フェイさんと
「・・・りゅー君」
「フェイさん...」
フェイさんを追って風呂場に向かうと、案の定フェイさんは泣いていた。無理してるのが、丸わかりですよ...。
フェイさんはゴシゴシと目元を拭って、痛々しい笑いを浮かべる。もう無理しないでください。泣いたっていいんですよ?
「ど、どうしたのりゅー君?あ、もしかして最後に私の裸を見たくなったノ!?モー、ビアンカに怒られちゃうヨ?」
「・・・」
黙ってフェイさんに近づいていく。もちろん、お互い何もまとっていない。でも、今はそんなこと気にしている暇はない。
「りゅ、りゅー君?本当にどうしたノ?」
「・・・フェイさん」
ギュッとフェイさんを抱きしめる。フェイさんは「あっ...」と声を漏らす。
「・・・震えてるじゃないですか。こんなに無理して...。俺のこと、言えませんよ」
「・・・アハハ...。バレてたカー...。そんなに分かりやすかっタ?」
「フェイさんに隠し事は向いていませんよ。顔に出ますし、それ以前に雰囲気が変わります」
すると、フェイさんのほうからも抱きついてくる。さっきとは打って変わって、今にも泣きそうな顔で。
「・・・りゅー君。私はりゅー君に隷属しているんダヨ。りゅー君が幸せになることが、私の幸セ。だから、離れ離れになっても平気ダヨ」
「泣きそうな顔で言われても、説得力はありません。俺に、自分に嘘をつかないでください」
「嘘?私ガ?・・・ソウダネ。そんくらいしないと、ペッチャンコに潰れちゃうヨ...」
フェイさんは俺を見ない。顔を俯けて、目を逸らしている。フェイさんの精一杯の虚勢。それを壊す。
「フェイさんは、俺のことが嫌いなんですね」
「・・・エ?」
「だってそうじゃないですか。俺と離れ離れになって記憶も消されちゃうのに、その方が楽でいいんでしょ?それって、もう忘れたいってことですよね?」
「そ、そんナ!違ウ!そんなこと思っテ...」
「そうですよね。口では何とでも言えますよね、でも、人の心なんて本人にしか分からないんです。あんなことを言えるってことは、やっぱりフェイさんは俺のことが」
「嫌いな訳ないデショ!!!ふざけないでヨ、りゅー君!!!」
フェイさんが俺を見る。顔は涙と鼻水でグシャグシャになり、目は真っ赤だ。
「嫌いだったら、こんなにするわけないジャン!」
「でも、俺と一緒に来たくないんでしょ?」
「行けるなら行きたいヨ!でも、私がやらなきゃりゅー君は帰れない!なら、私がやらなきゃダメジャン!」
「大好きダヨ、りゅー君のコト!これから一生離れたくなかっタ!ずっとずっと一緒に、りゅー君のお嫁さんになりたかっタ!」
「りゅー君との思い出は忘れちゃウ。でも、この気持ちまでは消させなイ!ううん、消える訳なイ!」
「もし消えても、絶対に取り戻ス。私はりゅー君のことを、好きなままでいるんダカラァ...」
フェイさんがとうとう泣き出してしまう。これは・・・追いつめすぎたか?
「だから、そんなこと言わないデ...。お願いだかラ...。大好きだかラ...」
「フェイさん...。分かってます。フェイさんの本音を聞きたかったんで、嘘ついちゃいました」
「嘘...?ホント...?」
「本当です。フェイさんが俺のことを好きだって。信じてます。信じていいんですよね?」
「ウン、信じテ...。りゅー君のこと、大好きのままでいるカラ。ヒグッ。うえ、うえぇーーーーん!!!」
フェイさんが俺の首に手を回して、堰を切ったように号泣する。俺は静かにその声を聞き続けていた。
「グスッ...。ありがと、りゅー君。スッキリしタ」
「そうですか。良かったです」
あの後、満足するまで泣いたフェイさんと一緒に、湯船に浸かることになった。湯冷めしちゃうからな。
「それはそうとフェイさん。なんで、こんなに抱きついてるんですか?」
「これから、しばらく会えないからネ。りゅー君成分を補給してるんダヨ」
フェイさんがピッタリと抱きついて離れないのだ。足を腰にまわして、体全体でくっついている。俺としては、嬉しいんだけど...。少し恥ずかしいかな。
「りゅー君。さっきも言ったけど、私はりゅー君のことを忘れないカラ。絶対にまた会いにいくカラ」
「分かってますよ。でも、フェイさんは俺の大陸の景色を知らないでしょう?どうするんですか?」
「それは大丈夫ダヨ。こうすればネ!」
フェイさんに唇を奪われる。またですか...。
「ん...。ジュル...。プハァー。ごちそうさまデシタ」
「お粗末様でした。なんで、キスしたんですか?」
「こうすれば、りゅー君の記憶を少し読めるんダ。それで、りゅー君の大陸の景色を見させてもらったんダヨ」
「そんなことが出来たんですか。それは鬼族特有の?」
「ウン。隷属している相手だけにしか出来ないヨ。これで、りゅー君の大陸に行けるネ」
「そう言ってますけど、本当に覚えてられるんですか?そこまで甘くないと思いますけど...」
なんせ、古代の技術が使用されてるんだ。消すと言ったら、確実に消すだろう。もしかして何か対抗策でもあるのか?
「ううん、多分忘れちゃうと思ウ」
「それじゃあ、どうやって?」
「ウーン...。なんかよく分からないけど、絶対またりゅー君に会えるって確信があるんダ。おかしいよネ?」
笑いながら、可笑しいと言うフェイさん。確信か...。
「えっとネ。ミズキの真似じゃないんだけど、りゅー君に対する思いは私の中に残り続けると思うんダヨ。思いには、強い気が宿るんだカラ」
「・・・そうですね。きっとまた会えますよ。そのときは、また一緒に屋台を回りましょう」
「約束ダヨ!いっぱい食べちゃうんダカラ!だから・・・りゅー君も私のこと、忘れないデネ」
「忘れたくても、忘れられませんよ。それに、忘れる気もありませんからね」
神様が忘れろって言っても、俺はフェイさんのことを忘れない。比喩じゃなくて、本当に言われてもな。
「りゅー君...。・・・アリガト。本当に、本当に嬉しいヨ...」
フェイさんがさらにキツく抱きついてくる。これからしばらくは出来ないんだ。今日はフェイさんの好きなようにさせてあげよう。
<side フェイフェイ>
あの後、りゅー君が何でもしてくれると言ったので、色々シてもらった。楽しかったなー。絶対にまたしてもらわなきゃ!
りゅー君はまだ風呂に入りたいらしく、私だけ先に出てきた。そうだ。ビアンカたちにも言っとかなきゃ。心配してるだろうし...。
部屋に戻ると、ビアンカとミズキは起きて待っててくれた。もうすっかり夜は更けて、何時もなら寝てる時間なのに...。ミズキは起きてるの、辛いのに...。
「ようやく帰ってきたわね。何時間も風呂に入ったままで...。中で何をしていたかは・・・言うまでもないことね」
「エヘヘ...。心配かけて、ゴメンナサイ。もう大丈夫ダカラ」
「兄者に慰めてもらったんだな。良かったな、ビアンカ」
「ウン!・・・これで、心置きなくりゅー君たちを見送れるヨ」
「フェイ...。・・・絶対思い出すのよ。リューのことを忘れたら、承知しないわよ!」
「そうだぞ、フェイ!兄者が怒らないなら、私たちが怒るからな!」
「二人とモ...。分かっタ、絶対に思い出してりゅー君を取っちゃうんダカラ!」
二人に会えて良かった。初めての友達で、初めての恋敵。また絶対に会おうネ...。