59 ボーンデッド、カリーフの苦悩を知る
Bブロック決勝戦、『ジャスティスナイツハイスクール』との試合まであと1週間となったある日の夜。
俺は部員たちの練習に一日じゅう付き合って、クタクタになっていた。
さっさと寝ようとコクピットのシートを倒していたんだが……ふと、レーダーモニターに映るふたつの赤点に気付いたんだ。
それは合宿所のはずれにあったので、俺はまたロクでもないヤツが来たんだろうと思った。
こっちは眠くてたまらねぇってのに、面倒くせぇ仕事を増やしやがって……と心の中でブツブツ文句を垂れながら、正体を探るために『集音』スキルを向けてみたんだが、
「あっ、カリーフ! こんなところにいたのかよ!」
「あっ、ラビアちゃん……!」
赤点の素性は、我が部の部員ふたりだった。
「もう寝る時間だぞ? こんなところで何やってんだよ?」
「な、なんでもないです。ごめんなさい、心配かけちゃって。ふ、ふぁ~あ。あたしも眠くなっちゃいました……」
「……立たなくていい、カリーフ。そのまま座ってろ」
「えっ、どうしたのラビアちゃん? ふ、ふぁ~あ、あたし、もう眠いです」
「何かあったのか?」
「な……なにもないよ? それよりも早く帰って寝ないと……ふぁ~あ」
「ウソつけ。アクビするフリを何度もしやがって……泣いてるのをごまかしてるのにオレが気づかないとでも思ったか」
「うっ……」
「そのクセ、ガキの頃から変わってねぇなあ……。お前、昔はしょっちゅうイジめられてたから、一日中眠そうにしてたよな」
「うん……それでラビアちゃんが心配してくれて、眠いんなら寝ろよ! オレがこうしててやっから! って抱きしめてくれたんだよね……。こうするとよく眠れる、オレの母ちゃんもよくしてくれたんだ! って……」
「うっ……よく覚えてやがるな……! そんな昔のこと、ほじくり返すんじゃねぇよ!」
「それを言うなら、ラビアちゃんだって……」
「なんだとぉ!? カリーフのくせに生意気だぞ! このーっ!」
激しい衣擦れの音がする。
「きゃっ、ラビアちゃんっ!?」
「まぁ落ち着けってカリーフ。こうやんのも久しぶりだろ?」
「……うん、ラビアちゃんの心臓の音……ひさしぶりに聴いた……」
「初めてこうした時のこと、覚えてるか? お前、落ち着くどころか急にわんわん泣き出したんだよなぁ」
「だって……嬉しかったんだもん……ずっとイジめられてて、初めてやさしくされたから……」
「お前、オドオドビクビクしてるからだよ。今も似たようなモンだけど、ガキの頃はもっと酷かったもんなぁ。……で、今はどいつにイジめられてるんだ? このオレがブッ飛ばしてきてやっからよ」
「うっ……ううっ……! うううっ! ううううっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~んっ! ボーンデッド監督が、ボーンデッド監督がぁ……!」
嗚咽とともにカリーフの口から絞り出されたのは、なんと俺の名前だった。
「なんだって、カリーフ!? まさかボーンデッドからエロいことされてんのか!? お前は気が弱いから、セクハラするにはピッタリだってシターが言ってたぞ!?」
俺は、セクハラなんてしてねぇぞ……!
シターのヤツ……俺の知らないところで好き勝手言いやがって……!
「ひっく……ぐすっ……! ら、ラビアちゃん……! え……エロいことって、例えばどんなこと……!?」
そこを気にするのか。
「そ、そりゃあおめえ、スカートめくりとか、そんなだよ!」
ガキか俺は。
「やられたのか、まさか! あんの白ゴーレム野郎ぉぉ~! ちょっとは尊敬してたのに、台無しにしやがって……!」
「ううん、違うの、ラビアちゃん……! ボーンデッド監督は、あたしにスカートめくりなんてしてません……! だいいち、ずっとジャージだし……!」
「あ、それもそうか。じゃあ、なにをされたんだよ?」
「……ボーンデッド監督が、あたしにずっと木登りの練習をさせるんです……」
「そりゃ知ってるよ。個別指導を受けてるもんな。もしかして、それが嫌だってのか?」
「うん、だって……! 練習中だけならともかく、試合中もなんだよ? みんなが戦ってるときに、あたしひとりだけ誰もいない所で木登りだなんて……!」
「なんだ、意外だったぜ。お前、てっきり喜んでやってるもんだと思ってたから」
「えっ、どうして……?」
「お前、人前に出るの苦手じゃねぇか。試合じゃいつも緊張してガチガチになってるし。だからてっきり……」
「そ、それは……! それはそうなんだけど、でも……あたしひとりだけ何もしないだなんて……! それに、木登りの練習なんてしたって、メルカバトルじゃ意味ないし……それにそれに、それなのにみんなはいっぱい活躍して、勝ち続けて……お祝いしてもらえるだなんて……! うっ……ううっ……! うわぁぁぁぁぁ~ん!」
「おお、よしよし。悲しけりゃ、いっぱい泣け。アクビなんかでごまかすより、よっぽどいいぜ」
「ううっ……! やっぱりあたしなんて、いないほうがいいのかな? 本番だと役立たずだから、ボーンデッド監督は意味のない木登り練習なんてさせてるのかな? あたしが意味のない人間だって、意地悪してるのかな?」
ウダウダとグチをこぼすカリーフ。
ラビアは気が短いので、そんなヤツにはとっくにキレててもおかしくないハズなんだが……今は、すべてを悟っているかのように落ち着いていた。
「いや、いまカリーフが言ったことぜんぶ、俺はそうは思わねぇな。カリーフはいたほうが絶対にいいし、木登りの練習は絶対に意味がある……。それに、お前が意味のない人間だなんてぬかすヤツがいたら、絶対に俺がブッ飛ばしてやる」
「メルカヴァが木に登って、なんの意味があるの……? それにどうして、あたしがいたほうがいいって思うの……?」
「そりゃ、信じてるからさ。お前も、ボーンデッドも」
「信じてる……?」
「俺は最初、ボーンデッドを『いけすかねぇヤツ』だと思ってた。でも、監督としていろいろ教えてもらって、試合でもヤツのやり方を見ているうちに……アイツは俺のなかで『とんでもねぇヤツ』に変わったんだ。アイツのやってる事に、意味のねぇことなんてひとつもねぇ。火の玉に立ち向かっていったときも、だだっ広いフィールドに穴を掘ったときも……やぶれかぶれになったわけじゃなくて、ちゃんと計算してて……しかもそれを成功させちまうんだ。だから信じることにしたんだ。カリーフのやってる木登りも、絶対に意味がある、って……!」
スン、と照れたように鼻を鳴らすラビア。
「だからさ、あと少しでいい……あと少しだけでいいから、ボーンデッドを……いや、俺を信じちゃくれねぇか……? それにさ、本当に嫌んなったら、試合中の練習を抜け出して、こっそり俺んとこ来いよ! 俺の戦いを手伝わせてやっから!」
「で、でも、そんなことをしたら、みんなに……監督に迷惑がかかっちゃうんじゃ……」
「なぁーにシターみたいな頭の堅いコト言ってんだよ! サイラみたいに中身空っぽにして、そうだねアハハー! って笑ってりゃいいんだって! よし、それじゃさぁ、明日俺がボーンデッドに直接……うわっ!?」
「えっ、地震……!? あっ、ラビアちゃんっ!? きゃあーーーっ!?」
……ズズゥゥゥーーーン!
ふたりの悲鳴は、崩れ落ちるような音によってかき消された。
俺は何が起こったのかと、とっさにレーダーに目をやり、ボーンデッドを向かわせようとする。
が、局地的な地震であることと、さらなる赤点がふたつ増えていることに気付いて、立ち止まった。
「もぉーっ! ボク、頭空っぽじゃないよぉーっ! ヤシの実みたいにいっぱい詰まってるんだからぁーっ!」
「自分の頭は堅くない。むしろ高級バニラアイスのようにしっとりなめらか」
「えっ、バニラアイス!? なんだか急に食べたくなってきた!」
「差し入れの中にあったはず」
「ホント!? 食べたい食べたい! いますぐ帰って食べようよ! シターちゃん、カリーフちゃん!」
「……って、こらあっ! サイラ! 人を落としといて、忘れんじゃねぇーっ!」
「就寝前の嗜好品は、体重の増加、肌荒れ、虫歯に繋がる」
「……おいシター! やっぱりお前は頭が堅ぇよっ! 寝る前のアイスくらい、いーじゃねぇーかーっ!」
「ご、ごめんなさぁーいっ!」
「……おい、カリーフ! お前に言ったんじゃねぇーよっ! それになんでお前は落ちてねぇーんだよっ!?」
そして起こる、みっつの笑い声。
男勝りなツッコミは、そのあともしばらく続いた。
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