35 ボーンデッド、作戦を成功させる
『さっそく両雄ぶつかりあいましたぁ~っ! すくすく冒険学校……すく冒は得意の2・1・1の陣形を展開! 対する母なる大地学園……母大はカリーフ機とゴーレムを後方に据えた、3・2の陣形! 1回戦から大きく変えた陣形を取っております! ヴェトヴァさん、これをどうご覧になりますか!?』
『……ンフフ……! すく冒は「爆炎の使徒」の異名をとる魔法使い機の高火力がある……! おそらく母大は、その火力に一網打尽にされないよう、2機をスタート地点に残したのでしょう……! でも、それは愚策……! いまの母大では、前衛にすら歯が立たない……! となると、運を天に任せた全機特攻をして、まず魔法使いの呪文を止める以外にはありえない……! 策を弄して堕ちる、愚か者の典型です……! もはや母大の勝利は億にひとつもないでしょう……! ンフフフフフフ……!』
『おおっとぉ! ヴェトヴァさんの名言「億にひとつもない」が出ましたぁ! これが飛び出した予想については、いまだかつて外れたことはありません! これは三回戦進出を果たすのは、すく冒で間違いなさそうです!』
隅のモニターで繰り広げられる実況と解説を、俺は苦々しい思いで耳に入れていた。
くそ、好き勝手なことぬかしやがって……!
お前さんらの言ってることは、的外れもいいとこだぜ……!
すく冒攻略のカギは『爆炎の使徒』なんかじゃない。
岩石乙女から見せてもらった映像によると、魔法使いの魔法が発動するまでにはそれなりに時間がかかる。
魔法を使うには呪文を唱えなきゃならないんだが、威力が強力なものほど文言が長くなるそうなんだ。
さらに唱えるのが途切れた場合、最初からやり直しになるらしい。
ということは、発動前にブン殴っちまえばいいってわけだ。
このあたりはファンタジーRPGの魔法使いの弱点と同じだな。
飛び道具がありゃ簡単なんだが、そんな便利なものはウチにはねぇ。
そのうえ魔法使いの前には、3体の敵……戦士、僧侶、盗賊、がいる。
少々の飛び道具じゃ、ヤツらが身体を張ってでも止めるだろう。
ってことは、守っているヤツらをいかに早く倒すかが勝負の分かれ目となるんだ……!
そしてそのための作戦は、すでに動きはじめているっ……!
遠目でも陽気さが伝わってくる、まるでサンバの始まりのような愉快な掛け声が弾んだ。
『ライ・プライ・ライ! ライラ・ライ! シャン・ファン・トン! 母なる大地よ、我がこの声を聞き給え! 産声、泣き声、叫び声……! この地に立つ迷い子の声を、聞き届え給えっ! ……いっくよぉーっ! 緑膚の威震っ!!』
戦いの幕を引きずり降ろすように、両手を地面に叩きつけるサイラ。
すく冒の前衛の目的は時間稼ぎが目的なので、立ちはだかるものの先制攻撃はしてこなかった。
それが完全に裏目に出る。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
足元に生えそむる草たちが荒波のように激しくうねり、影響範囲が拡大していくのがわかる。
最前線にいる敵の戦士、僧侶……そしてその後ろにいる盗賊までもが、サイラの地震魔法を受けてよろめきはじめた。
3つのフェイスが揃って声を詰まらせる。
『……なっ!? なにっ!?』
『……ええっ!? じ、地震ですっ!?』
『……た、立ってられないっ!? わああっ!?』
俺は岩石乙女のヤツらに稽古をつけるため、何度か組み手をしたんだが、そのときメルカヴァには自動的にバランスを取る機構があることに気づいた。
そりゃそうだろうな。
人間は何の気なしにやっているが、ふたつの足だけで立って歩くってのはかなり高度なことなんだ。
四輪の車とかと違ってバランスを取らないとあっという間に転んじまうから、それを補佐してくれるシステムがあるのは当然のことといえる。
しかし、そのおかげで……俺はこの世界のメルカヴァが、足元が弱いとわかったんだ。
なぜならばボーンデッドにも『オートバランサー』という似たようなシステムがある。
そのシステムはバランスを取ることを優先するあまり、地震やらベルトコンベアやらの動く床に乗ると、突然パイロットの操縦を制限しちまうんだ。
まあ、俺たち人間も地震にあったらマトモに歩けなくなるから、同じといえば同じだな。
しかしゲーム内でそれらのシチュエーションに遭遇した場合、大抵のヤツらは素早く動きたいがためにオートバランサーをOFFにする。
そこで、ようやく気づくんだ。
オートバランサーがなければ、マトモに立つこともできない自分に……!
ちなみに俺はオートバランサーは常時オフにしてるから、地震が来ても何ら行動は制限されない。
……いま地震にさいなまれているヤツらは、どうだろうか。
俺と同じ、介助がなくても立ってられる若者か、それとも介助がなければ立つこともできない年寄りか……!?
『ど、どうしようっ!? こ、こんな時、どうすればいいんだっけ!?』
『そ、そうです! 「見えざる神の足」の加護を一時的に外してしまえばよいのです……!』
『あっ、そっか! 今すぐ……!』
次の瞬間、
……ドッシーン!
と尻もちをつく3機のメルカヴァ。
ひときわ大きく伝わってきた振動が、俺たちが決めた次の一手への合図。
踊っているラビア機の横で、カラクリ人形のような緩慢なる動作がはじまる。
『ヘルドラヘルドラ……グルドラグルドラ……ゴロゴログルゲロ……。我、欲する……この世の全ての横目縦鼻たちを、屠り、土に還すほどの墓穴を……。開闢せよ……地獄への片道……!』
……シターの呪文だけ、なんでそんな不吉そうな内容なんだよ……。
なんて感想を抱いた直後、尻もちをついていたメルカヴァたちが視界から消え去る。
……ズズゥゥゥゥゥーーーーンッ!!
大地の怒りのような重低音とともに目の前の地盤が沈下、掘削用の立杭を打ち込んだような真円の大穴が空いた。
直後、間欠泉のような土煙が噴出する。
よし……やった!
サイラ、ラビア、シターは、できたての穴のまわりへと殺到する。
俺も駆けつけたかったがグッとこらえ、魔送モニターが映し出している空撮へと目を凝らす。
世界じゅうの人間は無理だが、小さな街ひとつくらいなら住人全員を生き埋めにできそうなほどの深淵。
そのどん底には、沈む前と同じ体勢の冒険者一行が。
何が起こったのか理解できない様子で、メルカヴァの顔とフェイスの顔を、こぞってキョロキョロと振っている。
『な、なに!? なになに!? いったいなにがどうなったの!?』
『……わかりませんっ!? 地震が起きたとおもったら、いきなり沈んで……!』
『地震に陥没!? そういえば、母大にはそのふたつの魔法の使い手がいたような……!?』
6つの顔が見合ったあと、何かに気づいたようにハッと真上を見上げる。
『やっほーっ! ごめんねみんなーっ! ボクらの魔法、どうだったー!?』
友達のように手を振り返すサイラ。
『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている……』
意味深なことをつぶやくシター。
『へっへーん! ざまあみやがれっ! オレたちの力、思い知ったかっ!?』
もう勝った気でいるラビア。
敵は拳を振り上げ、ぶーぶーと言い返してきた。
『なっ、なによ! ただ穴に落としただけじゃない!』
『そ、そうです! 試合は戦闘不能にしなければ、勝ちにはなりません!』
『そうだそうだ! それにこのくらいの穴、登ってしまえばなんてこと……!』
言うが早いがゴキブリのように壁に張り付いて、ジタバタとよじ登りはじめた。
その様をサディスティックに見おろしていたラビアの手が、ゆっくりと振り上げられる。
『……ザールストレイク・ズラン・セイザー・ハル・ウェル・サーグトレイクス……! 我は擅う、春嵐の砂塵っ! ……埋まりやがれっ! 黄埃の大波ぅぅぅぅーーーっ!!』
勝利宣言のように高らかに唱えあげられた呪文と、高らかに舞い上がる砂塵。
いちど空いた穴が再び塞がるのに、それほど時間はかからなかった。
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