憤怒
「・・・ヨシ!これで大丈夫!りゅー君、開いたヨ!」
十分ほどで、結界を通れるようになった。フェイさんの方を見ると、結界に扉が一つ出来ている。ここを通ればいいのかな。
「それじゃあ、行きましょうか。中では何が起こるか分からない。戦闘になるかもしれないから、準備は怠らないでね」
「了解」
「もちのロン!」
「心得た」
そうして、俺たちは扉を開けて結界の中に入った。
結界の中は、何やら神秘的な空間だった。
目の前には、巨大な木。天辺が全く見えない。ドラ◯エの世界樹みたいだな。
木の根元まで歩いていく。そこには、一つの彫像があった。
「これ、何だろうな。人身馬頭?」
「私たちの大陸では、馬は智の化身だって言われているネ。馬は頭が良いシ」
彫像に触れてみる。すると、
「ようこそ、若き仙人の卵。ここに仙人の見習いが来るのも、300年振りだな」
馬の頭が俺たちの方を向き話しだす。うわ、すごいシュール。馬がイケメンボイスで話かけてくるとか。
「えーっと、あなたは?」
「私は、いわゆる試験官みたいなものだ。仙人に試練を与え、それに合格した者に報酬を渡すことになっている」
「その報酬が、お前ら仙人の免許皆伝の試練に必要な物だ。試練を受けるか?」
「モチロン!そのために来たんだからネ!」
そりゃ、そうだけど。せめて、内容を聞いてからでもいいんじゃないんでしょうか、フェイさん。
「良かろう。それでは、試練を出してやる。私の試練では、お前達の智を見せてもらう。この問いを解け」
そう試験官が言うと、地面から石盤が迫り上がってくる。そこには
「これって・・・証明?」
「頭を使うのカー。私に期待しないでネ」
「私もだ。戦闘なら、活躍出来るんだがな...」
証明問題ね...。どんな問題かな?石盤を見てみると
「・・・解けた」
「ほう。それでは、答えはなんだ?」
「この問いに、解はない。もっと言えば、この問いは成り立たない」
だって・・・ここに書いてある問題、ケーニヒスベルクの問題にそっくりなんだよ。多少の違いはあるけれどな。川が道だったり。
「ほむ。その答えも正解だ。だが、もう一つ答えがある。それは分かるか?」
「こう上の道を、ぐるっと迂回すればいいんだろ?問題には違反してない」
「・・・正解だ。智の試練はこれで終了。次は心を試さしてもらおう」
次は心か。心技体を試すのかな。
「これからお前達の心を狂わせる。それに耐えてみせよ」
そう言うと、馬の目が怪しく光り、黒い気が俺たちの中に侵入してくる。ナイトメアみたいなものか?
突然、周りが暗転する。これは・・・意識が落ちて心の中の風景が映し出されているのか?
「やだ!来るな!来ないで!」
後ろを見ると、尻餅をついて後ずさるレア。前には、複数の男が迫っている。
レアが男達に押さえつけられる。目には恐怖が浮かび、必死で俺に助けを求めている。
「やめろ!この!離せ!」
レアが男達にリンチされる。腹を殴られ、蹴られ、また殴られる。
「ごほ!ぐ、はぁはぁ。リュー、助けて...。怖いよ...」
レアは羽交い締めにされ、男達はレアを汚そうとしている。
「なんで...?リュー、助けてくれるって言ったのに...。やだ、怖いよ!リュー、助けてよお!」
おい、止めろ。止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ!体は動かない。まるで、空間そのものが俺を拘束しているようだ。
そうしているうちに、レアは口を塞がれ腕を縛られる。・・・こういうことか。心を狂わせるって。
確かに、効果覿面だ。だって・・・この世界に来て、こんなに怒ったのは初めてだからな。
バリン!と何かが割れる音がする。いつの間にか、周りは彫像の前に戻っている。だが、そんなことはどうでもいい。今は、この糞野郎をぶち壊すことだけが重要だ。簡単に楽にはしない。この世の絶望を余さず味わしてくれる...!
「リュー、落ち着いて!これは全部幻想!幻なのよ!」
「そんなの関係ない。どんな形であれ、レアにあんなことした奴は殺す。何としても殺す。王でも竜でも全部殺してやる...」
体を魔力で強化する。攻撃重視、防御は軽視。後のことなど関係ない。今出せる力を全部使って、コイツを殺す。
「ふむ。狂ってはないが、怒りで我を忘れている様だな。ちょうどいい、最後の試練だ。コイツを倒せ」
そう言うと、木の中から何かが出てくる。獣竜のようだな。強靭な四肢。あらゆる物を噛み砕く顎。立派な尻尾。
「あれは、グランデイル!?上位獣竜種が、何でこんな所にいるのよ!」
「ぐらんでいる?あれは、暴乱牙竜ダヨ。強そうダネ」
「名前はどうでも良い!兄者!構えろ!」
・・・あいつがいたら、集中して馬を殺れないな。先に殺しておこう。
体内の魔力密度、攻撃部位の気の密度を引き上げる。体が悲鳴を上げるが無視。限界まで上げる。
「リュー!そんなに魔力を体に流したら駄目!壊れちゃう!」
火属性を付与すると、体を白の炎が覆う。・・・ようやく、ここまできた。熾天流焔纏。
「なんと!神の使いの炎か!」
刀を抜くと、刀身にも炎が纏う。さっさと殺ってしまおう。
「グラアアアアァァァ!!!」
獣竜が俺に向かって、爪を振り下ろす。今までも、こうして数多の生物を屠ってきたのだろう。
刀を鞘に入れたまま、腰だめに構える。爪が俺を裂こうとする、が
「疾ッ」
居合いで腕を斬り落とす。血は出ない。高熱で、血管が溶けて血を止めている。
「グギャアアアァァァ!!!???」
バン!と瞬動で腹の下まで移動し、残った脚を全て斬る。首と尻尾だけ残りだるまの様になった獣竜には、最強の幻想種、竜の威厳はまったく感じられない。
「すまないな。何の恨みもないんだが。まあ、むこうで謝るよ」
首を斬り落とす。グランデイルは上位の竜っていっても、上位の中の下くらいの強さだ。焔纏を取り戻した俺の敵じゃあない。
「これで、試練は終了だ。これを受け取れ」
「オオ!この宝玉が、集めてこいって言われてた奴ダヨ!これで一個目ダ!」
フェイさんが緑色の宝玉を受け取っている。これでもうあの馬の役目が終わったな。
「それじゃあ、殺すか」
「チョ!ダメだよ、りゅー君!これを壊したら、他の仙人が困っちゃうヨ!」
フェイさんが俺を止める。
「ふふふ、どいてフェイさん。あいつ殺せない」
「りゅー君の目が逝っちゃってるヨ!みんな止めテー!」
「リュー、しっかりして!一体何を見たの!?」
「落ちつけ、兄者!言葉が病んでるぞ!」
みんなが俺を押しとどめる。こうなったら、力づくでも...!
そう思い、体に力を入れようとする。が、逆に力が抜け、その場に崩れ落ちる。あれ?なんか、意識が...。
〈side ビアンカ〉
急にリューが倒れる。だから、あれほど言ったのに!
「りゅー君!?大丈夫!?しっかりシテ!」
「兄者!おい、兄者!どうしたんだ!?」
「魔力と気の使いすぎよ。それに加えて、限界まで魔力密度を上げて体につぎ込んだのよ?肉体的、精神的にも限界を迎えて、倒れるのも無理ないわ」
それにしても、あんなにリューが怒るなんて。一体何を見せたのよ、あの馬は。
「さあ?私にも分からん。人によって変わるからな、幻の内容は」
まったく、無責任にもほどがあるわ。もう帰りましょう。内容は後でリューに聞けばいいわ。