戦の前
「・・・というわけで、俺は今、こうしてここにいるわけだ」
ビアンカに、俺の身の上を説明し終える。こうしてみると、俺のことを話したのは、ビアンカが初めてだな。
そんな彼女はというと、ショックが大きかったみたいで、少々呆然としている。当然だ。今までの常識を、全て砕かれたんだからな。俺も、神界に行ったばかりの頃は、夢なんじゃないかって思ってたし。
「ビアンカ、大丈夫か?」
「・・・ええ。大丈夫よ。ちょっと、驚いてただけだから...」
「そうか。無理するな。今日は、水飲むか?」
「いえ、もう大丈夫。ありがと」
もう立ち直ったみたいだ。切り替えが早いのはいいことだが、無理をするのは良くないぞ。
「無理なんてしてないわよ。もう整理し終わったから、問題ないわ」
「ならいいけど...。何か言いたいことはあるか?」
「正直、信じられないって気持ちが勝ってるわ。でも、頭の中のスイッチがあるし、リューの妄想でもなさそうね。闇の魔術を使っている気配はしないし。こんな冗談、真面目に言う人でもないしね」
とりあえず、信じてはもらえたみたいだな。良かった良かった。
「それにしても、あなたのいた地球?って所の話。もっと聞かせてくれない?科学が発達した世界って、どんなものがあるの!?魔術なしで、どうやって生活してるの!?」
「そういうことは後で教えてやるから、今日は寝てくれ。明日は決戦なんだから」
「リューは天使なんでしょ?天使なら、この世界の生き物くらい、パパッと瞬殺出来るんじゃないの?」
ああ。そういえば、まだ邪神のことは話してなかったな。ビアンカも戦うことになるんだから、言っておかないとまずいな。
「そんな簡単な問題じゃないんだよ。この異常の元凶は、邪神。神様なんだ」
「・・・冗談でしょ?神様なんて、私たちに倒せるはずがないじゃない!この世界を管理している神もいるんでしょう?助けてくれないの!?」
「神は人を助けない。神界に行くことは、世界を見守ることだって言っただろ?」
「じゃあ、何で私にあの石を飲ませたの?意味ないじゃない」
「俺がこの世界にきたのは、英雄を育てるため以外にも、目的があったらしい。『天使の世界干渉に関する実験』の一環だって」
「まさに、読んで字の如くね。結果は出たの?」
「いや。まだ検証の段階らしい。それが終わるまで、この世界が消えたら困るらしい。だから、俺が邪神を倒さなきゃいけない」
「天使が神を倒す?そんなこと、不可能なんじゃないの?」
「勝率はあまり高くないが、倒すことは出来る。そのための手段も、もう神界からもらっている。けど、あんだけの数の異形たちを相手にしてたら、本体の邪神を叩く前にバテる。だから、ビアンカには俺に進路と背中を守ってもらいたい」
「いくら強くなったっていっても、あの数は一人じゃ厳しいわよ」
「親衛隊や各国の連合軍、冒険者たちに手伝ってもらう。他にも当てはあるし、そこんとこは任せておいてくれ」
白雪とか、あいつらも駆り出せるかも。部長に頼んでおこう。
「本当に倒せるの?神様よ、神様。私たちを造ったんでしょ?」
「まあ、実際倒せるかなんて、戦ってみないと分からない。俺に出来るのは、後悔しないように全身全霊を賭けて戦うだけだよ」
「・・・そうね。私たちの世界なんだから、自分で守らなきゃ。絶対に負けないわよ!」
ビアンカは問題なさそうだな。俺も気合い入れていきますか!
翌日、明朝午前五時前。王都から少し離れた平野に、王国・帝国・皇国軍と冒険者の連合が集まった。総勢三万人の大軍勢だ。
確か、王国が一万五千。帝国が三千五百。皇国が二千。冒険者が九千五百人だったかな。徴兵制がないこの世界では、相当の数だ。特に冒険者。他の国から多くの冒険者が、応援に駆けつけた。近くにいる人しか参加する義務がないのに、わざわざ助けにくるなんて、通常なら考えられない。普通じゃないってことは、何となく皆分かっているみたいだな。
俺はグルドと一緒に、全軍が見渡せる丘の上に立っている。他にもはいるんだが、ちょっと見たくないなー...。
「こら、リュー!こっち向きなさい!何で、私に声をかけなったのよ!」
「そうっすよ!グルドのとこには行ったのに、俺んとこには来てくんないすか!?酷いっすよ!」
「大変だったらしいけど、一言声をかけてくれても良かったんじゃないのかしら。ねえ、リュー君?」
シャネルちゃんとかロキとかノエルさんとか。会いにいこうとは思ってたんだけど、すっかり忘れていた。それが気に入らないらしく、三人ともお冠だ。振り向くのが怖いです...。
「大変だな...。同情するが、助けはしないぞ。飛び火するからな」
「分かってるよ。後で謝っとかなきゃ...」
後ろでは、未だ俺に詰め寄ろうとするシャネルちゃんたちを、ビアンカが止めている。
「いい加減にしなさい、三人とも!今は、こんなことをしている場合じゃないでしょう!?後にしないさい、後に!」
「・・・分かったわよ。後で絶対問いつめてやるんだから、覚悟していなさい!」
「約束っすよ!絶対に忘れちゃダメっすよ!」
「楽しみにしてるわ。リュー君。絶対に、逃がさないわよ...」
シャネルちゃんとノエルさん。怒りのあまり、性格が変わってる...。この戦いを終えることができたとしても、俺は無事でいられるのか...?
「そろそろ、ふざけるのは止めろよ。時間だ」
もう五時になったのか。ということは、今から始まるんだな。イグナシアの命運を決める戦いが。
グルドが一歩前に出ると、今まで騒がしかった軍と冒険者たちが、皆黙り込む。それだけの風格が、グルドには備わっていた。
「今、この王国。いや、この世界に危機が迫っている。全ての世界を覆い尽くそうとする、異形どもだ」
「一度戦ってはみたものの、結果は惨敗。圧倒的な数の前に、俺たちは撤退せざるをえなかった。今はさらに数を増やしており、厳しい戦闘になるだろう」
「だが、所詮雑魚の寄せ集め。個々のの力が強く、力を合わせて戦える俺たちの敵ではない!」
「兵たちよ!剣を取り、俺たちの力を見せつけろ!各々の力を、存分に振るうがいい!」
グルドが剣を抜き掲げると、眼下の兵たちも雄叫びを上げながら、己の武器を高く掲げる。
「さあ、進め!俺の敵を、力でもって打ち破るのだ!」
進み始めた軍を見て、グルドは満足そうに頷く。
「うむ。やはり、戦の前はこうでないとな。始まった気がしない」
「すごい熱気だったな。いつもあんな感じなのか?」
「ああ。俺がやる時は、だいたいあんな感じだぞ」
さすがは、帝国の王子。カリスマ性が飛び抜けている。援護体勢はバッチリだ。
「俺も直接戦場に出て、軍を率いる。本体は任せたぞ」
「もちろんだ。俺のことは気にするな。そんな余裕も、ないだろうし」
「ああ。リューも気をつけろ。人は、一瞬で死んでしまう。どんなに強い奴でも、それは例外じゃない」
「・・・ああ。分かってる。背中には、気をつけるよ」
人はすぐに死ぬか...。まあ、俺なら大丈夫だろう。天使だからな。絶対に、皆だけは死なせはしない。俺がどうなっても、絶対に...。