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アラフォー無双・前編

「なんだよコイツラは……急にしゃしゃり出てきて好き勝手言いやがってよぉ~。生意気すぎんだろ……オイ!」

 せっかちな性格のノリスは、苛立ちを隠せずに歯ぎしりをさせる。


〈パペット・マスター〉……侵略者の首領ノリス・ロウズは薬物中毒者であった。生来からサイコめいた趣味をしており、偽造IDの作成やハッキング等のサイバー犯罪にも手を出す始末。

 つまりは、このゲームワールドを正常化するにあたって、取り除かなければならない(がん)細胞のような危険人物なのは間違いない。

 


 フレッド達を包囲していた30人のオートマトンが灰賀に狙いを変更した。白装束の男たちはヘルメットを装備していて、顔をよく確認できないが、白目をむいていてゾンビの様に生気を失っているようだ。

 

 灰賀はハルベルトを持つ手首を高速でひねり、柄を回転させ敵の射撃をはじく。

「……ぬぅううう!!」


 抱きかかえられていたレクチェは灰賀の手元から離れ、瞠目(どうもく)するフレッドの方に視線を移す。そして彼女は右手を差し伸べ、ある重要アイテムの譲渡(じょうと)を要求する。


「フレッド・バーンズ! 昼間に貴様が手に入れた()()を私によこせッ!!」


「えっ……? なに? ていうかそのハレンチ衣装はアップルの知り合いか?」

 柔らかそうな胸元を集中的に、レクチェの体をまじまじと見つめるフレッド。


「『パラサイト』だ! 灰賀はまだ〈寄宿者〉として覚醒していないッ!!」


 灰賀が常人のまま戦っていたことはアップルが憂慮(ゆうりょ)していた事態であった。相棒のレクチェもまた、ツユ払いを務めている灰賀の身を案じていた。 

「コレのことかッ! でも自分で倒したヤツしか吸収できないって聞いたぞ!?」


 戸惑いながらフレッドは小さな試験管をレクチェに手渡した。

「蛇の道は蛇……違法者が相手ではルールくらい破っても構わんだろう?」

 そう言ったレクチェの流し目は麗しく、静謐(せいひつ)なトルマリンのように青く輝く。


 ノリスがピンッと立てた人差し指を灰賀に向ける。その合図に呼応して、50人近く密集した敵の衛兵が、長槍を両手で握り締めハイスピードで突進して来た。

 「灰賀、受け取れ! これはお前に相応(ふさわ)しいアンデッド能力だ!!」


 急いでレクチェが灰賀の背中に、試験管をそのまま直にめり込ませる。すると、粒子で構成された(つら)なる正六角形が、まばゆく精細に張り出す。


「強引にインストロールしたが……きゃッ!?」

 覆いかぶさるように灰賀がレクチェを抱き、敵の数本の槍を左腕で防御する。

「痛くない!? ……なんだこの肌の堅さは?」


 灰賀が腕まくりをして確認すると、皮膚が部分的に灰色になり、硬質化して刃を完全にシャットアウトしていた。串刺しにする命令を受けていた白装束の兵士達も灰賀のその変化にたじろぐ。


「〈ハードニング・スキン〉を無意識に使ったな! フフッ寄生成功だッ!」

「自分に……何をしたんだ……レクチェ君?」

 レクチェは灰賀の額を指の先で小突き、自慢げに妖しく微笑(ほほえ)む。 


「今日フレッド達が〈ライノストーカー〉を倒したのをモニター越しに観ていただろう? アレの能力を貴様が取り込んだのさ」

〈寄宿者〉となった灰賀は湧き上がる筋肉の躍動を実感していた。


「フレッドさん! 右から手強(てごわ)そうなモンスターが近付いてきますわ!!」

「あれは……俺の大嫌いなマンイーターじゃないか!?」

 敵モンスターからすると、多人数の白装束の兵隊はアンデッド扱いになっているため、自然と標的は生身のフレッド達に向けられる。


「あのアンデッドは〈フレッシュイーター〉、不死物危険度はBランクで全長は約5メートルありマンイーターの亜種。名の通り、新鮮な動物の肉を喰らう化物だ」

 アップルの代わりに解説役をきっちりこなすナビゲーターのレクチェ。


 その体には黒いまだら模様の斑点があり、その口は恐竜の如き牙を持つ。オデコにはマンイーター同様、人間の顔面が奇妙に浮かび上がっており、すこぶる気性が激しいホラーモンスターであった。

「……グワァオオオオォーッ!!!」


「ハイガさん、アンデッドは俺たちで食い止める! 白装束どもは任せたぜッ!!」

「あの方ひとりでこの数の敵は……いくらなんでも無茶ですよ!?」

 凄腕プレイヤーがCランク100匹の相手をするだけでも至難の業であるため、ダフネの忠告はもっともな意見である。


「いや……、あの人なら出来るよ! ハイガさんとあのナビゲーターの自信満々の表情を見ただろ? きっと……大幅にパワーアップしてるはずさ!!」

 フレッドは親指を立てサムズアップをして、先陣を切る灰賀の健闘を祈る。


 荒野を駆ける40代の日本人男性が、単騎で千人に及ぶ敵NPCに挑む。


「そこのゴミを片付けろッ! ベリアルアーミー!!」

 米軍の軍用車両ハンヴィーの車体の上にノリスが立ち、彼の号令で白づくめの兵隊は灰賀めがけて強襲する。右翼から150、左翼から150の計300体による大攻勢である。 


「アクティブ・スキルだ! 初期の段階でも、もうひとつ使うことが出来る!」

 交戦し始めた灰賀の後ろから声援を送り、レクチェ自身は闘争の邪魔にならないように70メートルほど下がる。 

 彼女は黄緑色の髪をかき上げ、両腕を組んで目を細め、両脚をそろえて立つ。

 

「いくぞッ……! グランド・プレッシャー!!!」

 

――――砂ぼこりが舞い、大地が振動する。


意気盛んに灰賀が右足を地面を踏みつけた瞬間に、衝撃波を生み空を裂く。


「あの技は……サイの化け物が使ってたヤツか!」

「すごい威力ですわ……!!」

 フレッドとダフネの目に映ったのは、ひとりの男が激闘する姿だった。


 一切合切の敵兵が派手に吹き飛び、所持していた武器も四方八方に散っていく。

 ライノストーカーの必殺技は広範囲攻撃で相手をはねのける効力がある。灰賀を中心に輪になって集結した白装束の敵50人は、ライフゲージを0にしてピクリとも動かなくなった。


 すかさず灰賀はハルベルトで追い打ちをかける。

「よしッ……、練習通りにやれば……!!」


 死を恐れず、怯まないはずのオートマトンが足を止め、灰賀に次々と倒された。ただ堅実に、灰賀は斧で木を伐採するかのように、流れ作業で敵兵を排除しながら歩を進める。撃破数120を超えたあたりで、さらに彼の調子が上がっていく。


「ふざけるなよ……あんな芸当、レベル50の人間でも容易(たやす)くできねぇぞ!?」

 予期せぬ伏兵の登場でうろたえるノリス。


 ネクタルを飲み干し苦痛に耐えた灰賀。その現在のレベルは40で、皮肉にも彼を殺した〈ネクロ・キメラ〉と同等まで引きあがっていた。運営の推測した以上にレベルが上昇したのは、彼が試練に打ち勝ったからなのか……――定かではない。


「私が認めた男だからな……当然だ! さぁ、大和魂とやらを見せつけてくれ!」

  

 

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