帰還
崩れるように腹這いにころがり啖呵を切るヴェルナ。
「1000……ですって!? そんな数のNPCを量産したというのですか?」
ダフネは少し冷静さを欠いた面持ちで、うつ伏せになっている負傷したヴェルナを注視する。一方のフレッドも気が気でない素振りで、すくっと立ち上がる。
「まさか……そいつらもさっきの巨人みたいに防壁を素通りできるのか?」
「なかなか勘の鋭い男じゃないか。だけど安心しな……。12号のように巨大じゃなくて、普通の人間サイズの兵士だからねぇ……ゴホッ……!」
ヴェルナの白いコートが自らの鮮血で赤く染まり、彼女のギロチンは元の右手に戻っていく。もはや抵抗する力は残って無いとみていいだろう。
「あと10分で総攻撃を仕掛ける手はずになっているわ。……防壁内で籠城するも、ここで侵入を防ぐのも自由さね。境界線を越えれば不利になるのはそちらだけどねぇ?」
そこに2体のゾンビが騒ぎを嗅ぎつけて、ただ愚直にフレッド達の方へ近づいてゆく。そして、両腕を伸ばし口を大にして噛み付こうと襲いかかった。
「お前らをかまってる暇はないんだよ!!」
フレッドは気合を込めた掌底を打ち、ゾンビを前方の草むらの茂みまで吹き飛ばす。続いてダフネもハイキックをゾンビに見舞い、その蹴り上げた頭部を腐った体から分断させた。
「……ハッ、あの女がどこにも居ませんわッ!?」
なんとゾンビに気を取られていた二人が目をはなした隙に、ヴェルナが忽然と姿を消す。その場には彼女の血痕だけが残り、僚機のドローンも同じく気配を感じなくなった。
「アイツもアップルみたいに瞬間移動が使えるのかもな……、クソッ!!」
当たり散らすように、どっしりとした古木に蹴りを入れるフレッド。
「フレッドさん、急いでレイピアを取りに行ってきますわ……、わたくしもエネルギーがあまり残っていませんから」
「!? 撃たれた傷の方は大丈夫なのかい……?」
ダフネの弾痕は少しずつ修復しており、深手には至っていないようだ。
「気遣いはご無用です……。あの女の言葉がはったりでなければ、ここで食い止めるしか手がありませんわ……」
「そうだね…………」
1000人の一個大隊が町を囲むように陣形を組まれた場合、それは敵方の性能を低く見積もったとしても、確実に突破されるであろう人数である。
ビュッと冷たい風がなびく――――。巨人に投げつけたレイピアを防壁内に探しに行くダフネ。今朝の襲撃から連戦中の二人は、すでに満身創痍だった。
「イラついている場合じゃないな……、やるしかないんだ!!」
フレッドはハンドガンを右手に持ち、なんとか恐怖心を和らげようとする。
しかしフレッドへの圧迫感が、精神的な苦痛をグサリと突きつける。まるで目に見えない千のナイフが、彼の胸をめった刺すかの如く、それは針の筵に座る気持ちの上位互換といった所だろうか。
(アップルがこの場に居れば何か打つ手が見つけられるのにな……)
ヴェルナが立ち去ってから7分が過ぎ、フレッドのリキャストタイムに入っていたアクティブ・スキルが復活される。だが、その中には大多数の敵を相手に真価を発揮する技は一切なかった。
「あぁ……こんな……嘘だろ? さっき食ったラーメンを吐いちまいそうだぜ…………、ド畜生がぁ!!」
悪夢のような悍ましい光景がフレッドの眼前に広がる。平地には周囲の霧に紛れて、白装束の集団が隊列を組んで走っていた。小銃を装備した数百の武装兵が、10列くらいに分かれて、一定間隔で距離をとり軍を成している。
敵の指揮官らしき人物が右手を上空に挙げると、前列の歩兵が続々としゃがみ銃を構えた。フレッドは自らを守るために炎の盾を作り出す。
「〈ヴァリアント〉、バーニング・ソード・ディフェンス!!」
敵の一斉射撃が始まりフレッドに無数の弾丸が飛び交う。
「ぐぅううう! こんなんやりすぎだろうがぁーッ!!」
フレッドは歯を食いしばり、全速力で百を超える敵に向かっていく。
この白装束達の単体のスペックは、不死物危険度で表すならCランクに値する。これはアルミラージやヘルバウンサーと同等の強さを持ち、人間で例えるなら完全武装した一個分隊に相当する。
まさに数による暴力。Bランクのアンデッド・モンスター1匹を相手にするより遥かに高難易度の敵である。否――、この状況を打開できる人間は現プレイヤーには存在しない。
人形とは思えない精密な動きで、6人の歩兵がフレッドの真横に回り挟撃する。
「そうはいきませんわッ!!」
「ダフネちゃんサンキュー!」
そこにレイピアを装備したダフネが駆け付け、敵の小銃を華麗に解体する。だが二人は、徐々に防壁ギリギリのラインまで追い込まれていく。
「これ以上下がれば……コイツらに町を滅茶苦茶にされちまう……」
その時、敵の隊列が中央で真っ二つに割れて、先陣から一人の男性が現れた。
「……俺様の嫁が世話になったそうじゃねーか、フレッドさんよぉ?」
不機嫌な口ぶりで話しかけてきたのは、フレッドには聞き覚えのある声だった。
「〈パペット・マスター〉か……! よくも顔を出せたなテメェ!!」
ヴェルナの夫である主犯格のノリスが、その姿をフレッドの前に晒したのだ。彼の外見は白いパーカーに紺のジーパン、そして小汚いスニーカーを履いている。
「お前がリンチでボコられる姿を見たくてなぁ! まぁ泣いて謝るなら半殺しで済ましてやるよォ? そっちの女も俺様のモノにしてやるぜぇ!? グェヘッヘッ!!」
相変わらずのダミ声で、聴くに耐えれない下種な台詞を平然としゃべるノリス。
「万死に値しますわ! 冗談は顔だけにして下さるかしら?」
「……だとよ? 残念だったなド腐れモンキー」
相手の煽り文句に対し、フレッドとダフネは意地でも挑発で返す。
「なら這いつくばって無様におっ死んじまいなッ!!」
100メートル後方でパペット・マスターはパチンッと親指を鳴らす。
万事休すとなり二人とも死を覚悟した、その時……――――。
さっきとは一転して、ふわっとした温かい空気がフレッドの身体を包みこむ。
「ウフフ……、なんとか間に合ったようだな!」
高積雲の切れ間から断続的に、淡い光の帯を発して上空が煌めいた。
その真下に一人の黒い服の少女と、一人の作業服を着た中年が地上に降り立つ。――男は大きな銀の長斧を持ち、フレッドに背中を向けた状態で戦場に足を踏み入れた。
「フレッド君、きみが苦境に陥るというのなら自分は何度でも盾になろう……」
「ハッ……ハイガさん!!?」
感動で身震いをするフレッドに、灰賀は左腕でガッツポーズをして応える。
灰賀の右手で支えられているレクチェは涼しい顔でダフネにアイコンタクトを送った。ダフネは彼女の風貌で正体を察し、息をのんだまま唖然とする。
「そして……きみが立ち上がる限り、自分は何度でも……矛となり戦おう!」
「そういう事だ。悪質なプレイヤーは早速BANさせていただこうか」
灰賀とレクチェによる、戦いの火ぶたがいよいよ切られたのだ。




