49 ボーンデッド、作戦を変える
みっつ目の落とし穴目指して行軍している途中、草原の先頭を歩いていたラビアが振り返った。
『おいボーンデッド、ちょっとだけ、ここで待っててくれねぇか……? おいサイラ、シター、ちょっと話がある』
いつにない真面目な表情だったので、サイラはびっくりしたようだ。
『ええっ、急にどうしちゃったの!? ラビアちゃん!?』
『いーからこい! おいボーンデッド、絶対そっから動くんじゃねぇぞ!』
俺がウンともスンとも言わないうちから連れ立ち、少し離れた岩陰に入る部員たち。
みっつめの落とし穴はすぐそこだから、内緒話なら近くの森に隠れてからでもいいだろうに……。
こんなところに長いこといたら、次のターゲットに見つかっちまうかもしれねぇぞ……。
しかしそれを押してまで、話さなきゃならねぇことなのか?
それに……試合中に監督抜きでしなきゃならん話題って、いったい何なんだ?
俺は、今日は女子だけ保健体育と聞かされた男子小学生のような気分になっていた。
少し考えた後、岩の腹に『集音』スキルを向ける。
動くなとは言われたけど、立ち聞きするなとは言われてねぇからな。
『……たぶんこのままだと、残りの二体も穴に落ちるだろう。やる前はさんざん馬鹿にしちまったけど、今では逆に、落ちないのが信じられないくらいじゃねぇか?』
『それはまあ……そうだね。二つめの落とし穴からは、ぜんぜん疑わなくなっちゃったもん』
『だろ? オレが思うにボーンデッドは、相手の動きなんざとっくの昔にわかってやがるんだ。ヤツにとっちゃ、この試合すらお遊びみたいなモンなのさ。だから俺は、ソイツがシャクにさわってしょうがねぇ……!』
『右に同じ』
『そんな、ふたりとも……。でもそれで、どうするつもりなの?』
『そこでだ、サイラ、シター! お前らにも協力してほしいんだ! 次の落とし穴に聖ローのヤツが近づいたら、一気に飛び出して……先にオレたちでブチのめしてやろうぜ!』
『ええっ!? 落とし穴作戦を台無しにするってこと!?』
『賛成』
『おおっ!? 即答とは……! わかってくれるかシター! お前は反対してくるかと思ってたけど……!』
『ボーンデッドはメルカバトルにおけるセオリーやデータを無視しているにも関わらず、毎回、100%の成功をおさめている。これは、セオリーやデータとは異なる、独自の経験で生み出された行動パターンが、より多く蓄積されているためと思われる。しかし、ラビアの提案は予想外のはず……その場合、ボーンデッドはどういった行動をとるのか、興味津々』
『そ、そんな……シターちゃん……!?』
『しかし……ボーンデッドにとって、イリーガルな事態を引き起こす提案としては不十分。ラビアの作戦は承認できない』
『はあっ!? なんでだよ!? 賛成しておきながら承認できないなんて、意味わかんねぇ!? いったいなにが気に入らねぇってんだ!?』
『まず第一の理由として、敗北すれば廃校となる試合において、やるべきことではないという事』
『そ、それは……! オレたちがうまくやって、聖ローのヤツらを叩きのめしてやりゃいいだけだろ……! うまくいけばボーンデッドのヤツを、ギャフンといわせてやれるんだぜ……!?』
『……第二の理由。ラビア自身、提案するイリーガルな作戦が失敗したところで、最後にはボーンデッドのフォローにより、事なきを得るであろうと思案している事』
『……うぐっ……!』
『シターちゃん……それ、どういうこと?』
『いまのラビアは、父親に反抗する子供と同じ。父親を見返したいあまりにムチャをして、父親に尻拭いをさせる……そうやって、愛情を確かめようとしている子供と変わりない。それでは、イリーガルな事態を引き起こすには不十分。敗北覚悟……廃校覚悟でやらなければ、ボーンデッドの慌てる姿は引き出せない』
……ドォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
不意に、晴天の霹靂のような轟音が鳴り渡る。
ハッと仰ぎ見ると、神からのメッセージのような、光る記号が空を覆っていた。
『ああっと! 聖ローの信号弾が打ち上げられました! 判読できませんが、あれは現在地を仲間に知らせる暗号座標! 母大の位置をついに捉えたようです! でも、母大はなぜあんな場所で作戦会議をしていたのでしょうか!? ヴェトヴァさん!』
『ンフフフ……! 落とし穴作戦を展開しておきながら、そのそばで丸見えのまま話し込むとは……! 迂闊も迂闊……! 母大のメンバーはシロウト同然であるということが、これで明らかになりました……! 数のうえでは5対2ですが、聖ローの戦闘馬車の前ではそんなものは、些細なこと……! もはや勝負は決しました……! かつてのヴェトヴァの予想は、この失態を予測してのことだったのです……! まともにやりあえば、母大はひとたまりもない……! 勝利は億にひとつもないでしょう……! ンッフッフ……! ンーンッフッフッフッフ……!』
コクピット内に、浮かれ狂うような笑い声が跳ね回る。
しまった……!
部員たちの会話に聞き入るあまり……レーダーを見るのを忘れちまってた……!
すでにレーダーが必要ないくらい、敵のグラッドディエイターが視認できる……!
俺たちを発見したのがよほど嬉しいのか、車輪が接地する間もないほどの勢いで迫ってきてやがる……!
こうなったら、もう一機のグラッドディエイターが合流する前に、アイツを片付けるしかねぇ……!
俺は脊髄反射のように、つい向かっていきそうになっちまったが……部員たちのやりとりを思い出し、寸前でこらえた。
『わあーっ!? 見つかっちゃった、見つかっちゃった! どうしよう、ボーンデッド監督―っ!』
『くそっ、こんな時は、どうすりゃいいんだよっ!?』
『早く指示を』
岩陰から飛び出し、大きな子供のように俺のまわりに集まってくる部員たち。
俺は直立不動の姿勢を保ったまま、打ち返す。
『アバレテ コイ』
『ヤレル ハズダ』
『イザト ナッタラ』
『オレガ ツイテル』
部員たちのフェイスごしの顔は、すっかり色を失っていたが……浮かび上がる俺の一言一言を見るにつれ、すぐに陽が昇るようなさんさんとした赤みを取り戻していった。
『……そ、そうだっ! そうだった! そもそもボクらはさんざん練習してきたんだよね!?』
『もちろん、そうに決まってるだろっ! よぉーし、オレたちの最強コンボ……聖ローのヤツらにブチかましてやろうぜ!』
『賛成』
言うや否や3機のメルカヴァは俺に背を向け、巣立っていく雛のように離れていく。
……俺をギャフンと言わせてぇ、か……。
まさかラビアが、そんなことを考えてただなんてな……!
以前の俺だったら、「俺はお前らのために監督をやってんのに、邪魔しようとするんじゃねぇよ……! もう知らねぇから、勝手にしろ!」って見放してたと思うんだが……。
でも今はなぜか、ちっともそんな気持ちにならねぇ。
部員どもの生意気さすら、不思議と嬉しく感じてしまう。
……知らず知らずのうちに、情でも移っちまったか……?
あの川のほとりで会った、腹を空かせた子供たちみてぇに……。
ラビアが本当に、俺のことを父親のように思っているかどうかは知らねぇが……俺は彼女らを少なからずとも愛おしく思っているようだ。
明るく元気なサイラ、勝ち気で向こう見ずなラビア、健気でひたむきなカリーフ……。
そして、仲間のことなんてどうでもよさそうなツラしてて、真っ先にラビアの変化に気づいていたシター……。
……ああ、いいぜ……!
こうなったら……何だって引き受けてやるよ……!
お前らが俺をギャフンと言わせたい気持ちも、それによって引き起こされる予想外の事態も……!
そして全国優勝すらも……この俺がぜんぶ面倒見てやるよ……!
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