29 ボーンデッド、初めての魔法
『母なる大地学園』対『岩石乙女』の4対4の練習試合。
広い草原の中で一列に並び、向かい合ったあと互いに礼をしている。
俺はそのかたわらで、『岩石乙女』のヤツら相手に組み手をしていた。
ドドドドドと砂塵とともに突っ込んでくるどすこいメルカヴァを、俺は柔道の足払いのようにして軽く転がす。
さすがに練習試合で破壊するのもアレだからな。
それに岩石乙女は一軍のメンバーであっても倒せば起き上がれないから、戦闘不能にするにはこれでじゅうぶんなんだ。
『……いくぜぇぇぇぇーーーっ!』
のっけからテンションを間違えたようなラビアの大声で、俺は向こうの試合が始まったことを知る。
母大メルカヴァ部の部員たちが『おおーっ!』と元気に応じていた。
『ザールストレイク・ズラン・セイザー・ハル・ウェル・サーグトレイクス……! 我は擅う、春嵐の砂塵っ! 舞い上がれっ、黄埃の大波……!』
ラビアはわけのわからないことをのたまいながら、土俵入りで塩を撒くようにマニピュレーターを下から上に振り上げた。
すると……信じられないことが起こったんだ……!
……ズバァァァッァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!
ラビア機の足元から大量の砂が舞い上がり、大波のように高くうねる。
「……なんだっ!?」
俺は自分の目が信じられなくて、思わずコクピットから立ちあがっちまった。
『よぉし、いくぞっ、カリーフっ!!』
『は、はいですぅ!』
もうもうとあがる砂煙を突っ切って、敵陣に乗り込んでいくカリーフ機。
おっかなびっくりだったのを、後ろからラビア機に押されて無理やり敵に向かわされていた。
粉塵を突き破ったカリーフは、出会い頭の敵機体を無我夢中で抱きしめる。
そして例のアレが、また始まった。
『ぐっ、グランファイル・グランソール・ラウラ・バール・グラインドス……! わわわ我は、堅靭なる巌! ろっ、牢乎としてすべてを繋ぎ止める者なりっ! 碧岩の万鈞……!』
……ビキビキビキビキィッ……!
震え声とともに、カリーフ機の装甲が岩肌のように変化。
足は大地に根を張る大樹のように広がった。
まるで埋まった石像のようになり、敵の動きを封じ込めたんだ……!
「す、すげえ……! いったい何がどうなってんだ!?」
俺はシートがあることも忘れ、立ち尽くしていた。
相手のどすこいメルカヴァはかなりパワーがあるはずなのに、それよりも非力そうな、いかにも量産型機っぽいメルカヴァで押さえ込むとは……!
ラビアの砂の波もすごかったけど、これもすげぇじゃねぇか……!
ゲームにはこんな兵装やスキル、なかったはずなのに……!
そこまで思考して、俺はある結論に至った。
もしかしてこれが、『魔法』ってヤツなのか……!?
ブラックサンターのヤツらに『サンダーアーム』で電撃を食らわせたとき、ヤツらはたしかこう言っていた。
「そうだ、魔法なワケがねぇ! だって詠唱もなかったんだぞ!?」
ってことは、この世界には『魔法』が存在していて……しかもそれは人間だけじゃなく、メルカヴァも使えるってことか……!
今まではブラックサンターのナントカバンディット号しか知らなかったから、それが基準になっちまってたけど……もしかしてこの世界のメルカヴァって、相当すごいのか……!?
『万年最下位』と呼ばれてたヤツらが、ここまでやるだなんて……!
俺はこの世界に来てはじめて、カルチャーショックというものを感じていた。
しかし……それもそこまでだった。
『おい、離せっ!』
『はっ、はひぃ! ごめんなさぁい!』
カリーフは敵に怒鳴られただけで、あっさりと拘束していた手を離しちまったんだ。
頼もしかった岩石の装甲もバラバラと剥がれ落ち、ラビア機と仲良く戦闘不能にさせられていた。
母大の戦力は残り2体。
迫り来る敵のメルカヴァたちを前に、彼女らがやっていたことといえば……。
『がんばれーっ! 立ってーっ! ラビアちゃん! カリーフちゃんっ!』
リーダーであるはずのサイラは、地面を揺らす魔方陣の上で踊るばかり。
シターに至ってはさらに意味不明で、魔法を使ってせっせと穴を掘っていた。
そして当然のようにノックアウトされる。
「なにやってんだ、アイツら……」
俺はやれやれとシートに腰を沈めた。
『ま、まいりましたぁーっ!!』
そしてふたつの降参コールが同時にあがる。
ひとつは我が部のサイラのもので、もうひとつは相手の部のブソンのもの。
サイラたちの相手をしていたのは二軍だったんだが、俺の組み手の相手をしていたのはブソンら一軍。
俺はサイラたちの戦いを観戦しながら組み手をやって、片手間に全滅させてやったってわけだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ひととおりの合同練習が終わったあと、岩石乙女の部員たちがぞろぞろと俺の足元にやってきて、一斉にひれ伏した。
そして先頭にいるブソンが、直訴するように叫ぶ。
「ボーンデッド殿、たのむ! 我が『岩石乙女高校』の監督になってはくれぬか!」
隣で物珍しそうにしていたラビアが、さっそくチャチャを入れてきた。
「おいおい、ブソン、正気か? ボーンデッドはゴーレムなんだぞ?」
「ボーンデッド殿はたしかにゴーレムであるが、間違いなく最強のゴーレム……! 我ら一軍との組手で、誰も歯が立たぬどころか……赤子扱いだったのだからな!」
「ええっ!? ボーンデッドさんって、そんなに強かったの!?」
素っ頓狂な声をあげるサイラ。
「しかも組手の最中、我々はボーンデッド殿の指導を受けたのだ。その的確さというのは、思わず膝を打つほどであった……!」
「ボーンデッドさんって、教えるのもお上手だったんですねぇ」
おっとりした様子で俺を見上げるカリーフ。
「そう! 戦ってよし、指導してよし……! ああっ、私はいままで、誤解していた……! ゴーレムというのは、魂の入っていない人形だと思っていた……! 魂が入っていないからこそ、メルカヴァに劣るのだと……! しかし、間違いであった! ボーンデッド殿の熱血指導を受け、目が覚めた……! ボーンデッド殿は確かに無人のゴーレムである……! でも確かなる魂を私は感じたのだ……!」
ブソンは額を地面にこすりつけ、祈願するように叫んだ。
「どうか、どうか、お願いします……! ボーンデッド殿……! 我らの監督になってくださいっ……!」
後ろで伏していた部員たちが「おねがいしまーすっ!!」と後に続く。
こうやって女子高生たちにお願いされるのは悪い気はしなかった。
組み手をやって感じたんだが、どの子も一生懸命でいい子だったんだ。
真面目だし、素直だし、やる気もあるし……正直、母大のヤツらよりもいいんじゃねぇか?
なんてことを思っていたらシターがしずしずと歩み出てきて、俺とブソンの間に立った。
土下座する相手チームのキャプテンを見下ろしながら、
「ボーンデッドはこちらの部の監督。ひとりの監督はひとつの学校しか受け持てない規定がある」
なんか勝手なことをぬかしやがった。
バッと飛び起きるブソン。
「ええっ!? ボーンデッド殿は選手ではなかったのか!? 選手であれば、我が部の監督を掛け持つのも問題はないだろう!?」
「ボーンデッドは選手兼監督。いわば『代打オレ』」
「そもそも監督は選手として出場できないだろう!」
「『女子高対抗メルカバトル』において、メルカヴァに乗って参加できるのは、出場校のメルカヴァ部に所属する部員のみという規定がある。顧問やOB、そして監督やコーチはメルカヴァには乗れないが、ゴーレムにはその規定は適用されない」
「うっ……! そ、そうかもしれぬが……!」
「いずれにせよ、ボーンデッドは『母なる大地学園』の監督兼選手のゴーレム。お引取りを」
「く……くぅぅぅ~っ! わ、わかった……い、今は引き下がろう……! そのかわり、約束してくれ……! 母大が途中敗退したら、ボーンデッド殿を監督としてこちらに譲ると……!」
「それは別にかまわない」
「よし、ならば、取引成立だな……!」
がっしりと固い握手を交わすブソンとシター。
ポカンとしているサイラやラビアやカリーフ、そして当人であるはずの俺をさしおいて、話はまとまってしまった。
面白い! と思ったら下のランキングバナーをクリックして、応援していただけると助かります。