48 ボーンデッド、順調に陥れる
『舞い上がれっ、黄埃の大波……!』
灰色の雲に覆われた空に、稲光りのような掛け声が疾走る。
……どばふーん!
雲天をさらに濃くするスモッグが舞い上がり、更地がひとつできあがり。
『ツギニ イクゾ』
俺はサイラ機を引きずって歩きだす。
初撃破の踊りの出鼻をくじかれ、『ふにゃ~!?』と抗議の声をあげるサイラ。
その後ろを、小走りで追いかけてくるラビアとシター。
『おい、ボーンデッド! お前、もしかして穴に落ちる順番まで計算済みなのかよ!?』
『その予測は無意味。聖ローの散開索敵は分速200メートルと決められているが、ルートが異なる場合は進行距離も変わる。また途中で不審物を発見した場合、静止が許されている』
『イイカラ コイ』
ゴチャゴチャ言って立ち止まってるヒマはねぇ。
なにせあともう少しで、次の獲物が掛かるところなんだからな。
俺はレーダーを見ながら、アミダくじのように降りてくる聖ローのヤツらを注視する。
相変わらず、動きに乱れがねぇ……ということは、仲間がやられたことをまだ知らないってことだ。
まあ、それを伝える手段である信号弾は、俺が止めてやったんだけどな。
念の為、ラビアには穴に落ちたらすぐに出ていって、砂塵魔法を使えと釘をさしておいた。
さっさと埋めちまえば、外野に芸当だとか偶然だとか大騒ぎされることもないんだ。
そうこうしているうちに、次の標的のそばにたどり着く。
最初の穴は一本道に掘ってあったから、道に入ってくれるだけで落ちる確率がグンとあがって良かったんだが、ここは開けた平原だ。
下手すると横を通り過ぎちまう可能性があるから、ちょっとした工夫がしてある。
穴の側に看板を立てておいたんだ。
書かれている内容見たさに、うまいこと引き寄せられてくれればいいんだが……。
大きな木の陰から様子を伺っている部員たちも、なんだか落ち着きがない。
しかしそれは当初あったような疑念ではなく、イタズラを仕掛けた子供のような期待感から来るものだった。
『わくわく、わくわく……! 落ちてくれるかな? 落ちてくれるかなぁ?』
『なに言ってんだ、落ちるに決まってんだろ! ひとつめがあんなに見事に決まったんだ! 見てろよぉ、俺がまた華麗に埋めてやっから!』
『今回は看板があるので、成功率は前回よりも高い』
『そういえばあの看板ってシターちゃんが書いたんだよね? なにが書いてあるの?』
『聖ローリング学園の、学園長のスキャンダル』
『ブッ!? どこでそんなモン手に入れたんだよっ!?』
……ゴトゴト……と鉄馬車が揺れる音が迫ってくる。
部員たちは雑談を打ち切り、葉っぱで作ったカモフラ用の帽子を頭に乗せた。
そして、そっと幹からメルカヴァの顔を出す。
メルカヴァってのは一般的に、頭部だけにしかカメラが付いていないらしい。
ようは、人間と同じってことだ。
ボーンデッドはスキルポイントさえ振れば全身にカメラを付けることができるし、衛星からの映像やレーダーを組み合わせることで、物陰に身を潜めたまま敵の様子を探ることができる。
それに今回に関しちゃ魔送モニターが空撮映像を出してくれてるから、神様視点で状況把握ができる。
木陰に息を潜めるボーンデッドと、その向こうからやってくる聖ローのグラッドディエイターを対比するように映し出してくれているんだ。
その映画的だった映像が、パッと切り替わる。
白雪姫が生きていることを知った継母みたいな、鬼の形相がどアップになって……俺は心臓が止まりそうになるほどビックリしちまった。
『そのまま行ってはなりません……! 悪魔のように狡猾で、薄汚いゴーレムの策略に嵌ってしまいます……! 一度だけならまだしも、二度もそんな偶然を許すなんて、あってはならないことなのです……! そのまま東にカーブして……! 薄汚いゴーレムがゴキブリのように隠れている木を切り倒し、一網打尽にするのです……!』
念を送るかのような魔女の肩が、ガッと掴まれた。
『お、落ち着いてくださいヴェトヴァさん! いくら中継されているとはいえ、選手には伝わりませんよっ!? お席に戻って、解説をしてください! 先ほどから視聴者の苦情が殺到してるんです! お願いですから、ねっ!?』
しかしヴェトヴァは手を振りほどき、なおも恨み節を垂れ流し続ける。
実況のお姉さんはもう手が付けられないと悟ったのか、カメラの奥に向かって叫んだ。
『こっちの音声、切ってください! 落ち着くまでは現場の中継映像で……!』
見苦しかった映像が再び空撮に切り替わり、俺は心の平穏を取り戻す。
ちょうど次のターゲットが、立て看板に気づいたところだった。
『なになに……? 聖ローリング学園の学園長、衝撃のスキャンダル……?』
手綱を操り進行方向を変え、渦潮に吸い寄せられるように看板に近づいていく。
乗り手であるグラッドディエイターはすでに、チャリオンから身を乗りださんばかりに食いついていた。
『ええっ? いったい何て書いてあるの……? タイトルは大きいクセに、本文は小さいからよく見えない……!』
フェイスに映し出された顔が、じれったそうに目を細めている。
そのしかめっ面が、急にカッと見開いたかと思うと、
『まさか教……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?!?』
ジェットコースターが急降下するような悲鳴とともに、緑の脆い床を突き破る。
CMを挟んでもいいような衝撃シーンとともに、視聴者の前から急速に消え去っていった。
『やったぁーっ! 引っかかった! 引っかかったぁーっ! あっはっはっはっ! 二度も続けてだなんて、すごーいっ!』
『だから言っただろ、落ちるに決まってるって! よぉーし、行くぞっ!』
ワンパク小僧のように木陰から躍り出ていくサイラとラビア。
もう任せておいても大丈夫だろうと思った俺は、慌てず騒がず……木の幹に背を預けてひと休み。
すると、視線に気づく。
シターがじーっと俺を見つめていたのだ。
『ナンダ?』とテキストチャットで訊ねると、
『……自分の看板が巧妙だったおかげで、本来は通り過ぎるはずだったルートを修正させられた』
淡々とそんなことを述べる。
要は、自分の手柄だと言いたいらしい。
俺は誰の手柄になろうがどうでもよかったので『ソウダナ』と返すと、シターは満足そうに頷いた。
そんなやりとりの背後で、勇ましすぎる呪文詠唱が轟く。
ずしゃあと地すべりのような震音が続き、俺は敵の半分を埋葬したことを知った。
ガションガションと駆け足が戻ってきて、ひょっこりと顔を出す。
『おい、見たかボーンデッド! 俺の砂塵魔法を!』
……なにを今更? と俺は思った。
ラビアだけじゃねぇ、部員たちの魔法なら練習の時にさんざん見てただろ。
しかしラビアは期待に満ちたフェイスで俺を見ていたので、『ミテナイ』とは言い出しにくかった。
しかしシターが『ボーンデッドは見ていなかった』と告げ口しやがった。
『なんだよボーンデッド! お前監督だろ!? だったら選手のことちゃんと見とけよっ!? ああもう、敵はあと二体残ってるから、それを埋める時はちゃんと見とけよっ!?』
ゴツン! と俺の胸にパンチを食らわせたあと、いかり肩で去っていくラビア。
……俺はなにがなんだかわからなかった。
カリーフは手柄を主張しやがるし、ラビアはわざわざ見てろだなんて言いやがるし……いったいどうしちまったんだ?
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