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アラフォー無双・後編

 ベリアルアーミーとフレッド達の争っている戦場は、起伏に(とぼ)しい地形である。

 だがしかし、パペット・マスターであるノリスが居る場所だけはちょっとした丘になっており、こちらを遠望するには格好の配置に陣を構えている。

 

 幾多の屍の山を築き、灰賀は顔を見上げる。

「奴が……、侵略者の親玉か…………!」


 灰賀がオートマトンに対して最強たらしめている要因として、レジェンドクラスの装備が挙げられる。彼の持つ〈グレイズ・ハルベルト〉はアップルが作り出したチート武器だ。アンデッド戦のために付与効果が追加された特注であるため、今回の敵NPCにも絶大なダメ―ジを与えられる。


 結果的に『死体を操る』という相手のチート能力が裏目に出たことになった。


「このアンデッドの力が使えるのはフレッド君達が必死に戦ってくれたおかげだ……! 恩に報いるためにも最大限に力を発揮せねば……!!」

 そして、このあくなき向上心こそが、灰賀のバイタリティの秘訣なのだ。


 ノリスのこめかみから頭頂部にかけて青筋が立ち、怒りがこみ上がっていく。

「クソォが……だったら人海戦術だ! 600人で一気に畳みかけろッ!!」

 

 すでに先兵として出撃した300体が、残り50体を切り焦慮(しょうりょ)したのだろう。


 フレッシュイーターを食い止めているフレッド達も善戦をしていた――が、他のアンデッドも増援で現れ、カオスな混戦模様を繰り広げていた。ヘルバウンサーが3体同時にダフネに襲い掛かり、彼女のレイピアに狂ったように噛み付く。

 

「フレッドさん、馬のアンデッドがそちらに向かっていますわッ!」

「げげぇ! キリが無んですけどぉ!!」

 鼻息を突風のように吹き荒らし、不気味なたてがみの黒い馬が乱入してくる。


「待て! そのアンデッドは倒すなッ、フレッド・バーンズ!」

 突如、レクチェが横から割って入りフレッドの制止を促す。

「なんだよッ! コイツをペットにでもして飼いならす気か!?」


 右手をそのアンデッドの方へ伸ばして、レクチェはギロッとしたツリ目で(にら)む。

「ウフフッ……、その通りだ! 〈ボディ・スナッチャー〉!!」


 これはアップルが以前アルミラージに使用したチートで、Cランク以下の1体のアンデッドを使役する能力である。対象となったのは〈ラディカルホース〉と名付けられている凶馬だ。黒い馬は一転して、ゆったりと(あるじ)であるレクチェに近づく。


「あのアンデッドを……手懐(てなず)けたのですか……?」


「アップル同様にチート使いってわけか! しかもオッパイがでかい!!」

 フレッドのスケベな視線がレクチェに刺さり、ダフネが白い目でそれを静置する。 


 そこにフレッシュイーターの力強い右ストレートが、目尻を下げていたフレッドに炸裂する。ふいを突かれたとはいえ、主人公にあるまじき失態である。

「ぐへぇえーッ、ハイガさんの援護は頼んだぞー……!」


 レクチェは華麗にラディカルホースに乗馬して、灰賀が奮戦する前線に(おもむ)く。

 

「やっと……片付いたと思ったら……追加が入ったか……」

 疲れが見え始めた灰賀の真正面からは、地面を踏み荒らしながら、600体に(およ)ぶ白装束の兵隊が群がってきた。()しもの彼も溜め息をつき腰を引く。


 灰賀は防御力に特化している代わりに、スピードの遅いプレイヤーのため、典型的な『タンカー』と云えるだろう。そして今後、メインアタッカーであるフレッドを補佐する大事な役割を(にな)う。

 

「弱腰になってる場合ではないぞ貴様! 早くこれに乗れ!!」


 いつの間にか頑丈なロープを黒い馬の首にくくり付け、レクチェはその握りしめた手綱を灰賀に持たせる。これでこちらから先手を打って、迎撃に専念できる戦法だ。


 豪快に馬の背にまたぎ、まるで戦国時代の合戦に向かう武将のような覇気を全身からみなぎらせる灰賀。ナビゲーターであるレクチェとは二人乗りをする体勢になり、彼女は両腕を灰賀の脇腹に回し、前方で両手を組む。

 小柄なレクチェに不釣り合いな、見事に熟した乳房が灰賀の背中に密着する。


「恋人同士が遊園地などでデートをするのも、このような感覚なのだろうか? まぁ私の場合は殺伐としたアトラクション付きだがな……」


 敵NPCが空気を読むわけがなく、お姫様プレイ中のレクチェを邪魔するかのように、何百発もの銃弾が斉射された。それでも勢い任せで間合いを詰める。


「物理シールド、オン! そのまま突っ走れ灰賀ッ!!」


 レクチェに青色の静電気が走り、疾走中の黒い馬の周囲を守護するために、偏光で形成した電磁パルスによるシェルターが展開した。

「バリアまで張れるのか……すごいな君は……」


 アサルトライフルの全弾丸が遮断され、灰賀は両手でハルベルトに力を込める。 

「ぐッ……ぬぅおおおおおお!!!」

 灰賀が振りかぶった長斧が一振りで、ゆうに30体の兵隊をなぎ倒す。馬上からの攻撃は素人では無理難題なのだが、灰賀はこの実戦の中で要領をつかむ。


「バカなッ……!? 何なんだあのジャップは~~~~?!?」

 激昂(げきこう)しワナワナと上半身をふるえさせるノリス。

 

 遂には通算740体斬りを達成し、円丘の敵布陣を完全に分散させた。しかし、ラディカルホースは白装束の槍に急所を刺され絶命する。灰賀はレクチェを左肩に(かつ)ぎ馬から飛び降り、戦地の中央に彼女を穏和に下ろす。


――――悲鳴や血しぶきは無く、廃棄物のように寝転ぶオートマトンの(むくろ)


 まさに一騎当千の如く、アラフォー無双である。


「灰賀……この戦いが終わったら、貴様にひとつ頼みごとがあるのだが……?」


「ハァ……ハァ……、自分に出来ることなら……何でも言ってくれ!」

 レクチェの言葉に二つ返事で了承し、残党の掃討に躍起(やっき)になる灰賀。


 灰賀の立ち回りは一見すると荒々しいが、その実、整然(せいぜん)たる斧さばきで片っ端から敵NPCを倒していく。現世での土木工事の際に、ツルハシや剣スコを四六時中使っていた事が、この場面で存分に活かされたのだ――――。


 ようやく白装束の兵隊が残り80体に差し掛かった頃合いで、灰賀は50メートル離れた先のノリスに対して、鼓膜が破れるほどの激語で怒鳴る。


「これ以上……お前が狼藉を働くつもりなら、容赦はしないッ……!!!」 


「ぐぬぬッ……!!?」

 珍しく発した灰賀の大声で、ノリスの体が冷水を浴びたようにすくむ。


「だいたい貴様の糞尿をつまらせた便器のようなダミ声が耳障りなのだ。私は不潔な男が大嫌いでね、早く降参するのだな……このウジ虫め!」

 今までフレッド達が味わった苦渋、積み重なった不快な気分をレクチェが肩代わりして、パペット・マスターに罵声を浴びせていく。

 

「言いたい放題だな……レクチェ君、自分も毎日……お風呂に入る事にするよ」


「ウフフッ……、灰賀のように健康体で汗をかく男は大好きだぞ!」

 カップルのように寄り添い、レクチェの甘い吐息が灰賀の耳元にかかる。

 

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