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勝利の祝宴

 そこはエリュトロスの町の中央――、夜風が心地いいテラスのあるレストラン。


 塩をスタイリッシュに振りかけると噂の、おヒゲのおじさんがライブキッチンならではのパフォーマンスで客の人気を得ている。そして、肉汁にくじゅうたっぷりのビーフを焼くジューシーな音や香りが店中に広がっていく。


 フレッド達の手前にある鉄板付きテーブルで、ステーキを調理するシェフの巧みな手さばきに一同が感嘆かんたんした。アップルとレクチェにはありとあらゆるモノが新鮮で、その様子を目を輝かせながら待機する。


 焼き上がるのに時間がかかるため、いの一番にアップルが大ジョッキを右手に持ち、早くもビールで祝杯を上げようとしていた。


「ワシらの勝利を祝して……、カンパーイなのじゃ!!」


 ビールの泡が彼女の口に付く寸前で、灰賀がオレンジジュースとすり替える。

「ワシをお子様扱いしおってからにぃ~…………」


 そこにステンレス製のトングでつままれ、待望のステーキがみんなのお皿に盛られた。レクチェはツバを飲み込み、それを満を持して食す。

「ビフテキ……これは美味いな。現時刻をもって私の好物に決定したぞ」


 アップルとレクチェは年相応に仲良く隣同士に座り、オレンジジュースとステーキを交互に堪能していた。その様子を灰賀が保護者のように温かく見守る。


「トラヴィスもじゃんじゃん肉を食えよ……? ラーメン屋の時もほとんど口付けてなかっただろ…………?」

 フレッドは無言のまま席の端っこに居るトラヴィスを気遣きづかう。


「あぁ…………」

 オープンテラスのテーブル席に吹くそよ風が、トラヴィスの額にかかっている紺色の髪をかき上げる。クールな彼は夜景を眺めながらグリルを囲む。


 一方その頃、ダフネとルイーズは店内のカウンター席で二人っきり、他愛もない身の上話をしていた。時折、ルイーズはトラヴィスの方を見ては物悲しい表情をする。


「もしかしてー、あの方に……ホの字なのかしら? ルイーズ」

「にゃッ!? ちっ、違うナリよダフレツーー!!」

 この機をうかがっていたといわんばかりに、すぐさま恋話に切り替えるダフネ。


「だって……チラチラ横目で見まくってるじゃない。ゲームばかりしていたヲタクのルイーズにも、やっと春が来たって感じね」


「うぅ……」

 標準語でしゃべるダフネにも違和感を覚えるが、借りてきた猫のようにおとなしいルイーズにも疑問符を浮かべてしまう。


 現実世界ではルイーズこと芮 紫菲(るい ずーふぇい)はFPSゲームに関してプロゲーマーテストに受かるほどの実力者である。そんな彼女もバトルロイヤル形式のシューティングゲームにドハマりして、その青春をゲームに捧げた廃人プレイヤーという訳だ。


この電脳世界〈FOG BLAZE〉においても、その射撃の腕を存分に発揮している。フレッドのパーティにとっても狙撃手として、後衛で活躍してくれるだろう。


「トラトラ…………。今日攻め込んできた敵に因縁付けられたんだ」

 ルイーズは少しためらって、ワインをグイっと一気に飲み干す。


「お前はNPCだ……って。ズルして強くなってるから確定だって……」


「トラヴィスさんが……? でもフレッドさんもハイガさんも運営公認でチートを使って強化されてるのよ? それにNPC特有の機械っぽさを…………、あの方からあまり感じないけれど?」

 ダフネはルイーズをなぐさめるように、悩んでいる彼女に意見していく。 

 

「使命感とか責任感みたいな……ボクは怠け者だからよく分かんないけど、トラトラは人一倍そういうのが強いんだなって思ったよ」

 

 魂が抜けて消え入りそうに沈んだ声で答えるルイーズ。

「でもそれって…………、通常のNPCにインプットされている、プレイヤーのために尽くす性格付けを行使しているんじゃないかな……」

「アップルさんには確認を取ったの?」

「…………ううん、本人も一緒にいたし……」

  

 すると、テラス席ではアップルがその二人の会話に聞き耳を立てて、真面目な表情で頬杖ほおづえをついていた。ちなみに、アップルの聴覚は常人の20倍にも達する。


「仲間思いの良いパーティじゃないか……。これならば『完全攻略』も実現できるやもしれんな? …………アップル《《先輩》》」


「レクチェよ……。オヌシは本来なら、ワシの代理のために作られた予備パーツじゃ。それがどういう意味かわかるな?」

 アップルには頭が上がらないためか、ジト目になり不貞腐ふてくされるレクチェ。


「フンッ……。あまり出しゃばったマネをするなという事だろう?」


「分かっておれば良いのじゃ……。あとフレッドをたらし込む様なことを決してするでないぞ。あやつは色仕掛けに滅法弱いからのぉ……」

「単にアップルがお子様体系だから相手にされないのでは?」


 この後、地雷を踏んだレクチェはアップルに説教される羽目となった……。


「なになに? ルイーズちゃんゲームヲタなの? 俺と一緒じゃ~ん!」

 構ってもらえる相手を探しに、フレッドが女子トークに割り込んでくる。


「フレッドさんもビデオゲームをたしなんでいらっしゃるのですか?」

「アクションとかギャルゲーとか結構やり込んでるよ!」

 特にアメリカ人はオタク趣味にひけ目を感じない傾向にあるらしい。


「フレディ……、オタク臭いもんね。4日前に初めて森で見かけた時に、ボクと同類だと分かったぬ」

 どうやら以前から、ルイーズはフレッドの事を知っていたらしい。4日前となると、フレッドのレベルがまだ10あたりの若輩者だった頃である。


「ルイーズちゃん、この町に来たのは今日が初めてじゃないのか! もしかして……危ないところで助けてくれた謎の狙撃手の正体って、キミだったのかな?」

 地獄のレベル上げマラソンの際の記述は、ばっさりカットされているため、ご配慮いただきたい。


「フレディはあの頃に比べて、随分……鍛え直したね……ハァ」

 どうやらトラヴィスの事が気がかりで、フレッドにはあまり関心が無いみたいだ。

「すいませんフレッドさん。この子、酔っちゃったみたいで……」


「あーッ、俺こそごめんね。勝手に話に入っちゃって! ハッハッハ!」

 フレッドはそそくさとアップル達のいるテラスに戻っていった。


「……ダフネッチこそフレディの事どう思ってんのサ。片思いなんでしょ~? ……フェンシング一筋の堅物だったのにゲーム内で恋愛にハマっちゃったのぉ?」 

 打って変わって攻守が逆転し、ルイーズの反撃……――――。フレッドとアップルの恋人疑惑を晴らした事で、フレッドに恋心があるのを気づかれていた。


「勇気を出して告ったけど……振られちゃったのよ。別に彼女がいるらしいから…………だから彼は今、遠距離恋愛してる事になるのかしら?」


「えっ? マジで!? そんなデカいパイオツあるのに振られたの!? …………へぇ~、意外とフレディって硬派なんだー……」 


「人を乳が大きいだけの女みたいに言うの止めてくれる……?」

 かんに障る言い方だったためか、ダフネが少しヘソを曲げる。


「……ボク達みたいなイレギュラーには恋愛は難しいのだ」


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