あっけない幕切れ
地に足がついたような感触がしたので目を開けると、離れたところに邪神が立っていた。何か驚いてるけど、どうしたんだ?天使の翼なんて、邪神からしてみればそれほど脅威じゃないだろう。
「・・・貴様...。その翼は何だ?天使のものではないな!?」
「え?・・・あ、ほんとだ」
後ろを見ると、白いはずの翼が金色に輝いていた。感じる力も、前と比べ物にならないほど強くなっている。
「これは、ちょっと怖いな...」
「・・・何故だ?それは神の力。どこに恐れる必要がある!?」
「天使としての力は、俺が自分で学び、鍛えていった力。うまく使う自信があるし、どれだけ危ないか分かっているつもりだ。けれど、この神の力は違う。世界を滅ぼせる力なんて、上手に使えるわけがない。出来ることなら、一生触りたくないよ」
まあ、この気持ちは神には分からないだろう。生まれたときから、そんな力を持ってるんだ。自分より強い力なんて、滅多に見る機会もないだろうし。
「・・・私と同じくらい大きな力を得たようだが、その様子では宝の持ち腐れだな。消えてしまえ!」
俺の様子に勝機を見出したのか、邪神が俺を紫の魔力で包む。これは、この山を消したのと同じやつだな。魔力量が段違いなので、空間ごと圧縮させる仕様になっているみたいだな。
邪神がグッと手を握ると、魔力もグッと収縮する。勝ったと思ったのか、ニヤリと笑う邪神が一瞬見えた。
だが、その顔はすぐに驚きの表情に変わった。俺を包んでいた魔力が、燃え散ったからだろう。実体を持たない魔力が、だ。
「・・・まったく。こんなことしたら、ヒビが入っちゃうだろ。少しは、この世界で生活している人のことを、考えてほしいもんだよ...」
「何を言っている...。どうして私の力が燃えるのだ?」
「神様の炎舐めんな。その気になれば、炎を燃やす事だって出来る」
「燃やせぬものはないのか。・・・ふふふ。いいぞ、面白くなってきた」
邪神が嗜虐的な笑みを浮かべる。こいつ、戦闘狂かよ!めんどくさいな!全力で戦う機会が、なかったのかもしれないけどさ!
「この力の怖さを知った以上、お前を暴れさせるわけにはいかない。消させてもらうぞ」
「ははっ!いいぜ、さっさと殺し合おう。この世界を壊すより、お前と戦うほうが面白そうだ」
空に上がり、拳を構える。世界を傷つけない程度で、手に魔力をこめる。それを見た邪神も、同程度の力をこめた黒紫色の球を作り出す。
「あまり時間がないんでね。すぐに消させてもらうぞ」
「出来るもんならやってみな。逆にテメェを消してやる」
こうして、邪神と仮初めの神との戦いが始まった。ここは譲れない。世界のために、俺のために、邪神はここで消し飛ばす!
ギュンギュンと唸りをあげて飛来する黒球を、前に進みながら躱していく。躱しきれないものは、殴ったり蹴ったりして迎撃する。俺が落としたやつは燃えるからいいんだけど、躱したやつは着弾した時に爆発して、地面を抉っている。イグナシアへのダメージを考えると全部燃やしてやりたいんだが、そこまで余裕はない。
「こんなんは効かないか。それなら、これはどうだ!?」
そう叫んで、同じような黒球を放ってくる邪神。何が変わったんだ?蹴ろうとした時、猛烈に嫌な予感がしたので、翼を前にもってきて盾にする。直後、ドゴーーーン!!!と爆発する球。くそっ、こんなことも出来るのか。
翼のおかげで怪我は無いが、いつまでも守ってはいられない。爆煙の中から飛び出し、一瞬で間合いに捉え殴り掛かる。
これは予想していなかったのか、まともに殴られる邪神。そのまま連撃を加え、地面に蹴り落とす。
轟音をたてて地面に叩き付けられる邪神。確かな手応えがあったから、けっこうなダメージが入ったと思う。地面に降りると、ちょうど邪神が立ち上がろうとしていた。足取りはしっかりとしている。・・・さすがは神といったところか。数発殴ったところで、まったく問題なしか。
「今のはなかなかきいたぞ。いいパンチとキックだな」
「師匠が良かったんでね。もっと喰らわしてやるよ」
立ち上がった邪神は大量の黒球に加えて、今度は異形の槍も出してきた。邪神の後ろは黒と紫しかなく、空を見ることができない。弾幕張ればいいってもんじゃないぞ。さっき何を見ていたんだか...。
球や槍を撃ちだすより速く邪神の懐に入り、そのまま顎目掛けてアッパー。仰け反った邪神の鳩尾に、空中で体勢を整えてからの翼を使って加速した飛び蹴りをくらわす。弾幕の中に吹き飛んでいったので、火球を作って起爆する。
爆音を聞きながら、次の手を考え準備を進めておく。この邪神は、自分の力に相当な自負を持っている。まあ、腐っても神なんだから当然だけど。そんな奴が、少し前まで格下だった奴にボコボコにされたら、どんな行動を起こすか...。予想するのは、そう難しくない。
爆煙が晴れて、邪神の様子が見えるようになった。腹を押さえていて、口からは血が垂れている。髪や体はところどころ焦げていて、プスプスと煙が上がっている。・・・見事なまでに、ボロボロだな。神様なのに。
「げほっ、げほっ!何で天使崩れなんかに、私が押されているんだ...。力の使い方は、私のほうが上なのに...!」
「力の使い方が上でも、戦い方がなってないんだよ。物量で勝てるのは、格下だけだぞ」
これでも百年近くは箱庭で喧嘩の仲裁に明け暮れて、転生してからも鍛錬は怠ってないからな。ずっと暇してた邪神とは、修羅場をくぐった数が違うんだよ。同じ力を手にした今、俺が負ける可能性は低い。唯一心配なのは...。
「・・・くっそおぉぉぉぉ!!!もうこんな世界なんているか!ぶっ壊してやる!!!」
こうなることだ。邪神にとってこの世界は、沢山ある世界の中の一つでしかない。ベ〇ータのような台詞は、奴の本心を明確に表している。予想通りだから、大して驚かない。被害を最小限に抑える手段も、既に準備完了だ!
邪神が空に飛び上がり、力を溜め始める。溜めなしでは、世界を消すほどの火力は出せないのか。
「一分もかからずに、お前の世界を消せるぞ!その間、俺に攻撃しても無駄だ!バリアーを張ったからな。これで、お前もお終いだ!はーはっはっはーーー!!!」
うーん...。始めは中々の強敵になりそうだなー、と思ってたのに、今では見事な三下っぷりだ。さっさと消しちゃおう。
「はーはっはっはっはっはーーー!!!」
「いつまで馬鹿笑いしてるんだ。お前が一分で世界を消せるなら、俺もそれが出来るんだぞ。見えないけど、そのバリアーも世界を壊せるほどの力には、耐えられないんだろうな」
右手を邪神に向けて上げる。腕が金色に光り、付近の空間が震えだす。
ペロッと腕の皮が剥がれる。だが、中にあるはずの肉はなく、金の炎で出来た腕があった。
「お、おい...。なんだそれは。なぜこんなに周りが震えているんだ!?」
次第に炎の勢いは強くなり、それに伴って翼の火も大きくなっていく。
「そんじゃあ、いい加減あんたにも退場していただくとするか。目障りだし」
「な!?ま、待て!あと数秒で溜まるから、正々堂々正面からぶつかり...」
俺の右腕が爆発し、一筋の光線が邪神を撃つ。灼熱の神炎が邪神を包み、塵一つ残さずに焼失させた。