消滅
あの後ビアンカの他に、レアやらシャネルちゃんやらグルドやら、あの戦場にいた知り合いが全員来て大変だった。もうすぐ直し終わる!ってときに、レアたちが来たのにはヒヤッとした。言い訳しようがないしな。ビアンカが抑えてくれたけど、細かい傷を直せなかった。自然治癒力に期待しよう...。
それで王都に帰ったわけだが、それを迎える人たちが凄かった。日本代表の凱旋パレードかっていうくらいの熱狂振り。まあ、世界の危機を救った軍なんだから、当然なのかな。こういう経験はないから、よく分からん。
そしてその翌日。昨晩はグルドや親衛隊の男たちと、夜遅くまで付き合わされたのでゆっくりと寝かせて欲しかったのだが...。
「リュー、起きなさーい!出かけるわよー!」
「リュー君、約束したわよね?今日は一日中付き合ってもらうわよ」
「早く起きてください、センパイ!日が暮れちゃいますよ!」
城の豪華な扉を、シャネルちゃんたちがドンドン叩いている。戦いが終わった次の日くらい、昼まで寝かせてほしいよ...。
「分かったから、少し待ってて...。すぐ出かける準備するから」
「十分で用意するのよ!外で待ってるから!」
ベッドから出ると、プラプラ揺れる右腕の裾が嫌でも目に付く。消えた右腕を説明するのも、かなり疲れたな...。聖教の総本山にいる神官なら、腕一本くらいなら治せるってノエルさんが言ってたけど、これは治らないだろうな。そのうち治してもらうってことになったけど、確実に行けないな。体が軋み始めてるし...。気合で今日一日は頑張らないと!
・・・その前に、右手なしで着替えるのを頑張らないとな...。
何とか十分で準備を終えて、外に出る。城の正門じゃなくて、お忍びとかで使う裏からだ。
「それじゃ、行くわよ!まだ祭りは終わってないわ!」
「あんなことがあったのに、まだ祭りを続けるなんて...。いや、だからこそか?」
「そうねー。百周年祭というよりは、異形撃退祭ってことになってるものねー。それはいいんだけど、どうしてロキ君がいるのかしら?」
ノエルさんの背筋が凍るような笑顔が、俺とロキに向けられる。これは・・・やばい。下手なこと言ったら殺される!
「シャネルちゃんはまだいいとして、ロキ君までついてくるなんて...。そんなに一緒に出かけたくなかったの...?」
「そ、そういうわけじゃないんです!あまり予定に余裕がないんで、どうしてもこうするしかなかったっていうか...。お、俺だってノエルさんと、二人で祭りを見たかったです!」
「・・・ホント?」
「はい、それはもう!」
「・・・ならいいんだけど。次に期待してるからね?」
ふう...。邪神と戦ってるときより、死ぬかと思った。でも、次に期待って・・・大丈夫。ノエルさんなら、神界に来れるはず...。そのときにすればいい...。
「センパイ?なんかもすごい考えてますけど、大丈夫っすか?」
「だ、大丈夫大丈夫。ロキも悪いな、みんなでまとめちゃって」
「全然気にしてないっす!あ、でも、今度は皇国に来て欲しいっすね。あそこなら案内できますし」
「そうだな、行く機会があったら寄るよ。楽しみにしてる」
さて、みんなと祭りを見てくるか。この世界最後の景色だしな。しっかり目に焼き付けておこう。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、もうすっかり日が暮れている。シャネルちゃんたちとは別れて、俺は一人で城に戻ってきた。一緒に夕飯を食べたかったけど、もう気合いで誤摩化すことも出来ないくらい、崩れてきている。見た目はあまり変わってないけど、中はズタボロ。我ながら、よく気合いでここまで保たせたなー、と感心する。師匠の教育の賜物だな。
自分にあてがわれた部屋に戻り、ベッドの上に寝転がると、色んなことが頭の中に浮かんでくる。残していくレアたちのこと。説明するわけにもいかないので、レアたちは俺が失踪したように思うだろう。迷惑はかけたくないし、置き手紙でも残しておいたほうがいいかな。一応書いておくか。
便箋を取り出して、伝えたいことを考える。そうだな...。「自分を捜してきます。探さないでください」とか?・・・余計に心配されるな。これは没。手紙って思ったより難しいぞ。あまり時間は残ってないし、早く考えなきゃ。
書き始めこそ悩んだものの、書き出すと思ったよりペンが進む。三十分ほどで、書きたいことを書き終えることが出来た。やることなくなっちゃったな。
手持ち無沙汰でボーッとしていると
「リュー、いる?」
とビアンカが声をかけてきた。そういえば、ビアンカもいっしょに行くんだったな。呼びに行く手間が省けた。
「おう、いるぞ。入ってくれ」
ビアンカが部屋に入ってくる。ベッドに座っている俺を見て、とても辛そうな顔をする。
「どうした?辛そうだけど...。何かあったのか?」
「・・・何かあったのは、あなたの方でしょ?どうしたのよ、その体。今にも崩壊しそうじゃない!」
「え?・・・ああ、そうか。ビアンカは、もう分かるんだったな」
不死神の核を得て、ビアンカは神界側の存在になった。種族はどうなるんだろう。真祖じゃないだろうし、不死神になったわけでもないし...。戻った時に、部長に聞けばいいか。
「俺の体に神鳥の力は大きすぎたんだ。袋に物を入れすぎたら、いつかは破れるだろ。それと同じだ」
「・・・その傷は、神界に戻ったら治るの?」
「・・・いや、治らない。このまま俺の体は崩壊して、魂もそのうち消えてなくなる」
「それって・・・どういうことなの?」
「俺に関する記憶や、痕跡が全て無くなる。端的に言うと、俺がいなかったことになるみたいだ」
「そんな...。神界は何もしてくれないの!?元はと言えば、神界の実験のせいでこんなことになってるんでしょう!?」
「そりゃもちろん、俺の魂を拾う準備はしてくれてるよ。魂さえあれば、なんとかなるみたいだけど」
「確実なの?」
「生きるか消えるかの、五分五分だってさ。どこの博徒なんだか...」
「・・・リューはそれでいいの?せっかく世界を助ける事が出来たのに、自分は忘れられるのかもしれないのよ?」
「まだ消えると決まった訳じゃないし、そういう可能性があると知っててやったんだ。後悔はない」
「それなら、私がどうこう言うべきじゃないけど...。少しは相談してほしかったわ」
「時間が無かったし、その時はビアンカは普通だったろ?言うわけにはいかない」
「・・・それもそうね。あ、それって手紙?誰宛よ」
「皆に。黙っていなくなっちゃうからな。探さなくていいってこととか、言っておきたいこととか」
「へえ...。見せてよ」
「ヤダよ。恥ずかしい」
手紙を、ビアンカから手の届かないところに移す。書き終わった後に読み直したけど、悶絶してのたうち回るところだった。これをどう扱うかは、皆に任せよう。焼いてしまいたいけれど、グッとこらえて机の上に置いておく。
「ケチねー。いいじゃない、どうせ見られるんだし」
「ビアンカは見ないだろ。それに、そろそろ時間だ」
胴や腕、足が透明になり部屋が透けて見える。ビアンカも透明になり始めているが、つま先からゆっくりとだ。
「そんじゃあ、少しの別れだな。向こうで待っててくれ」
「分かった。すぐに来ないと、どっかに行っちゃうからね」
体にヒビが入っていきそれが全身に広がると、ガラスのように俺は砕けていった。