傍観
連合軍が王都から出発して進軍すること、一時間。荒野で、異形たちと鉢会わせた。
目の前には黒一色が広がって、地面を見ることができない。異形たちは、遠くに見える山々にまで及んでいて、北の山岳地帯は異形たちに制圧されているようだ。
かなり数が増えたな。百万まではいってないだろうけど、十万くらいはいるんじゃないか?もう少し早く、手を打てば良かったかも...。
「後悔している暇はないわよ。早く準備しなさい。もうすぐ、軍が突撃するみたいよ」
軍と冒険者は別々に陣をしいて、異形に向かって左右に展開している。異形たちは自分からは攻めてこないから、先制攻撃を仕掛けることが出来る。こいつらに、奇襲も何もあったもんじゃないけどな。死角から奇襲して仲間が死んでも、まったく動じずひたすら攻撃してきたらしい。
なので、真っ正面から攻めることにしたそうだ。俺にとっても、都合がいい。
準備が完了したようで、動きが一層慌ただしくなる。俺とビアンカは少し離れた所から見ているので、軍の様子が手に取るように分かる。
前衛の歩兵や冒険者が身体強化し、後衛の魔術師たちが詠唱を始める。
そうして、魔術師たちが魔術を撃ち始めたことで、決戦の火蓋が切って落とされた。
炎の弾や雷の矢が、雨あられと異形たちに降り注ぐ。広範囲にわたって異形たちが燃え、切り刻まれ、貫かれていく。
ひとしきり魔術が撃ち終わり、舞っていた土煙が流れた後には、まったく数を減らしていない異形たちがいた。
今ので軍を敵と認識したみたいで、次々に襲いかかってくる異形。それを迎え撃つ、歩兵たち。
歩兵二人で協力すれば十分倒せるようで、順調に撃破していく。冒険者は一人でも、問題ないみたいだ。
「見た感じ、ちゃんと戦闘出来てるわね。このままいけるんじゃない?」
「無理だな。人の体力には限界がある。そのうち戦えなくなる」
「なら、早く助けに行ったほうがいいんじゃないの?手遅れになる前に」
「まだ大丈夫だよ。ほら、あれ」
俺の指差したほうから、飛竜が隊列を組んで飛んでくる。地竜たちも駆けてきて、異形の中に突撃する。帝国の竜騎兵だ。
空を飛ぶ異形はいないので、飛竜は地上の敵を攻撃し放題だ。ブレスや爪で、一方的に屠っていく。
竜騎兵の登場で、兵たちの意気は大盛り上がりだ。破竹の勢いで、敵を倒し進んでいく。
「そういえば、竜騎兵がいたわね。飛べる奴はいないみたいだし、竜の体力は多い。これなら、私たちが出る幕なんてないかも...」
「そうだったらいいんだけどな...。いつでも出れるようにしておけよ」
「・・・なんで、さっさと倒さないの?まるで、被害が大きくなるのを待ってるみたいじゃない」
「・・・実際、待ってるしな。俺は、軍と冒険者が壊滅しかけるまで出ない」
「・・・理由が、あるのよね。神界の決まり?」
「まあ、昔からの慣習というかなんというか...。えっと、勇者とか英雄って遅れたり、危ない時にやってくるだろ?」
「そうね。ピンチになったら現れて、怪物をやっつけてお姫様を救い出す。おとぎ話の王道だけど、それがどう関係あるの?」
「俺も人から聞いたんだけど...。かなり昔、まだ神界が出来たばっかりの頃な。そんな感じのおとぎ話を聞いた神様が、その話を気に入ってな。天使が世界に介入する時は、出来るならそんな風にするようにって、決めちゃったんだ」
「・・・そんなルールがあるから、手を出せないってことね」
「そうなんだよ。あってないようなものだけど、天使が世界に干渉すること自体、あまりないことだし」
「・・・リューはそれでいいの?」
「しょうがないと思ってる。第一、本来この世界は滅ぶはずだったんだ。その皺寄せはどうなるのか、分かるよな?」
「・・・他の世界が、消える...」
「ああ。一つの世界を救うなら、一つの世界が消えるのが道理だ」
「・・・そんなのって、ないわよ...。どうすればいいのよ...」
ビアンカは頭を抱え、ひどく狼狽している。無理もない。まったく関係のない、どんなとこかもわからない世界が、自分のせいで消えてしまう。とんでもないプレッシャーと罪悪感に、押しつぶされそうになってるだろう。俺もけっこう怖い。怖いけれど...。
「この世界を救えるのは、俺たちだけだ。目の前に俺が救える命があるなら、それを助けるのに全力を尽くす。報いを受けるのは、全てが終わった後だ」
今やれることは全てやる。死ぬ時には、絶対に後悔しない。俺が死んでから決めたこと。何も出来ないまま死ぬのだけは、もう嫌なんだ。消えてしまうどこかの世界には悪いけど、俺は見えない世界より、見える世界を救いたい。
「・・・分かった。私も腹をくくるわ。ずっとリューと一緒にいるって、決めたんだもの」
「いいのか?滅茶苦茶辛いぞ」
きっと、ろくでもないところの仕事を回されるんだろうなー...。俺一人でも十分だし、ビアンカまで一緒に来る必要は...。
「私が好きで行くんだから、別にいいじゃない。一人より、二人のほうが心強いわよ」
「・・・そうだな。俺も一人じゃキツいだろうし、ここは甘えておくよ」
「そうそう。たまには、私を頼りなさい。何のための従魔よ」
「まったくだ。神界にいったら、よろしくな」
さて。ずいぶんと話し込んじゃったけど、戦況はどうなっているのかな?
戦場に目を向けると、そこは酷い有様だった。
空を飛べる異形が出現し、飛竜はそいつらにほとんど撃墜されている。最前線で戦っていた地竜たちは、異形たちに群がられて、なす術もなく倒れていく。軍と冒険者の奮闘で、戦線はなんとか維持されているが、被害がどんどん広がっていて、今にも崩壊しそうだ。親衛隊も戦っているが、数の差は覆すことが出来ずにいる。
「ちょっと!このままじゃ、全滅よ!?やるなら早くしないと!」
「そうだな。いい頃合いだし、そろそろいくか。ビアンカもいけるか?」
「私はいつでもいけるわよ!」
「よし!そんじゃあ・・・いくぞ!」
頭の中のスイッチを入れる。さあ、反撃開始だ!
<side レア>
次々と襲ってくる異形を、魔術で強化された剣で斬って捨てる。戦い始めてからそんなに時間はたっていないと、頭では分かっているけど、体は何時間も戦っているみたい。ずっと同じような奴を、相手してるからかな。周りで戦っている親衛隊の皆も、幾ら倒しても途切れない異形たちに、顔に疲労がにじみ出ている。
「まったく!いつになったら作戦とやらは、始まるんです・・・の!」
フェルがイライラと、異形を倒していく。今回戦いを挑んだのは、リューが作戦があると言ったわけだから、その本人がこの場に現れないことが腹立たしいんだと思う。
「作戦があるとか言っていたけど、本当にあるのか?自分が逃げる時間を、稼ぎたいだけだったんじゃないか?」
そんなことを言い出す、自称イケメン。本当にこの男は...。私の癇に障ることばかりするな...。
「そんなわけないでしょ!?リューのこと何も知らないのに、勝手なことを言わないで!」
「相変わらず、俺にだけ言うことがキツいな...。それじゃあ、あいつはどこで何を...」
その台詞は、最後まで続かなかった。少し離れた場所で、二つの魔力が爆発的に増加したからだ。
「なんですの、これ...。こんな馬鹿でかい魔力、聞いたことありませんわよ...」
「・・・リュー、ビアンカ...?」
間違いない、リューとビアンカの魔力だ。これが、リューの言ってた作戦なの?どうやってこんな魔力を...。
・・・お願い、リュー。無理だけはしないで...。絶対に、死なないで...。