仲間としての義務?
気分が悪いんじゃなかったのか?
そう聞かれて、思わず返答に困ってしまう。
「……花瓶に水入れようと思って」
気分の方は、無視して花瓶の方を説明する。
けれど、ラバスは更に眉をひそめた。
「なんで、花瓶に水?」
「……花瓶が倒れて、水がなくなったから」
暗いから、服がぬれていることまではわからないだろうと、リナは最低限わかる部分だけを説明する。
「ふーん。……それじゃぁ、そのときに水かぶったわけだ」
けれど、相手は人の観察力・認識力・その他変に聡くなければ務まらない薬師。
「別にいいじゃない。冬じゃないもの。風邪ひくわけでもないし」
ひどくラバスの言い方に棘を感じて、リナが言い返すと、ふわりとリナの肩に薄いショールをかけられる。
「夏だ夏だといっても、夜はもう涼しいだろう。油断してると、本当に体調崩す」
「油断なんかしないわよ。すぐに着替えるつもりだったもの」
「そこで、すぐに着替えないところが油断してるって言うんだ」
「……そんなこと言うために降りてきたの?」
そうリナが呟くと、ラバスは「まさか」と即答した。
「物音がして、足音が軽かったから、踊り子の誰かが足の痛みを冷やしにでも降りてきたのかと思って」
飄々と言ってのけるラバスに、リナはあっさりと納得の声を上げる。
「あ、そうですか。それは残念だったね。こんなものまで用意したのに」
花瓶を片手に肩に巻かれたショールを解いてラバスに返すと、リナは部屋に戻るために歩き出す。
「おまえな、人の好意は素直に受け取れよ」
それに続くようにラバスも後を追う。
「悪いけど、好意の押し売りはお断り」
「薬が必要になってもやらないぞ?」
「ラバスがあたしを助けるのは好意じゃなくて仲間としての最低限の義務でしょ?」
「だったら、これだって義務のひとつじゃないのか?」
そう言って、ひらひらとショールをリナの前に見せると、リナは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「そうでした。ラバスの好意をあたしが受ける謂れはないものね。ごめんなさい、義務を怠らせてしまって」
ひらひらと目の前を右往左往するショールを掴む。
と、そのせいでバランスを崩したリナの手から花瓶が地面に向かってすべり落ちた。
「あっ」
慌てて掴みなおしたものの、反動でまたしてもリナは水をかぶりなおす。
「…………」
「…………」
「………………もう一回水汲んでくる」
くるりと井戸の方に向かおうとするリナの肩を掴んだのは、額を手で抑えながら呆れたため息をつくラバスの姿だった。
「いいから、それ俺に任せておまえは部屋に戻ってな。それだけ水かぶれば、本当に風邪ひくぞ」
その言い草に、文句を言おうと口を開くと、リナの体が軽く身震いした。
(……確かに、これはまずいかもしれない)
すぐに帰るつもりだったのに、足を水浴びし、ラバスとの立ち話で夜風に当たり、更にまた水をかぶってしまった。
「お願いする」
しかたなく、本当にしかたなくリナは花瓶をラバスに預けひとり部屋へと戻っていたのだった。




