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前編

宜しくお願いします。

私ことルゥがお仕えしているのが、恋愛と霊獣の守護神たる女神・アメティスタ様である。

アメティスタ様は神界でも一二を争う程お美しいお方でありながら、未だに結婚どころか恋愛もなさったことがない、少々変わり者の女神様であられた。

「ルゥー。喉乾いたよー。オレンジジュース飲みたいー」

そしてなかなか庶民派なお方でもある。

驚いた事に私共が来るまでアメティスタ様はひとりで神殿を切り盛りしておられたのだ。

最初アメティスタ様に私共が仕えはじめたとき、贅を凝らして作った晩餐を見て、

『美味しそうだけど、流石にひとりじゃ食べれないよー。という訳で、皆で一緒に食べよう!』

とおっしゃり、その場に仕えていた神官を片っ端から座らせて、いただきます! と美味しそうに食べ始められたのは記憶に新しい。

『あと、私もっと家庭的な普通のご飯が食べたい。えーっと、更に言えばこれからずっと皆でこうして食べたい』

そうおっしゃられた時は皆度肝を抜きましたよ。ええ。


などと回想していると、アメティスタ様からの催促がかかりました。

「はい、ただ今」

そう言って私はご希望通りのオレンジジュースを持っていきます。

アメティスタ様は日当りの良い部屋の床にふかふかのクッションを所せましと並べて、埋もれる様に頬杖をついておられました。

正しくいつも通りの光景です。

しかし今日は珍しく真面目にお仕事をなさっておりました。

「うんー、ありがとうー」

「人界のご様子は如何ですか?」

そう私が尋ねれば、アメティスタ様は渋い顔をなさりました。

水鏡と呼ばれる大きな鏡から人界を覗くお姿は、いささか疲れている様にも見えます。

「……あんまり、よくは、ない」

「人々も随分と傲慢になりましたねえ」

「ある程度は仕方ないとは思うのよ。やっぱり人にわざと危害を加えるのも居るし、ね」

はあ、とアメティスタ様は溜め息を吐かれました。それは無理もないでしょう。目下の気がかりとなっているのは、我らの眷属が人によって乱獲され始めた事なのですから。

「……この間ね、水龍の一族が滅びかけたわ」

「……存じております」

「生き残ったのは、まだ若い子たちが5人だけ。狩られた水龍達は食べられたそうよ。ーーー不老不死欲しさにね」

私は何と言えば良いのか分かりませんでした。

クッションを握りしめた手は震えています。

すると、アメティスタ様はまた溜め息を吐いて立ち上がりました。

「神託を下すわ」

「警告に従わなかったら、霊獣乱獲に関わった者全てに――神罰を与える」

ギュッと目を瞑りそうおっしゃったアメティスタ様は、ジュースを飲み欲して笑います。

私は知っています。本当は神罰など下したく無いのだということを。

「ちゃんと出来たら、水龍には繁栄の祝福をあげなきゃねー」

行こうか、と言ってアメティスタ様は歩き出しました。

私共は知っています。何故アメティスタ様が人の身であったにも関わらず神に成ったのか。

「ちゃんと出来たら、ルゥは褒めてくれる?」

ちょっと不安げなご様子に、私はもちろんと頷きました。

私は知っています。


本当は霊獣達などどうでも良いと思っている事を。


本当は正気を狂気の間を彷徨っている事を。


本当は何もかも滅茶苦茶にして消えたがっている事を。



* * *



ここのひと達はみんなみんな優しい。

涙が出る程優しい。

わたしは、そんなみんなが大好き。

だから。


――人間は本当にだいきらい。


少し自分の話をしよう。

この手記を見ているみんなはもう知っているかもしれない。


なぜ元人間のわたしが神様に成ったのか。



わたしはかつて、人間の貴族の生まれだった。

一族は聖職者や文官を多く輩出する家で、わたしはその中の末っ子だった。

アメティスタ。

その名前は生前のわたしの名前でもある。

紫水晶アメティスタ。石言葉は愛。由来は単純明快で、紫色の瞳を持っていたからだ。ただ、この名前はわたしだけのものでは無かった。私には、この名を共有する片割れがいたのだ。

当時のわたしは自分が死ぬだなんてこれっぽっちも思っていなかった様に思う。そもそも私は、死が如何なるものか知らなかったのだから。

そんなわたしは生まれてから5年で殺された。


理由はこれまた単純明快。半魂はんこんだったから。


――半魂。

それは異端の双子。

二つの魂が母胎で一つに混じり、また二つに別れて生まれてくる。片方は母胎と自らの片割れの魔力を吸い取り、母胎は大抵産み落とした後死に抱かれる。生まれた双子は片方が死ねばもう片方も死ぬ。神々の管轄外の子供。

その双子が初めて出現したのは創世期まで遡る。原始の半魂は海を焼き払い地面を溶かし、毒の雨を降らせた。創造神の作った世界は半魂によって一度滅び、その半魂は双子でありながら交わり化物を産んだ。化物は悪意と憎悪の塊だった。化物は蘇った世界で魔物として増え、世界は増殖し続けた魔物に寄って二度目の終末を迎える。見かねた創造神は魔物と半魂を世界から抹消しようとした。しかし時すでに遅く、半魂と魔物の存在はすでに世界に馴染みきっており、疲弊した創造神は取り除く事がどころか世界の再生も適わなかった。そこで創造神は自身の全てを世界そのものに作り替え、自らの変わりとなる別の神々を世界から発生させ、人にチカラの使用を許可した。そうして、今の三度目の世界が出来た。

半魂はその後、世界のイレギュラーとみなされるようになる。

わたしが生まれた当時は、半魂が生まれたらすぐ殺す習慣があった。

半魂は生まれたこと自体が罪で、その頃は三度目の世界が始まってから、二百年程しか経っていなかったこともあって、半魂に対する扱いが大変酷かった。皆が皆、半魂に対する憎悪を刷り込まれていて、半魂にはどんな酷い事をしても良かった。……例えそれが、生まれたばかりの赤子だとしても。

しかし、一族の子供は、自ら等の守護神によって5歳までは神の加護を身に宿す。よって、殺す事はほぼ不可能だった。

6歳になり守護神からの加護が完全に消えた日、わたし達はめでたく殺された。

死後のことはほとんど覚えていないのだけど、わたしは亡霊と成って一族を呪い殺し始めたらしい。

神に泣きついた一族と、それを見かねた守護神はわたしとわたしの片割れの魂を無理矢理融合させて、二度と生まれ無い様にする事に決めた。その代わり、一族にとある試練を与えた。10年、わたしの呪いに耐え祈り続けろと。そうすればわたしを神とすると。しかしかなわなかった場合は魔物に落とし一族郎党を皆殺しにさせると。光と清浄を司り愛する守護神は、正直一族にほとほと呆れていたので、どちらでも良かったのだ。

一族は私の亡骸を墓から掘り起こして、新たに作った神殿で延々と儀式を行い続けた。

霊獣と恋愛の女神アメティスタが誕生するまで。ずっと。

――わたしが誕生した時、残っていたのはひとりの子供だけだった。

5歳にも満たない頑是無い子供。

彼の家族は私に襲われる間際、自らの命と引き換えに彼に守護を与えた。また辛うじて残っていた守護神の加護が彼を守った。


奇跡は成った。


その代償は大きかったが。


10年きっかり祈り続けられ、わたしは少年の前で亡霊から神に成った。

わたし達双子の固有名詞であったアメティスタを名乗る神に。

そこからの記憶はしっかりある。

彼はわたしと同じ紫の瞳で言い放った。

その姿は今にも倒れそうな程弱々しいのに、鮮やかな色彩の瞳は爛爛と憎悪に燃え盛っていた。

理性を取り戻し、全知に近い知恵を得て、神と成ったわたしは初めて人の願いを聴いた。


――今度は俺が、お前を殺してやる。


……わたしはその言葉に何も言い返さなかった。


背中を見せて去っていく少年の願いを、わたしは叶えた。


彼に霊獣と恋愛の神(アメティスタ)殺しの力を与えることによって。

なのに彼はわたしを殺しに来なかった。

来る日も来る日も来る日も、神殿で願いを聴いたり聴かなかったり聴いたりしながら、彼がわたしを殺しに来るのを待っていた。

わたしは異端の双子から成った神だったからか、神官は誰もおらず、神殿の切り盛りは何でも自分でしたし、神界からは爪弾きにされていたため独りぼっちだったから、時間は腐る程あった。霊獣の守護神であったからしょっちゅう霊獣達が祈りを捧げに来ていたが、こちら側に踏み込んで来るものはおらず、良い意味でも悪い意味でも畏れられていた。事情を知る者が多い人間は、祈りにさえ来なかった。


何十年何百年経ったか分からなくなったころ、一匹の狼がわたしの元へ来た。珍しかったのでわたしは少年の事について何か知らないかと尋ねた。

すると狼は呆れて、そんな昔の事なら、もうその少年は死んでいるでしょうと言った。

『でもわたし、あの子に霊獣と恋愛の神(わたし)殺しの力あげたままだから、生まれ変わっても覚えてる筈なんだけどなあ』

『そんな力を渡してどうするつもりですか』

『一番最初の願いだったから、ちゃんと叶えてあげようと思って』

『…はい?』

『復讐をさせてあげようと思って』

『……は』

『わたし、散々あの子に酷い事したみたいだから』

絶句した様に狼は言った。とんがった耳がぴくぴくしてる。かーわいいー。

『したみたいって、何をしたか覚えていないんですか?』

『そうなのよぅ。亡霊でいた間の記憶が消されてて、神に成る直前からの事しか分からないの』

そろそろと狼に手を伸ばす。

狼は離れる事無く、わたしのされるがままに撫でられた。うふふ、もふもふ〜。

『………だから彼にそんな力を?』

『うん。殺す相手がわたしなら、復讐の連鎖は起きないしね』

至極真面目に言ったのに、狼はくつくつと笑った。

『その力、はてさて今も使えるのでしょうかね』

『使えるよー。だってわたしのところに戻ってきて無いもの』

猫みたいにゴロゴロ言ってた喉がやむ。

じいっと、澄んだ青い眼がわたしを見る。

『じゃあもしその少年が現れたら、女神様は本当に死ぬつもりですか?』

『うー、どうしようか』

わたしは必死に悩んで、答えた。

『ちょおっと、待ってもらうかも』

『……なぜ?』

『今度、火竜の一族に新しく子供ができるから祝福をあげなきゃだし、夜の神のところの神獣がもう直ぐ産み月だから出産の手伝いしなきゃだし、あと森の鹿族も若長の奥さんが妊娠中だし…。…あとフェニックスの間で蘇りが上手くいかない子がいるのも診ないとだし、霊獣のこどもの間だけで流行る病気も治めなきゃ!』

『はい!? それ死ぬ気あるんですか!??』

『しょうがないじゃない! 今霊獣の間ではベビーラッシュだもの!』

わたしの返答に呆れ果てたらしく、狼は座り込んだ。ぺたんと垂れている尻尾が可愛い! 狼最高!

『それ、死ぬ気が無いって言ってるのと同じですよ』

『…えー。まあ…うんー……ソウデスネ』

『神様が嘘吐いてどうするんですか』

『いやいやいや、今すぐ殺してくれるんなら甘んじて受けますとも!』

『女神様は死にたがりですねえ』

急速に和んでいた心が荒む。

何故だろう。

悪意を感じた訳では無い。狼は思ったままを素直に述べただけだ。でも、何故か。

その言葉は、不意に、わたしの琴線に、触れた。



――止まらない止まった筈の心臓心臓心臓の音音音。

だくだくだくだくだクダくダクダクダクダク。

ほら、禍々しさが形を変えただけの神は壊れる時も一瞬。

亡霊だった頃のわたしが抱いていた狂気の一端が、甦ったようで。

『だって生きてる意味なかったもの』

『生まれてすぐに地下牢に入れられたわ』

『でもわたしはそれが“普通”だと思ってたのよ』

『父親も母親も分からない』

『わたしはわたしの半魂と』

『闇の中で微睡んでいた』

『それなのに何もしていないのにただいきをしていただけなのに』

『わたし』

『わたしたち』

『はんこんだった』

『から』




『ころされた』





アメティスタもルゥも由来はフランス語。

アメティスタ→紫水晶

ルゥ→狼

だったハズ…

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