代償
少しシリアスです。けど、そんなに重くないです。私の文章ですからね!
牛の元まで帰還する。牛は何時もと変わらず突っ立っていた。
「その様子だと、上手く入手出来たようだな。見せてもらおう」
「は?何で見せなきゃいけないんだよ。誰が見せるか」
盗られるかもしれないしな。金を払われても見せん。
「ほう、いいのか?偽物かもしれんぞ。私なら、本物かどうか分かるぞ」
「ご心配なく。俺も鑑定くらい出来ますんで。なんで、引っ込んでてください」
こっちは神様印の鑑定能力だ。頼るまでもない。
「まあいいではないか。実を言うと、私も見てみたいのだよ。転移の気導具とやらを」
「・・・まあ、いいですけど。でも、もし盗ったり壊したりしたら・・・擂り潰します」
「・・・気をつけよう」
転移の気導具を牛に渡す。一挙一動に目を凝らす。牛はしばらく気導具を見てから
「・・・ふむ。確かに転移の気導具だ。それと、使い方と名前も分かったぞ」
「あら、なかなかの眼ね。教えてくれるかしら?」
「もちろんだ。まずは使い方だが...」
ついに気道具の詳細が明らかになる!自然にゴクリと唾を飲み込む。さあ・・・どんとこい!
「これを使うには、転移させたい人足す一の人数が必要になる。二人転移させたいなら、三人必要ということだ」
「ドウシテ?」
「それを今から説明するのだよ。まずは転移する人が、これに血を垂らす。少しでいいぞ」
「次に、残った一人に気を注いでもらう。転移する人は、転移したい場所を思い浮かべる。そうして気が十分に溜まったら、転移することが出来るのだ」
「へー、そうなんですか。それで、他にも条件とかあるんですか?わざわざ気を溜める為に、人を用意する必要はないでしょう?」
「・・・そうだな。ここからが重要だ。この気道具を使用するのに必要な物は、記憶。気導具に気を注いだ人が、転移した人との思い出を全て忘れてしまうのだ。名前は決別の転移石。気の利いた名前だな」
代償は記憶の消去か...。思ったより重いな。誰かの命なら、適当に取ってきたんだけど。
「なんで記憶が必要なんだ?他のものでもいいだろうに」
「記憶でなければ駄目なのだ。これを入手するためには、相当の実力が必要になる。それこそ、生半可な絆では死んでしまうほどのな」
「そういう記憶には、大きな力が宿る。あの時の事を思い出して頑張る!とかあるだろ?」
「大切な記憶には、気が宿るってこと?」
「そう思ってくれて構わない。しかし、見事な術式だな。記憶から気を抽出するとは...。これを作った奴は、本当の天才だったに違いない」
記憶には気が宿るのか。まあ、記憶は経験。それによって、パフォーマンスが上がることもあるからな。十分有り得る。その記憶から気を抜く。消去って言うよりは、使用って感じだな。
「転移させる人数で、消える記憶の量は変わるノ?」
「変わらない。だが、一度に送れる人数は三人までだ。それだけ気を使うってことだろう」
ギリギリだったな。これで転移することは出来るようになった。あとは、誰にこの気導具を使ってもらうかだな。
「通りすがりの誰かに、やってもらうのは駄目なんですか?」
「駄目だろうな。これを使うには、それなりの密度の記憶が必要になってくる。必然的に、お前ら四人の内誰かが残ることになる」
みんなが沈黙する。それはそうだ。今までのことを、綺麗さっぱり全て忘れろっていことだからな。
「・・・とりあえず帰ろう。しっかり話し合わなきゃいけないしな。迷宮は、いつも通りに稼動させておいてくれ」
そうして宿に戻っていった。・・・やっぱり、俺から言わなきゃ駄目だよな...。
宿に帰り部屋に入る。荷物を置いた後は、各々好きなように寛いでいるように見える。
「・・・それじゃあ、これからどうするか話そうか。とりあえず、俺とビアンカは出来ない。転移するのは、俺たちだからな」
「・・・そうね。この大陸に残るわけにはいかないし...。そうなると、ミズキかフェイにやってもらわなきゃいけないんだけど...」
「それなら私がやろう」
「・・・いいのか?ミズキは俺らの大陸に行ってみたいんじゃ...」
前に魔術とかを学びたいって言ってたしな。なんでミズキが?
「いいんだ、兄者。私は幸せだ。本当の妹のように接してくれて、嬉しかった。この気持ちは、記憶が消されたくらいでは無くならない。ずっと私の心の中に残り続ける。それだけで、作られた甲斐があったというものだ」
ミズキは笑ってそう言った。その顔は悲しげではあるものの、とても幸せそうで...。
「・・・駄目ダヨ。そんなの、絶対にダメ!」
「フェイさん?」
急にフェイさんが大声を上げる。フェイさんはミズキに詰め寄り、抱きしめる。
「ミズキはずっと一人ぼっちだっタ。だけど、ようやくミズキのことを家族と思ってくれる人が来たんダヨ!?もう絶対に現れない、唯一の人ガ!それなのに、なんで自分から離れようとスルノ?」
「そ、それは...。そうしたほうが、兄者は幸せに...」
「そうなのりゅー君?」
「そんなことないです。ミズキがいない方が幸せなんて...。絶対にないです」
俺は前世では一人っ子、今世では兄しかいない。初めて下の子が出来て、嬉しかったし楽しかった。
「ビアンカもだよな?」
「ええ。リューの妹は、私の義妹よ。もう家族じゃない。それとも、私たちと家族はイヤ?」
「そ、そんな訳あるわけないだろう!?兄者たちに会って、人の温もりを知って...。ずっと欲しかったんだ!手放したい訳ないだろ!」
「それなら一緒にいればいい。俺は一緒にいたい」
「あ、兄者ぁ...。で、でもそれじゃあ記憶はどうしたら...」
ミズキも気がついたようだ。そう。元から誰の記憶が消えるかは、決まっていたのだ。
「・・・ソウダネ。私しか、出来ないヨネ」
「フェイさん...」
気づいてたか...。フェイさんは、馬鹿ではない。むしろかなり頭が良い。
「ヤダナー、みんなそんな顔しないデヨ!私はりゅー君が幸せになってほしいノ!そのためなら・・・自分だって犠牲にするヨ」
「フェイさん...。・・・分かりました。すいません、こんな役割押し付けてしまって」
「誰かがやらなきゃいけないんだから、しょうがないヨ。たまたま私が、その役だっただケ。適材適所、デショ?」
「それに、元から私はりゅー君とは一緒に行けなかったシ。師匠に試練を終了したことを知らせないとだし、まだまだ教えてもらってないこともあるシネ。下手に記憶を残して辛いよりは、さっぱり全部消してしまった方が楽カモネ!」
ハハハーとフェイさんが笑う。・・・くそ。見てらんないよ...。
「じゃ、じゃあ私はお風呂に入ってくるネ!ちょっと長くなるかもダヨ!」
そう言って、フェイさんは部屋を出て行った。・・・風呂か...。
<side フェイフェイ>
部屋から出て、急いで風呂場へと向かう。早く行かなキャ!耐えられないヨ...!
パパッと服を脱いで、浴室に入る。浴槽からお湯をすくって、頭を濡らす。
ポタポタと髪から雫が垂れる。・・・そこには、お湯以外の物も混じっていた。
「・・・ウウウ、りゅー君...。イヤダヨ、離れたくないヨォ...」
あそこで強がらないと、みんなが罪悪感を感じてしまう。そんなのダメ。辛い思いをするのは、私一人で十分だ。でも
「こんなの、辛すぎるヨ...。耐えられないヨ...」
心が張り裂けそう...。りゅー君がいなくなったら、もう何も出来ないよ...。
「助けテ...。助けてよ、りゅー君...」
そのとき、浴室の扉が開いた。浴室に入ってきたのは...。
「・・・りゅー君?」
「フェイさん...」
最後の一晩が、今始まる。