43 ボーンデッド、次に備える
『女子校対抗メルカバトル』において、我が『母なる大地学園』は3回戦へと進出、ベスト8入りの一番乗りを果たした。
これで事実上、強豪校の仲間入り。
といっても、俺たちはなんにも変わりねぇ……ただ次の試合に備え、淡々と練習するのみだ。
しかし、周りはそうはいかなかった。
万年最下位だった頃は合宿場のまわりも静かだったんだが、今では変なヤツがチラホラ見受けられるようになっちまった。
ボーンデッドにはレーダーがあるから、合宿所のまわりをウロついている不審者なんざ手に取るようにわかる。
ソイツらを捕まえて調べてみると、だいたい以下のような人種に分けることができた。
まず、マスコミ関係者。
この世界じゃ『女子高対抗メルカバトル』は全盛期の『夏の高校野球大会』ばりに人気があるので、各魔送局はかなり取材に力を入れているようだ。
なにせ落ちこぼれだと言われ続けてきた母大が、今年は目覚ましい活躍をしているとあって注目度も高い。
ちなみにマスコミが選手たちを取材できるのは、試合開始前と開始後のわずかな時間のみと決められている。
それ以外では、監督に申し込みをしてOKをもらえれば、練習風景なども撮影できるそうなのだが……俺は全部断っている。
……と、やったところでヤツらは諦めきれなかったようで、コソコソと練習風景を盗撮するようになっちまったんだ。
数字のためなら何でもやるのは、どこの世界も変わらねぇんだなぁ。
次に、熱狂的なファン。
これも例によって弱小校だった頃は無縁だったのだが、今ではマスコミとは明らかに違う妙なヤツらがウロつくようになった。
コイツらは盗撮だけじゃなく、選手たちに直接アプローチしようとするんだ。
握手やサインを求めたり、なにかプレゼントを渡そうとしたり……。
ラビアはそんなヤツらが来ても殴って追い返すし、シターは無視という塩対応、カリーフは謝りながら逃げるので、まだいいんだ。
問題なのはリーダーのサイラだ。
握手もサインもプレゼントも全部受け入れるし、一緒に踊るという神対応。
その人なつっこい性格は、普段はチームの潤滑油として働くからいいんだが……外部の人間にまでやられると、ちょっと不安になっちまう。
話を元に戻そう。
最後の厄介者は……実をいうとコレがいちばん問題なんだが、他校の生徒だ。
最下位だった今までは眼中にもなかったのだろうが、ベスト8となってしまっては放っておくわけにはいかないんだろう。
練習風景を盗撮されるようになっちまった。
このままだと、次の試合の戦法がダダ漏れになっちまう……と頭を抱えてたんだが、この問題は意外な人物の手助けによって解決した。
『岩石乙女高校』のキャプテン、ブソンだ。
『女子高対抗メルカバトル』の本選に参加するような学校は、練習場を覆い隠せるほどの巨大なパーテーションを所持しているらしい。
万年弱小校だった母大にそんな便利なモノはなかったのだが、ブソンがキャプテン権限を利用して岩石乙女の備品を貸してくれたんだ。
しかもブソンは母大の練習場に、臨時のキャンプを作って常駐してくれた。
岩石乙女の部員たちに指示を出し、24時間体制で練習場のまわりのパトロールをやってくれるようになったんだ。
おかげで我が物顔だった不審者どもは、流しの下のゴキブリくらいには大人しくなった。
……そうこうしている間に、他のベスト8の学校も出揃う。
Bブロックはまだ絵に描いた餅なので詳細は省くが、俺のターゲットである『ブラックサンター国立第三毒蜘蛛女子』は、俺の嫁風に言うならチャッカリ残っている。
俺たちのいるAブロックは、『母なる大地学園』『聖ローリング学園』『武連館高校』『ジャスティスナイツハイスクール』の4校。
そして次の俺たちの対戦相手は……『聖ローリング学園』ということになった。
俺はさっそく『聖ローリング学園』……略して聖ローの対策にとりかかる。
聖ローの売りは、『チャリオン』と呼ばれる古代の戦闘馬車っぽい乗物。
馬型のゴーレムに牽引させ、高機動を活かした戦いを得意とする。
『女子高対抗メルカバトル』のルールでは、武装とゴーレムについての制限は無いも同然だから、戦闘馬車なんてモノも持ち込むことができるようだ。
機動力では参加校の中でも1、2を争うほどだという。
そりゃそうだ、なんたって馬車に乗ってるんだからな。
相手の武器が機動力となると、戦うフィールドに大きく左右されることになる。
もし第2回戦のときのような、だだっ広い平原であればかなりヤバい。
港で暴走族に囲まれた女子高生状態……まわりをグルグル回られながら、逃げ場もなく削られていくのは目に見えている。
逆に森のひとつもあれば、その中に逃げ込んじまえば馬車は入り込めない。
ヤツらに馬車を乗り捨てさせることができれば、状況はだいぶマシになる。
でも待てよ……もし森に逃げ込んだとしても、ヤツらが来なかった場合はどうなるんだろう?
膠着状態がずっと続いた場合、ルール的にはどうなるんだ?
ブソンに尋ねてみたところ、そのケースの場合だと、決着は以下のふたつが考えられるそうだ。
まずひとつめ。
聖ローは対戦相手が立てこもった場合、まずは火を放つらしい。
試合会場にはどんな手を加えてもかまわないというルールがある。
俺たちが大穴を開けても何も言われなかったように、巨大な火の玉で焼け野原を作っても何も言われなかったように……それと同じことだな。
火にまかれてしまった場合、耐熱装甲のメルカヴァであれば耐えられるらしいが、我が部の量産型メルカヴァにそんなものがないのは確認するまでもないだろう。
しかしこれはなんとかなりそうだ。
なんたってシターの陥没魔法があるから、イザとなりゃ穴を掘ってそこに逃げちまえばいい。
次にふたつめ。
火を放てない場所に立てこもられた場合、もしくは炙り出しが効かない状況などになっても、聖ローは馬車を降りて攻め込むようなマネはせず、長期戦に持ち込むらしい。
学園のアイデンティティであり、他校にはない優位性である戦闘馬車を、選手らは決して手放そうとはしない。
ルールについては、『女子高対抗メルカバトル』には降参での決着がないのと同じで、時間切れによる決着もないそうだ。
となると長期戦になったらキャンプでも張るのかと思っていたが、メルカヴァのハッチを開けるまではいいが、一歩でも外に出てしまった時点で失格となるらしい。
なので膠着状態になった時のことを考え、コクピット内には水と食料を常備しているそうだ。
これは聖ローだけでなく、大会参加選手にとっては当たり前の準備らしい。
でも、トイレはどうすんだ? とブソンに尋ねたら、
「基本的には限界までガマンするが、どうしてもという場合は袋の中にする。そこまで戦いが長引くことは滅多にないがな」
と教えてくれた。
メルカヴァはボーンデッドと違って、トイレなんてない。
ま、トイレのある戦闘ロボットなんて普通ねぇよな。ボーンデッドが特殊なんだ。
でも、いくらなんでも袋にするだなんて……それじゃネトゲ廃人じゃねぇか。誰かさんじゃあるまいし。
俺はなおも気になってしまったので、戦術研究という純粋な目的のためだけにクグってみた。
『女子高対抗メルカバトル トイレ』と。
すると、「どうしても」という状況に陥った中継動画のまとめをいくつか見ることができた。
フェイスに浮かんだあどけない顔が、限界まで苦痛に歪む。
脂汗をだらだら流し、悶絶したあと……下のほうでカサコソと何かを準備する。
そして耳まで真っ赤にした顔を俯かせながら、何かを押し出すようにいきむ。
栓が外れたあとは決壊したものを止めることができず、ただただ震え……最後に屈辱に打ちのめされるように、ビクビクと背筋をわななかせる。
最中のリアクションは様々だった。
瞳に涙の粒をいくつも浮かべながらも、懸命にこらえる者。
こらえきれず、シクシクと泣き出す者。
「見ないでぇ……」と弱々しく口をパクパクさせる者。
何かに目覚めてしまったように、恍惚の表情を浮かべる者……。
スピーカーユニットをOFFにするのを忘れ、流れ出る音を全国放送してしまった者もいた。
……め、メルカバトルってのは、こんなにやら……いや、厳しい戦いだったのか……!
俺は打ちのめされたような思いで、さらなる動画を探し求めた。
へんなサイトでウイルスに感染しようが、架空請求をされようがおかまいなしに。
これもすべて、勝利を掴むため……!
明日に向かって、観るべし、観るべしっ……!
……話をもとに戻そう。
我が部の部員に食料の備蓄について尋ねたら、
「ビチクってなに?」「乳首の業界読み」「ボーンデッド監督、えっちですぅ!」「お前、いい加減にしろよ! マジでセクハラゴーレムじゃねぇーか!」
なんてミニコントを繰り広げられてしまった。
俺はブソンに頼んで非常食を分けてもらい、部員たちに配った。
長期戦での食料問題はこれでいいとして……問題はトイレのほうだ。
試合まではあと数日しかなかったが、俺は部員たちになるべくトイレをガマンし、耐性をつけるよう指示する。
これには俺のセクハラゴーレムっぷりを加速させちまったが、しょうがねぇ。
もちろん膠着状態になんかするつもりはねぇが、可能性としてあるならば対策はしておかねぇとな。
いかなる状況も想定して、作戦を立てる……!
それが一流の指揮官ってヤツだ……!
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