37 ボーンデッド、太陽に立ち向かう
大気を吸収するような勢いで膨張を繰り返す火の玉に向かって、俺は突撃する。
周囲に陽炎を発生させているソレは、モニターごしにも熱さが伝わってくるようだ。
『ファイヤー・ボール』ってヤツか……!
ゲームでよく見る魔法だぜ……!
こうやって撃たれる側から見るのは初めてだが、なかなかにヤバそうだ……!
直撃をくらったら、俺でもひとたまりもねぇかもしれねぇ……!
灼熱を映し出すメインモニター。その横にあるサブモニターがパッと切り替わった。
『おおおおーーーーっとぉ!? すく冒のエース、魔法使いの魔法が間もなく詠唱を終えようとしています! 1回戦では見なかった魔法ですが、ヴェトヴァさん、これは一体!?』
『ンフフフフフフ……! あれは中級魔法の「赤耀の裂球噴」……! 火球を放つ中級魔法でも高位のもの……! その威力は絶大……! あれほどの魔法が行使されるのは、過去の大会でも例を見ないことでしょう……!』
『そんなすごい魔法なんですね!? でもなぜ、万年最下位と呼ばれる母大に……!? ここで公開してしまっては、次の対戦校に対策されてしまうのでは……!?』
『母大だからこそ……! だからこそ投入したのでしょう……! 万年最下位の母大であるならば、実験台のモルモットとして最適……! それにたとえ魔法が失敗したとしても、負ける相手ではない……! そうふんだのでしょう……! ンフフフフフフフ……!』
『なるほどぉ! すく冒にとって初めての実戦投入となる魔法、相手が母大であれば邪魔をされることもない……! 発動は確定したも同然ですね! ……お!? おおっとぉ!? ここで後方に控えていた母大のゴーレムが飛び出してきましたっ!』
実況の叫びとともにサブモニターが切り替わると、短距離走者と化した俺の姿が大写しになる。
『走っております! 走っております! ゴーレム……いやメルカヴァと比較してもかなりの速さですっ! どうやら魔法を中断させようとしているようですが……これは間に合うんでしょうか、ヴェトヴァさんっ!?
『ンフフフフフフフ……! 無理、無理、無理……! まるで無理……! まるで届きません……! やはりゴーレム、滑稽なほどの浅知恵……! ンーッフッフッフッフッフ……! 』
立ちふさがるような気持ちの悪い高笑いを突き飛ばすように、俺は走る。
今度は背後から、三色の絶叫が追いすがった。
『だめぇぇぇぇっ! ボーンデッドさんっ! もう間に合わないっ! 戻ってきてぇ!』
『馬鹿っ、サイラ! お前まで行ってどうするんだっ!? おいっ、ボーンデッド! この距離で術者を止めるのは無理だっ! 帰ってこいっ、大馬鹿野郎っ!』
『は、離して、ラビアちゃんっ!』
『無謀。鼻差どころか、十馬身差以上の距離で魔法の発動がなされる。その場合、回避も不可能』
『し、シターちゃん……! ……も、もしかして、ボーンデッドさん……自分の命を犠牲にして、あの火の玉からボクたちを守ろうと……!?』
『まさか、そんなっ!? おい、ボーンデッド! そんなの許さねぇぞ! 戻れ、戻ってこいっ! ボーンデッド! お前はゴーレムなんだから、人間の言うことを聞きやがれっ!』
『ゴーレムは、主人として登録された者の命令しか受け付けない。いくら呼びかけても無駄』
悲鳴、怒鳴り、諦観を振り払う。
するとまた前方に、嘲笑の壁が立ちはだかる。
『走る! 走る! 走る! 母大の白きゴーレムは、敗北に向かってまっすぐ、一直線に……愚直なまでに走っております! ヴェトヴァさん、すく冒の魔法が直撃した場合、あのゴーレムはどうなってしまうのでしょうか!?』
『ンフフフフフ……! 「赤耀の裂球噴」は爆裂魔法の入門用として使われる魔法……! 命中すれば燃焼だけでなく、爆発をも巻き起こす……! あの大きさの火球ともなりますと、ゴーレムは跡形もなく消えてしまうでしょう……!』
『と、いうことは……! もしかしてあのゴーレムは、自らを犠牲にして、母大の選手を守ろうと……!?』
『ンフフフフ……! それがまた、あのゴーレムの滑稽なところ……! あの規模まで膨れ上がった火球では、母大メンバーも爆発に巻き込んでしまうでしょう……! 母大のメルカヴァは魔法耐性が皆無なので、ひとたまりもない……! 早く逃げればまだ可能性はありますが……おろかなゴーレムは、飼い主まで愚かなようです……! もはや、すく冒の勝利は揺るぎないものとなりました……! あたり一面焼け野原となり、そこには焦土の主だけが立っている姿が目に浮かびます……! ンーッフッフッフッフッフ……!』
……そんなにデカい爆発が起こるのかよっ!?
俺はチャットウインドウに手を伸ばし、背後にいるサイラたちに『ニゲロ』と伝えようとしたが……どうせこの距離では伝わらないだろうと思って途中で打つのをやめた。
かわりにその手でスキルウインドウを開き、新たなるスキルを獲得する。
その最中、横にあるサブモニターから、何よりも俺の判断を鈍らせる声がすがりついてきた。
『ボーンデッドさま、しんじゃうの?』
『ううん、ボーンデッドさまがしぬわけないよ!!』
『でも、あとかたもなくなるっていってたよ?』
『うそ……うそだよっ! ボーンデッドさまはかみさまなんだから、しなないよっ!』
『でも、あんなおおきなひのたま、いくらかみさまでも……』
『に……にげてっ、ボーンデッドさまっ!』
『いかないで! ボーンデッドさまっ!』
『だめっ、だめーっ! いっちゃだめーっ! ボーンデッドさまぁ!』
『みなさんっ! もっと、もっと祈りましょう! ボーンデッド様が、チャッカリ逃げられるように……!』
『お願い……! お願いですっ……! ボーンデッド様……! お逃げに、お逃げになってくださいっ……! ボーンデッド様がいなくなったら、わたしたちはどうすればよいのですか……!? わたしたちを……お見捨てにならないでくださいっ、ボーンデッド様……!』
いつもは声を荒らげない、穏やかな聖堂の主が……絹を裂くような祈りを叫んでいる。
俺は心の中で、彼女たちに謝った。
……悪いな。
でももう、俺自身でも止められねぇんだ、この気持ちは……!
この世界に来て、初めて出会った、骨のありそうなヤツ……!
ジャイアントなんとかみたいな、やられ役じゃなくて、敵と呼べるヤツに……!
それに、確かめてぇんだ……この世界で、どれくらい俺が通用するかを……!
いま俺は、最高にワクワクしてる……!
未知の力と、がっぷり四つに組み合うこのカンジ……久しぶりだぜ……!
さあっ、『魔法使い』よ……!
見せてみろ、お前の全力ってヤツを……!
お前のとっておきの『魔法』と、俺の『スキル』……!
どっちが強いか、ハッキリさせようぜ……!
ヤツの手元の火球はすでに、大玉転がしの大玉くらいのデカさになっている。
ずっとうつむいたままのフェイスがバッと向き直る。
フードの奥に隠された素顔とご対面。
まだあどけなくて、JKというよりもJC……いやいやもっと幼くて、JSくらい……でもカワイイ顔してるじゃねぇか。
将来が、楽しみだぜ……!
その童顔が、子猫が必死に威嚇するかのように、くわっと吠えた。
『……赤耀の裂球噴っ!!』
そして、地獄の扉は開かれる。
『つ、ついに、ついに、ついに決着の時が、やって来ました……!』
『ンフフフフフフフ……! ただのゴーレムが散り、負けるべき者が負ける……! ただそれだけのこと……!』
『だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!』
『やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!』
『ご臨終』
『ボーンデッドさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
……ドゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
列車砲のような撃音が、すべての想いを上書きした。
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