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ゲーマーおっさん、ゴーレムに引きこもる  作者: 佐藤謙羊
女子高対抗メルカバトル編
59/78

59 ボーンデッド、カリーフの苦悩を知る

 Bブロック決勝戦、『ジャスティスナイツハイスクール』との試合まであと1週間となったある日の夜。


 俺は部員たちの練習に一日じゅう付き合って、クタクタになっていた。

 さっさと寝ようとコクピットのシートを倒していたんだが……ふと、レーダーモニターに映るふたつの赤点に気付いたんだ。


 それは合宿所のはずれにあったので、俺はまたロクでもないヤツが来たんだろうと思った。


 こっちは眠くてたまらねぇってのに、面倒くせぇ仕事を増やしやがって……と心の中でブツブツ文句を垂れながら、正体を探るために『集音』スキルを向けてみたんだが、



「あっ、カリーフ! こんなところにいたのかよ!」



「あっ、ラビアちゃん……!」



 赤点の素性は、我が部の部員ふたりだった。



「もう寝る時間だぞ? こんなところで何やってんだよ?」



「な、なんでもないです。ごめんなさい、心配かけちゃって。ふ、ふぁ~あ。あたしも眠くなっちゃいました……」



「……立たなくていい、カリーフ。そのまま座ってろ」



「えっ、どうしたのラビアちゃん? ふ、ふぁ~あ、あたし、もう眠いです」



「何かあったのか?」



「な……なにもないよ? それよりも早く帰って寝ないと……ふぁ~あ」



「ウソつけ。アクビするフリを何度もしやがって……泣いてるのをごまかしてるのにオレが気づかないとでも思ったか」



「うっ……」



「そのクセ、ガキの頃から変わってねぇなあ……。お前、昔はしょっちゅうイジめられてたから、一日中眠そうにしてたよな」



「うん……それでラビアちゃんが心配してくれて、眠いんなら寝ろよ! オレがこうしててやっから! って抱きしめてくれたんだよね……。こうするとよく眠れる、オレの母ちゃんもよくしてくれたんだ! って……」



「うっ……よく覚えてやがるな……! そんな昔のこと、ほじくり返すんじゃねぇよ!」



「それを言うなら、ラビアちゃんだって……」



「なんだとぉ!? カリーフのくせに生意気だぞ! このーっ!」



 激しい衣擦れの音がする。



「きゃっ、ラビアちゃんっ!?」



「まぁ落ち着けってカリーフ。こうやんのも久しぶりだろ?」



「……うん、ラビアちゃんの心臓の音……ひさしぶりに聴いた……」



「初めてこうした時のこと、覚えてるか? お前、落ち着くどころか急にわんわん泣き出したんだよなぁ」



「だって……嬉しかったんだもん……ずっとイジめられてて、初めてやさしくされたから……」



「お前、オドオドビクビクしてるからだよ。今も似たようなモンだけど、ガキの頃はもっと酷かったもんなぁ。……で、今はどいつにイジめられてるんだ? このオレがブッ飛ばしてきてやっからよ」



「うっ……ううっ……! うううっ! ううううっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~んっ! ボーンデッド監督が、ボーンデッド監督がぁ……!」



 嗚咽とともにカリーフの口から絞り出されたのは、なんと俺の名前だった。



「なんだって、カリーフ!? まさかボーンデッドからエロいことされてんのか!? お前は気が弱いから、セクハラするにはピッタリだってシターが言ってたぞ!?」



 俺は、セクハラなんてしてねぇぞ……!

 シターのヤツ……俺の知らないところで好き勝手言いやがって……!



「ひっく……ぐすっ……! ら、ラビアちゃん……! え……エロいことって、例えばどんなこと……!?」



 そこを気にするのか。



「そ、そりゃあおめえ、スカートめくりとか、そんなだよ!」



 ガキか俺は。



「やられたのか、まさか! あんの白ゴーレム野郎ぉぉ~! ちょっとは尊敬してたのに、台無しにしやがって……!」



「ううん、違うの、ラビアちゃん……! ボーンデッド監督は、あたしにスカートめくりなんてしてません……! だいいち、ずっとジャージだし……!」



「あ、それもそうか。じゃあ、なにをされたんだよ?」



「……ボーンデッド監督が、あたしにずっと木登りの練習をさせるんです……」



「そりゃ知ってるよ。個別指導を受けてるもんな。もしかして、それが嫌だってのか?」



「うん、だって……! 練習中だけならともかく、試合中もなんだよ? みんなが戦ってるときに、あたしひとりだけ誰もいない所で木登りだなんて……!」



「なんだ、意外だったぜ。お前、てっきり喜んでやってるもんだと思ってたから」



「えっ、どうして……?」



「お前、人前に出るの苦手じゃねぇか。試合じゃいつも緊張してガチガチになってるし。だからてっきり……」



「そ、それは……! それはそうなんだけど、でも……あたしひとりだけ何もしないだなんて……! それに、木登りの練習なんてしたって、メルカバトルじゃ意味ないし……それにそれに、それなのにみんなはいっぱい活躍して、勝ち続けて……お祝いしてもらえるだなんて……! うっ……ううっ……! うわぁぁぁぁぁ~ん!」



「おお、よしよし。悲しけりゃ、いっぱい泣け。アクビなんかでごまかすより、よっぽどいいぜ」



「ううっ……! やっぱりあたしなんて、いないほうがいいのかな? 本番だと役立たずだから、ボーンデッド監督は意味のない木登り練習なんてさせてるのかな? あたしが意味のない人間だって、意地悪してるのかな?」



 ウダウダとグチをこぼすカリーフ。

 ラビアは気が短いので、そんなヤツにはとっくにキレててもおかしくないハズなんだが……今は、すべてを悟っているかのように落ち着いていた。



「いや、いまカリーフが言ったことぜんぶ、俺はそうは思わねぇな。カリーフはいたほうが絶対にいいし、木登りの練習は絶対に意味がある……。それに、お前が意味のない人間だなんてぬかすヤツがいたら、絶対に俺がブッ飛ばしてやる」



「メルカヴァが木に登って、なんの意味があるの……? それにどうして、あたしがいたほうがいいって思うの……?」



「そりゃ、信じてるからさ。お前も、ボーンデッドも」



「信じてる……?」



「俺は最初、ボーンデッドを『いけすかねぇヤツ』だと思ってた。でも、監督としていろいろ教えてもらって、試合でもヤツのやり方を見ているうちに……アイツは俺のなかで『とんでもねぇヤツ』に変わったんだ。アイツのやってる事に、意味のねぇことなんてひとつもねぇ。火の玉に立ち向かっていったときも、だだっ広いフィールドに穴を掘ったときも……やぶれかぶれになったわけじゃなくて、ちゃんと計算してて……しかもそれを成功させちまうんだ。だから信じることにしたんだ。カリーフのやってる木登りも、絶対に意味がある、って……!」



 スン、と照れたように鼻を鳴らすラビア。



「だからさ、あと少しでいい……あと少しだけでいいから、ボーンデッドを……いや、俺を信じちゃくれねぇか……? それにさ、本当に嫌んなったら、試合中の練習を抜け出して、こっそり俺んとこ来いよ! 俺の戦いを手伝わせてやっから!」



「で、でも、そんなことをしたら、みんなに……監督に迷惑がかかっちゃうんじゃ……」



「なぁーにシターみたいな頭の堅いコト言ってんだよ! サイラみたいに中身空っぽにして、そうだねアハハー! って笑ってりゃいいんだって! よし、それじゃさぁ、明日俺がボーンデッドに直接……うわっ!?」



「えっ、地震……!? あっ、ラビアちゃんっ!? きゃあーーーっ!?」



 ……ズズゥゥゥーーーン!



 ふたりの悲鳴は、崩れ落ちるような音によってかき消された。


 俺は何が起こったのかと、とっさにレーダーに目をやり、ボーンデッドを向かわせようとする。

 が、局地的な地震であることと、さらなる赤点がふたつ増えていることに気付いて、立ち止まった。



「もぉーっ! ボク、頭空っぽじゃないよぉーっ! ヤシの実みたいにいっぱい詰まってるんだからぁーっ!」



「自分の頭は堅くない。むしろ高級バニラアイスのようにしっとりなめらか」



「えっ、バニラアイス!? なんだか急に食べたくなってきた!」



「差し入れの中にあったはず」



「ホント!? 食べたい食べたい! いますぐ帰って食べようよ! シターちゃん、カリーフちゃん!」



「……って、こらあっ! サイラ! 人を落としといて、忘れんじゃねぇーっ!」



「就寝前の嗜好品は、体重の増加、肌荒れ、虫歯に繋がる」



「……おいシター! やっぱりお前は頭が堅ぇよっ! 寝る前のアイスくらい、いーじゃねぇーかーっ!」



「ご、ごめんなさぁーいっ!」



「……おい、カリーフ! お前に言ったんじゃねぇーよっ! それになんでお前は落ちてねぇーんだよっ!?」



 そして起こる、みっつの笑い声。

 男勝りなツッコミは、そのあともしばらく続いた。

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