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ゲーマーおっさん、ゴーレムに引きこもる  作者: 佐藤謙羊
女子高対抗メルカバトル編
33/78

33 ボーンデッド、女子高生を餌付けする

 横一列になって襲い来るどすこいメルカヴァたちは、まるで怒り狂った王蟲の群れのようだった。

 我を忘れているのは、フェイスに映った表情からも明らか。


 戦国武将のようなブソンを筆頭に、敵将の首を取りに来るような岩石乙女の部員たち。

 しかもウチの部のメンバーも農兵のように加わってやがる。


 アクティブな性格のサイラとラビアはまだわかる。

 しかし草食系っぽいカリーフや冷静なシターまでもがこんなになっちまうとは……。


 俺は今更ながらに、カレーの持つ魔性を思い知らされていた。


 カレーに秘められた魔力については、もはや説明するまでもないだろう。


 ガキの頃のごちそうといえば家でも給食でもカレーで、それは刷り込みのように働き、大人になっても憧れとして残る。

 オッサンになってもカレーの匂いには引き寄せられるし、しかも嗅いだだけで胃が拡張する身体になっちまうんだ。


 そんな恐ろしいモノを、思春期の少女たちが初めて味わったらどうなるか……。

 正直、軽率だったかもしれねぇ。


 ボーンデッドのコクピットには聖堂院の様子が常に映し出されているんだが、そこでもカレーが振る舞われていた。



『今日は金曜日……ボーンデッド様のカレーですよーっ!』



『わぁーーーいっ!!』



 画面の向こうで、おたまを振り回すララニー。

 子供たちはお祭り騒ぎだ。



『わたし、カレーだいすきーっ!』



『あたしもーっ!』



『こんなにおいしいものがたべられるなんて、うれしいね!』



『これも、ボーンデッドさまのおかげだよ!』



『その通りっ! あたしたちがこうして、チャッカリおいしいカレーが食べられるのも、ぜんぶボーンデッドさまさまのおかげなのですっ!』



『みなさん、ちゃんとボーンデッド様にお礼を言いましょうね』



『はぁーいっ! ボーンデッドさま! ありがとうーっ! だいすきーっ!』



 元気いっぱいの返事とともに、幼い順で鍋の前に一列に並ぶ少女たち。

 炊き出しの要領でルルニーがごはんをよそい、ララニーがカレーをかけている。


 ……って、こんな小さな子たちにすら秩序があるっていうのに、今どきのJKときたら……!


 俺は嫁たちの和やかな食事風景で、殺伐とした空気を紛らわせながら逃げ回っていたのだが……いいかげん疲れてきたので立ち止まり、突っ込んでくるメルカヴァどもに向かって牽制した。



『オトスゾ』



 手にしている大鍋をぶちまける素振りをしてみせると、押し寄せていた波がつんのめって止まる。

 しかし後ろのヤツらにはテキストチャットの文字が見えていなかったようで、急停止した前の機体に衝突、次々と将棋倒しになった。


 そうなるとあとは、ウミガメの誕生後の砂浜で地震が起きたも同然。

 ひっくり返った子ガメのようなメルカヴァたちが、起き上がれずにジタバタともがくのみ。


 ほっとけば落ち着くだろうと思い、助けずに見守っていたのだが……しばらくして、観念するような声があがった。



『ぼ、ボーンデッド殿……。す、すまぬ……わ、私としたことが……カレーのあまりのうまさに、我を忘れてしまった……』



 ブソンか。

 俺は、地べたで大の字になり、天を仰いでいる機体に歩み寄った。



『オチツイ タカ』



『ああ。どうかしていた。だがもう大丈夫だ。部員たちを起こしてやらねばならぬから、まずは私を起こしてはくれまいか』



 マニュピレーターを差し出してきたので、俺は引っ張り起こしてやる。


 しかし次の瞬間、ボーンデッドが小脇にかかえているカレー鍋に手を伸ばしてきやがったので、俺は片手で思いっきり投げ飛ばしてやった。


 再び寝っ転がって、大地と一体になるブソン。



『こうやって投げ飛ばされるのは何度目だろうか。やはり、ボーンデッド殿にはかなわぬようだな……。今のは冗談だ。今度こそ本当に目が覚めたから、起こしてはくれまいか』



 ウソつけ。


 正気に戻ったように見せかけて、騙すとは……なんてヤツだ。

 よく見たら顔には『カレーをひとりじめしたい』って書いてあるじゃねぇか。



『ボーンデッドさん! もう大丈夫だから、あたしを起こして!』



『いや、騙されるなボーンデッド! サイラはカレーをあきらめちゃいねぇ! でも俺はもう興味ねぇから、俺を起こすんだ!』



『いいえ、ラビアさんのお手をわずらわせるわけにはいきません! わたしがみなさんを起こしますぅ……! もういい子になりましたから、お願いしますぅ、ボーンデッドさん!』



『三人とも、声が不自然に上ずっている。きっと何らかの謀略があるに違いない。その点このシターはいつもと同じ口調。不自然さは微塵もない』



 ったく……どいつもこいつもレイプ目みたいになってるクセに、なにが『大丈夫』だよ……。


 俺は起こすのはやめて、ひとり食卓へと戻る。

 死守したカレーをあたためなおし、追加の分を作っていると、メルカヴァのコクピットから這い出てきたヤツらが土下座をしてきた。



「……ボーンデッド殿、本当にすまなかった! もうひとりじめしようなどとは考えない! だから、カレーを食べさせてはくれまいか……! たのむ、このとおりだ……!」



「おねがいしまぁーすっ!!」



 ブソンを先頭に深々と平伏したあと、そっと顔をあげる女子高生たち。

 晩飯抜きと言われた昭和の子供のような、親のご機嫌を伺う表情で。


 岩石乙女の部員たちに混ざっていたウチの部のヤツらも、次々と直訴してくる。



「お願いします! ボーンデッドさん! あたしたち、カレーのおいしさにすっかりやられちゃいました……! それで、ついおかしくなっちゃって……反省してますっ!」



「そうそう、そうなんだよ! 今日は試合もあったうえに、練習もみっちりやっただろ? だから、すげーハラペコでさぁ! そんな時にあんなうまいものを出されちゃ、おかしくもなるってもんだろ! 今回だけは大目に見てくれよっ! なっ!?」



「試合に勝ったのもはじめてで、こんなにいっぱい練習したのもはじめてで……それに、こんなにおいしいものを食べたのもはじめてで……うれしくてつい、舞い上がっちゃいましたぁ! だから、ごめんなさぁい!」



「いくつかの条件が重なって、かつてないほどの食欲が引き出されたのが今回の騒動の原因。しかしメルカヴァ乗りとしては理想的な兆候。ここでカレーを与えることにより、さらなる相乗効果が期待できる」



 思い思いの言葉をぶつけてくる万年最下位の少女たち。

 でも、それで思い出した。


 ……俺も学生の頃は部活をやってて、毎日毎日おそくまで練習してたんだよな……。


 上手と下手とか関係なかった。

 これで将来プロになろうとか、これが自分にとって何の得になるとか、ぜんぜん考えなくて……とにかくクタクタになるまでやったんだ。


 すると当然なんだが、メチャクチャ腹が減るんだよな。


 メシは何を食ってもうまかったし、いくら食っても足りなかった。

 部活仲間と奪い合うことなんてのもザラだった。


 そしてまわりの大人たちは、俺たちを腹いっぱいにさせるために、いろいろしてくれてたような気がする……。


 弁当をふたつ作ってくれたり、定食を超大盛りにしてくれたり、差し入れをしてくれたり……。

 その時の俺は、そんなことすらも気づかずに、ただひたすらに、与えられるままに、食らいついてた……。


 巣でエサをねだる、鳥の雛みてぇに……。


 そっか……そういうことか。

 今、俺の足元いるヤツらは……昔の俺でもあったんだ。


 それは、なんにも変わっちゃいねぇ。

 変わっていくことといえば、俺がしてやる側になったってだけだ。


 まぁ……それなら、しょうがねぇかもな。


 俺は出来上がったばかりの、ふたつ目のカレー鍋をかき混ぜる。

 そして、この世界に来て間もない頃……ある街の河原で言ったことと、同じことを繰り返していた。



『モッテ コイ』



『サラト スプーン』



『イツレツ ナラベ』



 俺のメッセージが終わるか終わらないかのうちに土下座を解き、バーゲン会場に向かう主婦のようにテーブルに向かう女子高生たち。

 自分の皿とスプーンをひっ掴んで、今年の福男ならぬ福女を決定するかのような勢いでカレー鍋の前に殺到する。


 今度はちゃんと、一列に並んで。

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