ヴェルナの刺客・前編
巨人の追撃を必死に振り切ろうとするバイクが一台、高速で駆け抜けていく。
ダフネは本能的に〈ジェネP〉で購入をした、対象のステータスを探るアイテムを使用する行動に移っていた。それは一度きりの使い捨てアイテムで、アップルのリーディング能力と比較すると数段見劣りする性能である。
ヴェルナの従える巨人に関しては、防壁の内側においてもパラメーターを下げられておらず、実力を遺憾なく発揮することが可能だ。この敵の強さを不死物危険度で云うならば、B-とBランクの間くらいだろうか。
これはつまり、中堅の〈寄宿者〉を凌駕する戦闘能力を有している事になる。
(防壁内での活動時間はたった5分が限界のせいで、こんな奇襲で起用するしかないのだけどね…………)
逃げ一辺倒で事態が緊迫する中、ガラス張りのように輝く防壁を視認する。
「見えたッ、このまま突っ切るぜダフネちゃん!」
バイクをギアチェンジし速度をMAXまで引き上げる。一方、背後を走っている巨人は10メートル後方で両手を伸ばして、フレッド達に詰め寄ってきていた――――。
「これでも食らいなさいッ!!」
すぐそこまで迫りくるヴェルナの巨人に対して、咄嗟にダフネは自らの愛用しているレイピアを投げつけた。
まだバリア内に存在する以上、その巨人にもプロテクトが適応されて、防護壁がそのレイピアをはじく。ところが、目を狙われたヴェルナの巨人は反射的に防御の姿勢に入り、数秒の硬直を余儀なくされた。
バイクはバリアの幕を通過し、フレッド達は即時に飛び降り巨人を迎え撃つ。
これはダフネの思惑通りに、頭脳プレイが成立した事を意味する。つまり絶対的不利なこの状況から、反撃に転じるための貴重な時間を稼いだのだ。
「〈ヴァリアント〉、バーニング・ソード!!」
「〈ヴァリアント〉、ヘリックス・ロッド!!」
力を開放したフレッドは巨人に、ダフネはヴェルナを標的にそれぞれ技を放つ。
ダフネは自らの能力で生み出した樹木によって、しなやかなツタの鞭を繰り出す。対するヴェルナは右手の黒い鞭でそれを相殺した。
「チィッ! 小賢しいんだよ、メスガキがー!!」
それは絡み合う鞭と鞭が綱引きのように、互いの力でねじ切れそうに伸びる。
「ハァーッ!! あなたの武器も手放してもらいますわ!」
「クッ、味なマネを……!」
その宣言通りにダフネはヴェルナから黒いムチを分捕り、勢いよくソレを遠方の森に飛ばす。これで双方、手持ちのメイン武器を失った状態となった。
「数多くのプレイヤーに敵対し、あまつさえ『管理者』まで人質にする悪行……、見過ごすわけにはいきませんわねッ!」
正々堂々と引導を渡すダフネと向かい合ったヴェルナが眉根を寄せる。
「…………『管理者』ってのは、このバグだらけのゲームをしっかり修正してから名乗るべきとは思わないかい? ……ダフネ・ヘイズ」
「だからこそ……、今はプレイヤー同士で協力し合うべきと考えないのですか?」
ダフネの意見は至極真っ当であり、反論の余地が無いことは明白である。
「どうせ『ゲームを進展させれば元の世界に戻れる』とか言われて、ナビゲーターにそそのかされてるんだろう? そんなのを鵜呑みしてれば世話が無いさね!」
説得の甲斐もなく、ヴェルナは敵対の意思を見せ臨戦態勢に入る。そして、彼女はロングコートの服をひらつかせ右手を出す。
「〈ヴァリアント〉、サーペント・ブレード!!」
ヴェルナが変型して生み出した武器は連接剣と云われる、通常の剣としての形状から刃の部分をワイヤーで連結し、分割して鞭のような状態に可動させられる武器である。これは別名を『蛇腹剣』と称されることの方が多いであろう。
「フンッ……、レイピアを投げ捨てたことを後悔するんだねッ!」
「……あなたこそ本気のわたくしを舐めない方がよろしくてよ……?」
それとは別に、直立すると15メートルはある敵の巨人に立ち向かうフレッド。
「コイツ……、俺の炎を吸い取りやがる……!?」
巨人は自身の肉体を茹で上がったかのように、肌の色を真っ赤に染めて、その口でフレッドの剣が纏っていた炎を一気に吸引していく。
欠陥の浮き上がった巨人は赤鬼のごとき姿に変貌を遂げて、フレッドをその極太の腕でアッパーカットを喰らわせ突き上げる。
「はぐぉッ……!? なんつうパワーだ…………!」
その一撃で50メートルほど後方に吹き飛ばされ、木に強く体をうちつけ、彼は大きく血を吐き出す。
「フレッドさん!?」
「よそ見してんじゃないよッ、小娘!!」
ヴェルナのもつサーペント・ブレードが幾重にも連なる刃の束に変わり、ダフネの下腹部の服の布を切り裂く。
変則的な敵の剣を目を凝らしながら避け、数歩退いて態勢を整えるダフネ。
「あの剣のリーチの長さは30メートル以上はありますわね、間合いを詰めるだけでも一苦労ですわ……」
『パペット・マスター』の新妻であるヴェルナ・ロストは不死物危険度Bランクの〈ヴァンデッド・ナーガ〉のアンデッド能力を所有している。さらには、チートによる身体能力の強化を施されている状態だ。
その白い毒蛇のアンデッドは出現率の低いレアものに該当し、使い手のヴェルナとの相性も抜群のようだ。 結果――、現状において彼女の実力は上位プレイヤーに位置すると思われる。
「どうやらアンタ達があのノリスが造った特注のオートマトン11号を倒せたのは、まぐれだったようだね!」
ヴェルナがダフネを見下しながら勝ち誇った瞬間、周辺の大気が激しく揺らぐ。
余裕を見せていた表情が一変して心臓が激しく波打ち、ヴェルナの額に汗がふきでる。
「並の炎を吸収するのなら……、コイツを見舞ってやるぜ!!」
きらびやかな鳳凰の幻影がフレッドの背中に現れ、ヴェルナはそのプレッシャーに気圧される。間髪入れずフレッドの右手が変型し、赤い羽根と金色の手甲に姿を変えた。
「この業火が……フレッドさんの切り札!?」
「バカな、これ程の威力をもったアンデッドを奴は飼いならしているのかい!?」
燎原の火は真っ赤に燃え盛り円を描く。フレッドの右手から放たれた炎属性のアクティブ・スキルは、効果範囲を容赦なく焦がす。
塵は塵に、灰は灰に。ぺんぺん草も石コロもすべて滅却し、その巨人はうめき声を出す間もなく蒸発した。
「〈ブレイジング・エンド〉……こいつは欠陥技かと思ったが、ヒットボックスのデカい相手なら無類の強さを発揮できるってわけかッ……!」
フレッドは巨人に飲み込まれた人間を巻き添えにした事に、少しだけ後ろめたさを覚えながら、確かな手ごたえを感じていた。




