赤か黒か
「あれは……、どうやら私はナビゲーターの先輩に尻ぬぐいをさせたようだな」
堂々たるアップルの登場に、レクチェはひしひしと胸を打つ。
ルイーズが狙撃した場所から400メートル弱の距離を、瞬間移動でフレッドが立ち尽くす場所に移動したアップル。ダフネと灰賀とルイーズは黙って事の成り行きを見届ける。
「パペット・マスターよ! オヌシの100体の兵隊は今、トラヴィスが倒している真っ最中じゃ!!」
ノリスがその台詞を耳に入れた瞬間、不意にフレッドは殴りかかっていた。町の住人を人質にされていた彼にとっては、タガが外れた状態で、頭に血が上ってブレーキが効かない。焦りの色を感じたノリスはヒラリと回避し、その身体を空中に浮かす。
「逃げるなよテメェ、ド畜生ォオオオーッ!!!」
熱くなり過ぎているフレッドの腰を優しく叩き、アップルはやんわりと宥めようとする。宿敵であるノリスの能力は現段階では未知数だが、お互いの純粋な強さにはそこまで差が無いと思われる。
「これ以上の戦闘は無用じゃ……! ヤツの増援もコチラに向かっておる。ダフネと灰賀の命を優先するのが最善じゃぞ……!」
友人のルイーズに支えられ、ダフネはすでに防壁内に運ばれていた。
「バカ共が……、今回は引き分けで手を打ってやるぜ! じゃあな~!!」
ノリスの傍らにヴェルナの姿が一瞬、亡霊写真のように映り、その夫婦は病原体に対して、害心を抱くかのように逃げ去っていった。
「灰賀とそこの黒い女もワシにつかまれ! 向こうまでひとっ飛びするゾイッ!」
かろうじて理性の残っていたフレッドは、アップルと共に瞬間移動をして防壁内に避難する。ルイーズとダフネもその様子をみてホッと一息した。
「お前テレポートは自分一人でしかできなかったんじゃないのか?」
「ふぉふぉふぉ……、再起動のついでに大幅にアップデートしてきたからのぉ。5~6人までなら一緒にジャンプできるようになったのじゃ!」
鼻を高くして、ドヤ顔を決めるアップル。戦闘後の荒んだ空気が一変して、彼女のおかげで明るさを取り戻していく。アップルという少女は優秀なナビゲーターであると同時に、明瞭なムードメイカーなのを実感させてくれる。
「ふたりはナビゲーター! めちょっくありえな~い! ボクもこんな可愛いナビが欲しいおー!!」
ハイテンションになったルイーズがレクチェの周りでヘンテコな動きを見せつけ、アップルもそれにつられ小躍りする。一気に女の子が4人に増えたため、その光景は色とりどりで花々しい。
「自己紹介が遅れたな……、私は灰賀明人の専属ナビゲーターの『レクチェ』だ」
妖美さの中にまだ、あどけさが残る顔立ちで、艶めかしいボディラインが何とも言えないアクセントになっている。だがやはり、フレッドの視線はその豊満な胸元に釘付けだった。
「ハイガさん…………。頼みがあるんスけどぉ……」
「なんだい、フレッド君……?」
「ワシの名はマルス・プミラ改め『アップル』じゃ! そこのドアホで甲斐性無しのナビゲーターをやっておる。こやつが今まで戦って生き抜いてこれたのも、偏にワシのおかげじゃな……この功績を褒めたたえるがよいぞッ!」
自慢げに話すアップルの両肩を、フレッドは両手で灰賀に差し出すかのように前方へ押す。きょとんとした後、少しずつフレッドを怪しがるアップル。
「この赤いのと、そっちの黒いドスケベちゃん交換してくれませんか?」
その時、アップルに電流が走った――。ガーンと音がするくらいの顔が真っ青になるリアクションを取り、その邪見にされた赤い子が猛抗議する。
「フレッドォ! まさかオヌシ、命の恩人であるワシを見捨てる気ではあるまいなッ!? ……このオッパイ星人めー!!」
「フハハハッ!! やっぱ赤色より男は黒に染まるべきだよな、うんっうんっ!」
アップルは腹に据えかねて、両腕をがむしゃらに回転させて、こじんまりとしたグルグルパンチをフレッドにぶつけていく。その様子を不思議そうに見ていたダフネが、目をぱちくりさせて横から質問をする。
「あのぅ……、フレッドさんとアップルさんはお付き合いをしてる恋人同士じゃないのですか?」
「…………えぇー!!? いやいや無い無いッ、俺ロリコンじゃないから!!」
フレッドは右手を顔の前に突きだし、困り顔でその手を左右に振った。
「ワッ、ワシがこのような下劣な男と……つッ、付き合う訳なかろうっ!!」
頬にかかる内ハネのピンクの髪を指でコネながら、アップルはまんざらでも無さそうな顔で照れ隠しをする。それは名前を示す通り林檎のように真っ赤に染めて、普段はお目にかかれないキュートで、はにかんだ表情だ。
「そうなのですか……、ワタクシの勘違いでしたわ。申し訳ありません」
「ふふーん、ハハーン……なるほどねぇ……」
そのやり取りをニヤニヤと傍観するルイーズ。
「コホンッ…………、どうやらトラヴィスの方も片付いたようじゃな。ならば、もう一度テレポートを使うとするかの。全員ワシの近くによるのじゃ!」
それを聞いた5人がアップルを囲みながら沈黙する。トラヴィスが別動隊と戦闘していた場所は、かつて〈ネクロ・キメラ〉が侵攻してきた町の西方だった。
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襲撃の傷跡が色濃く残るエリュトロスの西側――。廃屋と瓦礫の山がぞんざいに散らばっており、完全に修復するにはかなりの日数がいるだろう。
トラヴィスは日本刀を地面に刺し、何やら暗い表情で草むらに座り込む。
「おぉ……、無事のようじゃな。浮かない顔をしておる様じゃが大丈夫かの?」
アップルが落ち込んでいるトラヴィスに話しかけ、他の5人もぞろぞろと集結していく。我に返ってフレッド達の接近に気づき、トラヴィスは愛想笑いで応える。
「ナビゲーター……。あぁ、オレの事なら気にしないでくれ」
「トラトラ……」
「…………あらあら、ウフフッそういう事ね……」
心配そうな顔をしているルイーズををよそに、今度はダフネが白い歯をこぼす。
「しかし……よくコイツラを一人で100体もやっつけれたなぁ。……やっぱスゲェなトラヴィス、さすトラ!」
境界の外側にはヘルメットを着けた生首がごろごろと転がっていた。
「フッ……、900体以上を倒した猛者の前では大したことないさ……」
その場にいる全員の視線が灰賀に集まり、彼は年甲斐もなく先ほどのアップル以上に赤面をした。どうやら彼は注目されることに慣れていないようだ……――。
「もう夕方だ……どこかでディナーにしないか? 私は腹が減ったぞ」
意外にもレクチェが皆を先導するために発言する。
「ふむっ…………、ダフネとルイーズも久しぶりの再会じゃし、積もる話もあるやもしれぬ。 ワシら7人の結束を高めるためにもメシにするのじゃ!」




