55 ボーンデッド、嵐を呼ぶ
天高く両手を挙げる俺の前には、神の怒りが具現化された大嵐。
ピラミッドを逆さまにしたような巨大なソレは、上空の雲をも巻き込んでさらに膨れあがっていく。
暴風は木々をなぎ倒し、豪雨をともなってあたり一帯を灰色の世界へと塗り替えていた。
『え……映像が乱れています! 中継のほう、全く見ることができませんっ! なぜかはわかりませんが、突如として竜巻が発生したためですっ! でも、どういうことなんでしょうか!? そんな予報も、天気の乱れも全くなかったのに……!? 発生源は聖ローのキャプテン機が落ちた湖のようです! 近くにはボーンデッドがいたはず……! 2機の安否は……!? ああっ!? いま、遠隔からの空撮映像が届きました!』
実況につられて魔送モニターを見ると、被災地をヘリで見下ろしたような映像のなかに、俺自身の姿がちんまりと映っていた。
『ああっ!? ご覧になれますでしょうか!? 湖のほとりに、ボーンデッドが立っております! 木が倒れるほどの嵐だというのに、平然と……! しかも、目の前にある竜巻に向かって、バンザイしているようですが……? まさか、あのボーンデッドが嵐を呼んだのでしょうか……?』
いぶかしげな様子でモニターを覗き込む実況。
隣にいたヴェトヴァは黒いレースの扇子で口を覆い隠しながら、鼻でせせら笑った。
『ンフッ! そんなはずはありません……! あの規模の嵐は、魔法に例えるなら攻城兵器レベル……! 人為的に起こすのであれば、学校の校庭くらいの大規模な魔法陣と、術者が50人は必要です……! メルカヴァにはパイロットの魔力を増幅する装置が付いているものもありますが、1機ではとてもとても……! ましてやあの薄汚いのはメルカヴァではなくゴーレム……! 嵐どころか、そよ風すら満足に起こせないでしょう……!』
『で、では……ボーンデッドはなにをやっているのでしょうか? 嵐から逃れようともせず、両手を挙げているようですが……?』
『ンフフ、簡単なこと……! 突然の出来事に、機能停止してしまったのです……! 多少の知能はあるようですが、やはりしょせんはゴーレム……! 突如として降りかかる事態……そう、今回のような突発的な自然災害の前には、どうしていいのかわからないのです……! 人間であれば臨機応変に対応できますが、それより遥かに考える力を持たないゴーレムでは、まさに「お手上げ」なのです……!』
『……なるほどぉ……! あれは嵐に向かって降参しているんですね……!』
「……そんなわけあるかっ!」と、また俺の孤独なツッコミがコクピットに吸い込まれていく。
……でもまあ、そう思われちまうのもしょうがねぇか。
知ってのとおり、ボーンデッドはスキルによって腕から熱や風、そして電撃などを出すことができるんだが、これらはパワーアップさせることにより自然災害レベルの破壊力になるんだ。
実をいうと俺自身、こんな派手なスキルの発動は久しぶりだったので、最初は「おおっ!?」ってなっちまった。
だが、浮かれてばかりもいられねぇ……!
『オーバーリミットフォース』は、そう長くは続けられねぇんだ……!
俺は気を取り直し、レーダーモニターに目をやった。
倒れている2機のメルカヴァと、立ち尽くしているような2機のメルカヴァが光点となって映し出されている。
いずれも俺のいる方角を向いている。
きっと急に嵐が起こったから、びっくりして試合どころじゃなくなってるんだろう。
俺はその4つの赤点のうち、ひときわ大きな存在に狙いを定める。
といっても……戦闘機とかでよくある『ロック・オン』なんて便利な機能はいまのボーンデッドにはねぇ。
目視もできねぇから、適当だ……!
このあたりにブチ込めばいいっていう、世界チャンピオンの経験から裏打ちされた、適当……!
そして俺はソイツを、外したことがねぇんだ……!
で、なにをブチ込むのかって? それはもちろん……!
俺は、なおも文字が飛び跳ねているスキルウインドウの、とある項目を指で突いた。
『ウォーターアーム』のスキルをゲット……!
ソイツは待ちきれなかったかのように、即座にノリノリで踊りだす……!
スロットルのごとく回転していた文字が止まり、777を祝福するかのように、画面が色の洪水で埋め尽くされる。
色彩テストのいちばん最初の問題のような、これでもかと浮かび上がった文字……それは……!
……『テンペストアーム』……!!
『ウォーターアーム』は、ボーンデッドのなかに蓄えられている貯水タンクの水を腕から出すことができるスキル。
最初はシャワーくらいの勢いしかないんだが、ポイントをかけると高圧洗浄機ほどの勢いになり、最後は水圧カッターくらいの威力にまでなるんだ。
そうやって、水を出すのがメインの使い方ではあるんだが……コイツにはもうひとつ、機能がある。
流れる水をある程度であれば、制御することができるんだ。
たとえばただのプールを、流れるプールに変えるとかな。
で、肝心なのはここからだ。
そんなスキルのタガが外れちまった場合、いったいどうなるのか……?
そう……!
巨大波を起こす、『暴雨』と化す……!
アリンコを溺れさせたけりゃ、蛇口をひねればいい……!
それと同じことを、人間サイズでやってのけることができるんだ……!
まあアレコレ説明するよりも、実際にやってみせようか……!
「……よぉし、そろそろいくぜぇーーーーーっ!!」
気合十分のかけ声とともに、俺は操縦桿を駆る。
ボーンデッドの両腕が合気道の達人のように翻ると、目の前の竜巻が身体をくねらせはじめた。
操縦桿の動きにあわせて、ロカビリーガールのように踊る。
いっそう激しくなった雨が、ボーンデッドの身体を打つ。
立っているのもやっとになってきた。機体のダメージはもうレッドソーンをとっくに超え、悲鳴をあげている。
身を滅ぼすほどの激しい抱擁であったが、愛しのあの子に恥をかかせるわけにはいかねぇ……!
俺は怯まず、さらにきつく抱きしめ返す。
……キキキキッ……! ギィィィィィィーーーッ……!
この黒板を爪で引っ掻くような音は……ボーンデッドの機体を構成する物質、『モリオン』が破壊されている音……!
細胞が役立たずになるのも、時間の問題……!
もうじき、ボーンデッドは豆腐よりも柔らかくなっちまう……!
だが、慌てるな……!
おてんば娘を満足させないまま家に返しちまったら、また知らないどこかへ飛んでいっちまうからな……!
極彩色の光に彩られたメインモニターに、虹色の雨が叩きつけられる。
俺の額から流れ出す汗の色すらも、もはやサイケデリックだった。
視界に白い明滅が混ざる。
大勢の報道陣に囲まれ、フラッシュをたかれているような、そんな気分。
ふとチラ見した聖堂院のモニターには、スタミナドリンクを飲みすぎたみたいに目をギンギンに見開いている俺の嫁たちがいた。
お互いの手をきつく握り合い、嵐の田んぼに懸命に立つカカシのような俺を、血走った目で追っている。
ララニーに至っては鼻血を垂らしていて、その顔がおかしくてつい吹き出しちまった。
そして俺は……雄叫びとともに、すべてを放つ。
「……テンペストぉぉぉぉぉぉ……アァァァァァァァァァァァァァーーーーーームッ!!!」
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●レベルアップしたスキル
武装
Lv.00 ⇒ Lv.01 ウォーターアーム
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