58 ボーンデッド、ひとまずクビを免れる
いきなり押しかけてきた、脂ぎった顔と太鼓みてぇな腹のオヤジから下された、クビ宣言……!
過去の俺であれば、
「こっちこそ、テメーみてぇなのがしゃしゃり出てくるような学校の監督なんざ、お断りだ! ハゲと糖尿病が伝染ったらたまんねぇからな!」
なんてタンカを切ったあとに、ヤツの枯れ草のような髪を毟ってやるんだが……。
今の俺は、そう短気を起こすわけにはいかなかった。
なぜならば……もうサイラも、ラビアも、カリーフも、シターも……俺にとっては、拾ったはいいものの里親の見つからない子猫同然……元いた場所に再び捨てるわけにはいかねぇんだ。
最後まで面倒見るって、ふたりの嫁に約束しちまったからな……!
とはいえ、こんなエロ同人誌の竿役みてぇなヤツに言われっぱなしなのは、シャクにさわるぜ……!
どうしてやろうか迷っていると……俺とハゲデブを囲むようにしている野次馬をかき分け、見覚えのある小柄のショートカット少女が出てきた。
ソイツはハゲデブの前に、工事用の看板のごとく立ちふさがると……見上げながらこう述べあげた。
「我が校の、部活動に定められた校則に基づき、監督解任に必要なものは次のみっつ。……正当なる事由。後任の監督。所属部員の50%以上の保護者の同意。今回はそのいずれの要件も満たしていないので、この解任案については考慮の余地もないと判断する」
クレーマー相手に一歩も引かない店員のような、毅然とした……というか、機械的な少女の前に、忌々しそうに歯ぎしりをするハゲデブ。
……エロ同人誌だったら、このあと強気に出た少女……シターがエロい目に遭うんだよな。
なんて他人事みたいなことを考えていると、
「おい、ゴーレム……! ワシに逆らって、このままですむと思うなよ……! この大会が終わるまでに、絶対に貴様をクビにしてやるからな……!」
ハゲデブは精いっぱいの捨て台詞を吐いたあと、割れた人混みをさらに押しのけるようにして去っていく。
「クソッ、こんな山奥まで来て不愉快な思いをさせられるとは……! おいっ、何をボーッとしている! 祝賀会などやってられるか! 帰るぞ!」
そして部下らしきヤツらに当たり散らしながら帰っていった。
寄贈するとか言ってたハズの追加装甲も、キッチリ持って帰って。
……このまま置いてってくれりゃよかったのに……そしたら二度と使えねぇように、俺がバッキバキにへし折ってやったのに……。
ヤツは母大を応援しているようなフリをしているが、実際は売名行為がしたいだけだろう。
母大がどうなろうが、本当は知ったこっちゃねぇんだ。
なんたって『女子校対抗メルカバトル』はこの国のみならず、隣国まで注目している人気番組だからな。
そのブロック決勝で、自分の名前が入ったメルカヴァが活躍すれば……さぞやいい宣伝になることだろう。
『この大会が終わるまでにクビにする』なんてぬかしてたから……ぜったい近いうちにまた来やがるだろうな……。
次の試合の対策を立てなきゃいけねぇってのに、まったく……厄介ごとを増やしやがって……!
……しかし予想に反し、それから数日は平和そのものだった。
世間は、というか、魔送モニターで流れるニュースは、前回の試合で俺がやってのけた『ハリケーンアーム』と『テンペストアーム』のことで持ちきりだった。
この世界では、あんなことが起こるとしたら、突然の天変地異か大魔法以外にはないらしい。
しかも状況からいって、どちらもありえない事らしい。
そりゃそうだろうな。
だってあの竜巻の正体はボーンデッドのスキルなんだから。
どのチャンネルも連日、写りの悪ぃリプレイ映像を何度も流しながら、うさんくさい研究者どもが「ありえない」を連発するという、デジャヴみたいな内容の繰り返しだった。
ちなみにヴェトヴァもよく出演していたのだが、『ボーンデッドは大魔法の使い手だった』と主張する、気象学や地質学の教授相手にヒステリックに反論。
カメラが回っているにも関わらず、よく怪鳥のような奇声をあげながら掴み合いのケンカをしていたんだ。
『キェェェェェェェェェーーーッ! ありえないありえないありえないありえない! あのドブネズミのような薄汚いゴーレムが魔法を使ったなどという結論は、この国の……いいえ、世界中の魔法科学者に対する侮辱です! 魔法というのはもっと気高く、美しく、純粋なもの……! ネズミゴーレム風情に使えるようなものではあってはならないのですっ! あなたたちの怠惰な研究で解明できないからといって、魔法の力のせいにするのはあまりにもお粗末です!』
……うーん、あのオッパイ姉ちゃんは、なにがなんでも俺を、下賤のゴーレムってことにしたいらしい。
まったく……俺に何の恨みがあるってんだよ……。
顔と身体は悪くないってのに、性格は最悪だな……。
まぁ、そんなことを言ってもはじまらねぇから、次の試合で納得させてやるしかねぇか……。
それから数日後、次の対戦相手は『ジャスティスナイツハイスクール』に決まった。
『ジャスティスナイツハイスクール』……略称JKHは、俺たちのいるAブロックでも優勝候補ナンバー1の参加校。
過去何度もこの大会で優勝している、メルカバトルの名門校なんだそうだ。
戦法は前回戦った『聖ローリング学園』に近く、馬型のゴーレムを使うんだが、牽引させた馬車に乗るわけではない。
メルカヴァ自体が馬……そう、人馬型のメルカヴァなんだ……!
メルカヴァの全長よりも長い騎乗槍を使って、馬上同然の高みから敵を殲滅する……!
まさに、騎士ってわけだ……!
……高機動の敵が相手なら、また『落とし穴作戦』が有効なんだが……たぶん相手は研究済みだろう。
となると、もうひとつの作戦……『地震陥没埋葬コンボ』ってことになるんだが、コッチも通用しねぇだろうなぁ。
なんたって、部員どもが勇んで聖ローの戦闘馬車に挑みかかっていったものの……けっきょく1機すらマトモに沈められなかったんだから。
しかし、悲観する要素ばかりでもなかった。
部員たちは前回コテンパンにやられたのを反省したのか、真剣に練習するようになったからだ。
特に負けず嫌いのラビアが張り切っていて、サイラをさしおいてキャプテンみたいに皆に激を飛ばすようになったんだ。
「おいっ、ラビア! 詠唱を何度もトチるんじゃねぇ! それとシター! ラビアの詠唱を待たずに、陥没魔法の詠唱を始めろってボーンデッドに言われただろ! まだまだ遅い! ……よぉし、もういちど最初からやりなおすぞ! タイムが縮むまで、何度でもやるんだっ!」
動きの速い相手に得意のコンボを決められるようになりたいと、練習に余念がない。
それに対し、ラビアはヘトヘトになりながらも、シターは文句ひとつ漏らすことなく付き合っている。
どうやら……だいぶいいムードになってきたようだな。
しかし……その時の俺は、まだ気付いていなかった。
もうひとりの部員、カリーフがだいぶヤバイ状態になっているということに……。
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