恐怖で身体がすくんで動けなくなったかぁ!』
でも、子猫の動画みたいに、いつまでも観ていたくなるような魅力がある。
外野がなんかゴチャゴチャ言ってるが、気にならないくらいに。
『だが、いまさら命乞いをしたところで、遅いぞぉ! 貴様はいまから、スクラップにされるのだ! このチャンプ……いや、このワシの手によってな!』
不満なのは、使ってるグッズが海賊版だってことだ。
なんとかできねぇモンなのかなぁ、コレ……。
『なにもできない己の無力さを呪い、このワシにたてついたことを後悔するがいいっ!!』
歌舞伎の連獅子のように顔をグルグルと回転させ、長い鼻をブン回しはじめるチャンプ。
ひたすらムカつく動きだった。
人が考え事してるってのに、いい所で挟まるバラエティのCMみてぇな邪魔すんじゃねぇよ。
そんなことよりも、問題は俺のグッズだ。
あんな粗悪品じゃなくて、ちゃんとしたのが作れねぇかなぁ……。
グオンッ!! グオン!! グオンっ!!
プロペラのような突風と、轟音がなおも思考の邪魔をする。
『一撃で……終わりだっ! 地獄へ直行しろっ!! ボーンデッドぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
ただでさえウンザリな怒鳴り声だってのに、ボリュームMAXにしやがって……。
まったく……こっちはそれどころじゃねぇってのに……。
ゴォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
船の錨を繋ぐ、巨大な鉄鎖じみた物体が唸りをあげて向かってくる。
……バシィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
俺は考えるのをやめ、それを片手で受け止めていた。
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