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18 ボーンデッド、決戦に向かう

 『聖堂院のカレー屋さん』が開店してからの日々は、あっという間に過ぎていった。


 俺はさらなる施策としてカレー券のほかに、『お茶券』やら『肩たたき券』やら『耳そうじ券』を前もって女の子たちに配らせておいたんだ。


 すると狙いどおり、町のヤツらはカレーだけでなく、日々の癒しを求めて聖堂院にやってくるようになった。


 庭のベンチに腰掛けた町のヤツらを、一列に並んだ小さな子たちが「たんとんたんとん」と合唱しながら肩を叩く姿は、なんとも微笑ましかった。


 ただ『耳そうじ券』だけは、全部回収して破棄した。

 他の男に膝枕で耳掃除してやるだなんて、NTRモノかよと思ったからだ。


 なんにしても、町のヤツらが足繁く聖堂院に来るようになってからは、実に簡単だった。

 姉妹の説法によって、あっさりと信仰心を植え付けるのに成功したんだ。


 いまや町のヤツらは、ララニーの能天気な説法に大笑いして元気づけられ、ルルニーの心温まる説法にしんみりと涙するほどになった。


 ゼムリエの信者を増やすだなんて、ちょっとシャクではあったが……。

 まぁ、町のヤツらとのわだかまりがなくなったから、よしとするか。


 それに伴い聖堂院にたくさんの寄付が集まったが、女の子たちの暮らしは慎ましかった。

 大好物は相変わらず俺の作ったカレーだし、夜は暖炉よりも『ヒートボディ』のほうがいいと、俺のまわりにピッタリくっついて寝るんだ。


 彼女たちはボーンデッドからの『ごほうび』を何よりも喜んだ。

 いい事をしたら指先で頭をナデナデしてやって、もっといい事をしたら手のひらの上に乗せて恋人のようなキスをしてやる。


 清らかな乙女たちとの、新婚生活のような毎日……それは俺の人生のなかでも、間違いなくナンバーワンに入るモテ期だった。


 しかし……そんな時にかぎって、野暮な邪魔が入るのはなぜなんだろうな。



「たっ……大変だ! 『ブラックサンター』のヤツらが、町の外に……!」



 息を切らして駆け込んできた町人の知らせに、カレーパーティの真っ最中だった庭は騒然となった。


 その伝令が言うには、町の外に大勢の『ブラックサンター』のヤツらがいて、ゴーレムを出せとわめいているらしい。

 要求に応じなければ一斉攻撃する、とも……!


 俺はコクピットの中で、人知れず舌打ちをした。


 クソッ! せっかく、楽しい楽しいパーティをやってるのによ……!

 なんで今日なんだよ!? 来るにしても、せめて明日とかにしろよ……!


 しかもこれから『誰がキスしたかゲーム』をやるところだったのに……!


 ……しかし、不機嫌になるのは後だ。

 俺はいったん怒りを押し込め、ルルニーとララニーに女の子を聖堂院の中に避難させるよう指示する。


 ふたりは速やかに女の子たちを誘導したあと……俺の心を読んだかのように、足元で通せんぼをしてきやがった。



「ボーンデッドさんっ! もしかして、出て行かれるおつもりですか!? お、おやめになってくださいっ!」



「行っちゃダメですっ! 行ったらスクラップにされちゃいますよっ!?」



 俺はなにも答えない。

 姉妹を聖堂院に押し込んだあと、扉や窓に岩を置いて出られないようにした。


 これでよし、っと。

 この俺が負けるだなんて、万にひとつもありえねぇ。


 だけどコイツらのことだ、俺が行くとわかったら足に齧りついてでも付いて来ようとしただろう。特にララニーが。


 そうなると色々厄介だから、ここでこうして大人しくしててくれよな。すぐすむから。


 聖堂院の中からは「いかないでー! ぼーんでっどさーんっ!」と、親に捨てられた子供のような悲痛な合唱が漏れ聞こえてくる。


 俺は引かれまくる後ろ髪を断ち切って、庭をあとにした。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 町の外には小高い丘があるんだが、そこには薄汚れた長城ができていた。


 軍隊のようにずらりと並んだ、むくつけきオッサンども。


 手には斧やら棍棒やらクロスボウやら、思い思いの武器を手にしている。

 しかしサンタキャップだけはお揃いで、そのギャップは何度見ても気持ち悪い。


 その背後に、そびえたつクソの壁のように居並ぶ『ジャイアント・バンディット号』。

 どいつもこいつも廃棄寸前のようなボロさだったが、『フェイス』に映っている搭乗者は恥ずかしげもなくドヤ顔を晒している。


 しかし……真ん中にいるメルカヴァだけは少し違っていた。


 他のブリキ板の工作みたいなボディとは違い、サビだらけではあるがスチール製。

 頭には、金色にメッキされた王冠みたいなのが乗っかっている。


 『フェイス』に映っている頭にも、鈍く光る王冠が。

 センスのかけらもねぇが……あのメルカヴァに乗ってるヤツが『お頭』なんだろうな。


 その口が不意に動き出し、クサそうな息を吐き出した。



『テメーが噂のゴーレムかぁ! 二度もウチのヤツらを可愛がってくれたそうじゃねぇか、ああん!?』



 ハウリングを起こすほどのダミ声が、草原をザワザワと揺らす。

 メルカヴァにも『スピーカーユニット』があるんだな。


 俺は特に答えない。

 いつの間にか俺の背後には町のヤツらが集まっていて、どよめいていた。



「もしかして、今までボーンデッドが『ブラックサンター』を撃退してたのか!?」



「そうか……それで聖堂院の子たちが無事だったんだな……!」



「くそっ、余計なことしやがって……! それでこうして攻めてきやがったんじゃねぇか……!」



「よせっ! ボーンデッドはあの子たちを守ってくれてたんだ! それに引きかえ俺たちはなんだ!? あんないい子たちを売り渡そうとしていたじゃないか!」



「そ……それは悪かったと思ってるよ! でもどうすんだよっ!? このままじゃ、町はメチャクチャにされちまうんだぞっ!?」



 ……だいぶ意識が変わってくれたようだな。


 俺は「こんな町はどうなってもいい、聖堂院の子たちさえ無事なら」と思っていたんだが……。

 こうなってくると、コイツらも少しは守ってやりたくなるじゃねぇか……!


 後ろに被害が及ばないようにボーンデッドを移動させていると、前方から嬉しそうな声が聞こえてきた。



『思ったよりモノわかりがいいじゃねぇか! そうやっておとなしく投降すりゃ、町をブッ壊さずに済むってもんよ! そう、お前はやりすぎたんだ……! だから見せしめとして、この町をいただく! 今日からここは「ロッガスの町」じゃねぇ……! 俺たちブラックサンターの新アジト、「チ○カスの町」だ……!』



 ぎゃーっはっはっはっはっ! と腹を抱えて笑う取り巻きたち。

 俺はそのままずんずんと丘を駆け上がり、道端のアリのように何のためらいもなく踏み潰してやった。


 ゴキブリを踏み潰す時の、独特の抵抗感が今は心地良いい。

 爆笑の渦は一転、阿鼻叫喚の渦へと変わる。


 悪ぃな……!

 俺は下ネタで真っ赤になる女の子は大好きだが、下ネタを言うオヤジは大っ嫌いなんだ……!


 せっかくのパーティを邪魔されて、気が立ってる今なら尚更だ……!!

 あの下品な替え歌も、二度と歌えねぇようにしてやるぜ……!!


 俺は怒りに任せ、目の前にいたメルカヴァを思いっきり横に突き飛ばした。


 ……ガタガタガタガタッ! ガッシャァーンッ!!


 並んでいた雑魚どもは駐輪場の自転車のようにドミノ倒しになり、折り重なるようにして地面に叩きつけられる。

 ボディがひしゃげ、腕やら足やらがもげていた。



『く……クソッ! コイツ、いきなりやりやがった! かまわねぇ、やっちまえーっ!』



 いかにもやられ役らしいかけ声とともに、敵は遅ればせながらも戦闘体勢に入る。


 うぉーっ! と軍隊アリのようにボーンデッドによじ登ってくる野郎ども。

 女の子以外に登られるのは久しぶりだから、気持ち悪いったらありゃしねぇ。


 しかもまわりの雑魚どもは、味方が張り付いているのも構わずボーンデッドめがけてクロスボウ射撃をしてきた。

 メルカヴァも取り囲んできて、グルグルパンチをかましてくる。



「ギャッ!?」「ウギャー!?」「痛えよぉっ!?」「ひいいっ!?」「ぐええっ!?」



 こっちはなにもしていないのに、仲間の攻撃を受けて機体からバラバラと剥がれ落ちていく山賊ども。


 それだけならまだしも、ぜんぜん懲りる様子がない。

 蜘蛛の糸にすがる亡者のように、這い上がっては叩き落とされている。


 間近で繰り広げられ、繰り返される、マッチポンプのような地獄絵図。

 それを雲の上のお釈迦様のように眺めながら、俺は思った。


 バカなのかな、と。

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