パラサイダーの真意
レクチェのその発言で、フレッドは正面の壁に頭を打ちつけてしまう。
「あいったーッ、嘘だろォ!? マジかよー…………」
「シッ……。音をたてるな」
そして、半信半疑のまま上体をかがみ、こそこそと路地裏に隠れた。レクチェの真剣な表情を見る限り、フレッドをからかう様子はなさそうである。
「パラサイダーとか完全に存在を忘れてたぞ……」
〈パラサイダー〉とはNPCだけで構成された、対アンデッドスペシャルチームの通称であり、アメリカ陸軍から派生した独立部隊という設定である。
以前フレッドは、その部隊所属のレベル25のNPC相手と初戦闘を繰り広げ、なんとか勝利をおさめていた。また、同じ小隊に配属していたレベル50のNPC相手に命からがら逃げおおせた戦歴を持つ。
「公道の中央を歩いているアイツだ。 名前は……セルジュ・ボルテール」
レクチェの視線の先をゆっくりと視認するフレッド。道路幅が約10メートル位の商店街を、その指し示した大柄な男は通行人にまぎれて歩いていた。
「ゲッ……! この前ココに攻め入って来たヤツじゃねぇか。たしかレベル50の……、鋼鉄とか異名の付いてたNPCだ」
フレッドが目撃した相手は、百の眼球を飛来させた『ケイティ』と名付けらているNPCと肩を並べていた、背丈2メートル30センチの大男であった。
「妙だな……、ヤツ一人で他に隊員の姿が見えないが…………。もしかしたら単独で別行動をとっているのか?」
レクチェは下あごに右手を当てて、敵の所作に注意しながら推察する。
「やっぱり俺を探してるのかッ……!?」
ボルテールの表情は彼の付けている特殊ゴーグル越しで、多少の読み取りづらさがあるが、思わずブルッと身震いするほどの凄みがあった。さらには、鍛え上げられた筋肉美と、それを覆う黑いウェットスーツが強キャラ感をかもし出している。
「まるでアメコミから飛び出した、ヒーロー像そっくりのマッチョマンだな」
「まぁ、正義の味方はどちらか俺が教えてやるぜ。 ヘッヘッヘ……」
そのセリフとは裏腹に、両足を震わせながら虚勢を張る。
コチラに気づかれないように敵の尾行を続ける二人――――。すると、ボルテールは大通りの隅にある小さな一軒家で足を止めた。
「あれ……? ここってハイガさんの行きつけの店じゃねぇか!?」
そこはフレッドが昨日も来店して昼食をとった、日本人の周防が経営するラーメン屋であった。
「おいッ、フレッド・バーンズ……! ボルテールがあの店に入っていったぞ?」
デカい身体を目一杯に縮こませて、のれんをくぐるボルテール。
「いらっしゃーい!」
その客の怪しげな風貌にも拘らず、店長は元気な返事で接待をする。
そして、ボルテールはそのままカウンター席に座ってしまった――。
「……いやいや、もしかしてラーメンを食いに、この町に来ただけとか?」
店の前で立ち往生し、フレッドとレクチェはその後の対応に悩む。
「そもそも、なんで俺がこいつらに狙われているか分かってないんだよなぁ……」
仕方なく二人は店から数十メートル離れて、見つからないように敵NPCの様子をうかがう。ちなみに、防壁内ではプレイヤーの能力が常人レベルに下げられるため、他者のレーダーには引っかからない。ただし、ナビゲーターの場合はそれらを感知できる。
「ふむ……、私がその辺の説明をしてやろう。このゲームを楽しんでもらえるようにネタバレを控えたいところだが、そうも言ってられないからな」
フレッドには冷たかったレクチェが重い腰を上げる。
「まず……貴様が居た研究所では、アンデッドに寄生しているヤツに対しての特効薬が作られていたのは知っているな。未完成という形で話が進んでいたはずだが?」
「あぁ……。一か月ずっと待ってたけど、成果は無かったって言ってた」
「だが、研究所が壊滅するという『イベント』を発生させることで、彼らは土壇場で作り出すことに成功したのだ。それも、とてつもなく強力な兵器を…………!」
「ニャー……」
レクチェの表情が薄気味悪くなり、次第にその口調にも威圧感が出てきた。近くでゴミ箱を漁っていた野良猫がコチラを向いて鳴き、その場からサッと走り去った。
「ゴクリ……」
固唾をのむフレッド。たむろしていた民間人が居なくなり、いつの間にか周囲はシーンと静まり返っていた。
「フレッド・バーンズ……、もしこの世界の霧が晴れて、ゾンビの脅威が無くなったとしよう。そして超人的な力は都合よく残ったままだとしたら、貴様はどうする?」
「えっ……? そりゃあ、スーパーマンの真似事みたいなことをするかもなぁ……。女の子にモテるかもしれないし、一躍有名人だぜ?」
フッと鼻で笑い、ジト目になり呆れ顔になるレクチェ。
「貴様の様な低俗な人間ならそういう発想で済むだろう。だが現実なら〈寄宿者〉は間違いなく軍事利用されるのがオチだ……、戦争の道具としてな」
「平和ボケした俺みたいなのが、邪魔ってことが言いたいのか?」
フレッドの読みがあさっての方向にいったため、レクチェが首をゆっくりと横に振る。
「その開発された兵器は……、『音波』を使い広範囲の寄生虫を一網打尽にする力がある。虫だけに聞こえる特殊な周波数で、まず回避することは不可能な代物だ」
「それって…………、まさか!?」
「そうだ。無差別に効果を発揮するその兵器は〈寄宿者〉に寄生したヤツも例外なく死に至らしめる。つまりは、〈寄宿者〉を無力化することが可能という事だ」
レクチェの青紫色の眼が妖しく光る。
「連中からしたら、その兵器が他者にわたる事は絶対に阻止しなければならない。……なぜならば、その音波を浴びた〈寄宿者〉は寄生虫と同様に、死んでしまうのだからな…………」
「マッ、マジでか……!!?」
「ストーリー上では、その音波兵器のデータをUSBメモリに転送してあるらしい。霧のせいでネットが使えないからな……、主人公に委ねるというパターンだ」
事の真相が明らかになり概ねを理解したが、まだ疑問が解決しない――。そんな不満そうな顔のフレッドが口を開いた。
「その肝心のUSBメモリを俺は持ってないんだけど……?」
「おそらく貴様の仲間の誰かが所持しているのだろうな……。ヤツラに殺されれば話の進行が一旦リセットされるはずだから、今もなお逃げ回っている可能性が高い」
一拍ほど間をおいて、簡潔に答えを導く。
「ていうか……、モニカ達もパラサイダーに狙われているって事かよ……!」
やりきれないといった感じで、フレッドの不安は増すばかり。――心中、穏やかではない。
―――レクチェの解説が終わったのを皮切りに、パーンという銃声が響き渡った。
「キャーーーー!!」
と、同時に女性の悲鳴が町中にこだまする。
「なんだ!? 防壁内で発砲音がしたぞッ!!?」
「ムッ……、〈パラサイダー〉か! ボルテール以外にも兵が居たようだな」
急な出来事に慌てるフレッドと、冷静に現状を把握するレクチェ。




