おとめゆり
投稿させて戴くのは初めてです。百合物注意
高等部に進学して一月、私、白川乙女には最近ある悩みがある。
それは……
「乙女ー、帰ろっ」
そう言って私の背中に抱きついてくる。首に回される小さい手、そして私の髪の毛に柔らかい頬をすりすりとしてきた。
思わずため息をはいてしまう私。
「紗百合……重い」
実際には重さはあまり感じず、ただ髪に伝わる感触がくすぐったいだけだったが、悩みの元があまりにも呑気なものだから、思わず邪険に扱ってしまう。
「乙女ひどいなー、乙女の髪はこんなに優しいくて気持ちいいのに」
そう言って膨れつつも私から離れず頬ずりを続けるこいつが私の最近の悩み、名前を白河紗百合という。
私は肩から回されている紗百合の手を取り、リュックを下ろすように紗百合の身体をおろした。
そして紗百合のいる方を向き、視界を下に落とす。いつも通り紗百合を見下ろす形だ。 私は、一年の女子高生としては平均的な身長のため、紗百合はどれだけ小さいのだろう、とたびたび思う。中学で出会った時からほとんど変わっていない。
「乙女、どうしたの?」
きょとんとした顔で私を見上げる紗百合。
「いや、相変わらず小さいなと思って」
今日は紗百合をからかいたい気分だったのでそう言ってやる。このやりとりも何回もしているのだが、紗百合はこのことをいうといつも顔を真赤にして私に反論してくるのだ。
この反応が可愛くてお気に入りなのは本人には当然ながら秘密である。
「な、な……なによー!最初は私より小さかったじゃない!」
案の定顔を赤くして私を指さす紗百合。
「うん、でも今は平均、中学からすくすくと育ったもん、でも紗百合は会った時からかわらないよね」
「失礼ない!私だって大きく変わってるよ!」
「そうなんだ、何センチくらい?」
「……1センチ」
「…………」
なんだかこちらが悲しくなってきた……、しかしここで紗百合から反撃の言葉が出る。
「ふ、ふぅん、いいもん胸は1センチ以上大きくなってるし!それに比べて乙女は胸は平均じゃないじゃん!」
思わぬ反撃の言葉に私はふらりと後ろに下がり、胸を抑えてしまう。こいつ、人が気にしていることを……! そして紗百合の胸を見てしまう。
確かに紗百合の胸はその小さすぎる背に比べると、そこそこの自己主張をしていた。実際には平均的な大きさなのだろうが、背丈に合わせた小さめな制服の上からなのか、やたら大きく見える。
見比べるように自分の胸を見てみた。
何もない、まっ平らな平原がそこにはあった。
ズーンと落ち込む私。私を言い負かしたことで、満足気な表情をしていた紗百合だったが、私が真剣に落ち込んでいるのを見て、慌ててフォローしだした。
「あの……えっと、ほら!乙女は胸なくてもかわいいからいいと思う!髪だってすっごくサラサラしてて気持ちいいし、目だってキリってしてかっこいいし!そのメガネも最近変えたんだよね?すっごく似合ってると思う!」
「かわいいのかかっこいいのかどっちよ……あと紗百合にかわいいって言われるのは納得いかない」
私を気遣うように上目遣いで見つめる目は大きく、吸い込まれそうになる。その大きな瞳とは対照的に顔は小さく、すっとのびた鼻梁や桜色の小さな唇はツヤツヤと輝いている。
髪の毛だって、フワフワとした巻き毛で、色素の薄い茶色がかった髪を腰まで伸ばした姿は日本人離れしていて、どこぞのお姫様のようだ。
「紗百合のがかわいいじゃん……」
「えっと……まじまじと見てそう言われると恥ずかしいんだけど……」
そう言ってまた顔を赤くしてもじもじとする紗百合、それと同時に周りからほうっと息が漏れるのが聞こえた。周りを見ると男共が皆紗百合を見て表情を崩している。そして私には嫉妬の視線。女の私に嫉妬しても……と、私はそっとため息をついた。
私の悩み、それは紗百合との仲の良さである。
私は紗百合と通学路を歩きながら、紗百合と初めて会った時のことを思い出した。
紗百合と私は中学からの付き合いだ。今私たちが通っている、百合ケ丘学園の中等部で、私たちは出会った。
たしか初対面はこんな感じだった。
「次、白川さん」
「「はい!……あれ?」」
苗字が同じ読みだった私たちは出席を取る時に同時に返事をしてしまったのだ。そこから、お互いに苗字が同じで紛らわしいということで名前で呼び合うようになり、いつのまにか仲良くなっていた。
……いつのまにか、というか紗百合が私に懐いてきた、というほうが正解だったかもしれない。当時私は紗百合よりも背が低く、かわいいとよく抱きつかれていたのだ。
今では、私のほうが背は上になったが、抱きつき癖は変わらずである。
私たちが通っていた中等部は、女子校だったため、スキンシップは日常茶飯事だったのだが、どうやらそれは女子校特有の物だったとわかったのは高等部に上がったからのことだ。
高等部からは共学になるのだが、男子達に取って、私たちのこのスキンシップは過剰に見えるらしい。特に紗百合は見ての通りかなりの美少女なので男子からの人気が高く、私は邪魔者、ということになる。面倒なことだ。
「はぁ……」
「どうしたの?」
っと、ついため息が出てしまった。紗百合が不思議そうな顔をしている。
「ん、なんでもないよ」
紗百合は不満そうに頬を膨らませている。
「嘘だ―、さっきから生返事ばっかだし、最近なんか乙女冷たい!」
「そんなことないと思うけど……」
私がそういうと、紗百合は手を目の方に持って行き、グスンと言った。随分下手くそな嘘なきである。
「えーん、これは夕飯はハンバーグにするしか……」
そう言ってちらりとこちらを見上げる紗百合。私は冷蔵庫の中身を思い出す。
うん、急いで食べないといけないものはない。
「しょうがないなぁ……じゃスーパー行かないと」
その言葉に顔をパッと輝かせる紗百合。
「ほんと!?楽しみ!」
「一緒に手伝ってよね」
「もちろん!じゃあ、スーパーに行くよ!乙女」
そう言って私の手を掴み走りだす紗百合、現金だなあと思いながら、私は手を引かれるまま、紗百合についていった。
スーパーで足りない物を買った私たちは、そのまま女子寮に向かった。
いい忘れていたが、私と紗百合は百合ケ丘学園の女子寮に住んでいる。私の親が他県に転勤になってしまったためだ。転勤が決まったのが私がそのまま高等部に進学することに決まった直後だったため、私は女子寮に入る事を決意、紗百合は女子寮に入る必要はまったくなかったのだが、乙女が入るならということで、両親を説き伏せ、同じ寮に入居してきたのだ。
「紗百合、パン粉を牛乳に浸しといて」
「わかった、まかせといて!」
そして自室のキッチン、ジャージに着替えた私たちはこじんまりとしたその場所でハンバーグ作りを始めていた。
ボールにパン粉を入れ、牛乳を注ぐ紗百合、そして一緒にハンバーグに入れる香辛料とひき肉も準備している。小さい身体に似合わず、その手際はかなりいい。それを横目にしながら玉ねぎをみじん切りにする。
「そんだけ手際いいんだから、たまには紗百合がメインで作ればいいのに」
「えー乙女のご飯がおいしいんだもん、朝と昼は学食で出るから夕飯でしか味わえないし」
そういって朗らかに笑う紗百合、正直なところ、料理は私の趣味でもあるので、こんな風に喜んでもらえると悪い気はしない。
「まったく、私は玉ねぎ炒めるからひき肉とかボールに入れておいてね」
「はーい」
フライパンに油を入れる私、こういう時間が好きなのは紗百合には内緒だ。
「おいしかったー!」
そう言ってコタツに入り込んでしまう紗百合、私は食器を片付けながら紗百合に話しかける。
「紗百合、行儀良くないよ、それに浴場行く準備しなくていいの?」
「あ!そうだった」
慌ててコタツから出る紗百合。
「紗百合のも片付けておくから私のも準備お願いね」
「おっけー!」
この女子寮には一つの特徴があり、それは個室にあるお風呂とは別に大浴場があることである。何でも学園長が、生徒同士のコミュニケーションの場を設けたいということで作らせたそうだ。
小さいお風呂もそれはそれで好きだが、大きい浴槽で足を伸ばして入るのも大好きなので、私と紗百合もよく利用している。
「乙女ーいこー!」
紗百合の準備ができたようだ、お風呂グッズを持ってこっちを今か今かと待っている。こちらもタイミングよく片付けが終わった。
「いこっか」
「おっけー!」
「いやーほんとこの女子寮ってすごいよね、私も入寮してほんとよかったよ」
浴場に向かいながら紗百合は嬉しそうに私を見上げる。
「たしかにね、毎日大きなお風呂に入れるのはありがたいよね」
「これでもっと近ければ朝にも行くのになー、あ、純ちゃんがいる、おーい!」
そう言って手を振る紗百合、私はメガネをしていてもあまり目が良くないので、誰かはわからなかったが、クラスメイトで同じ中等部にいた純らしい。
「あら、乙女さんに紗百合さん、こんにちわ、浴場に行く途中ですか?」
純は会った頃から変わらない丁寧な言葉で話してくる。隣にいる子も軽く会釈をしてきた。こっちの子は面識がないので初対面だろう、私も会釈を返す。
「そっちの子は初対面だよね、私は白川乙女」
「初めまして、中等部の聖乃です……」
控えめな性格の子のようだ。中等部といっていたから年上に緊張しているのだろう。純の手をぎゅっとにぎった姿は可愛かった。
「こんにちわ、聖乃ちゃん、私は白河紗百合っていうんだ、純ちゃんとはルームメイト?」
「聖乃とは幼なじみなんですよ、その縁もあって、一緒の部屋になっております、よければ大浴場までご一緒しませんか?」
「おーー!貸切だ!」
一足先に脱衣所に駆け込んだ紗百合が歓声を上げていた。どうやら誰もいないようだ。
「珍しい、だいたい誰か居るのに」
「たまたまタイミングがよかったのでしょうね、皆さんまだ夕食中なのかもしれません」
なるほど、と私は納得した。たしかに今日は張り切って夕飯を作ったので食べ終わるのも早かったのだ。
「みんなー、早く気なよー」
脱衣所から紗百合の声が聞こえる、私たちも、一足遅れて脱衣所に入って行った。
「遅い!」
脱衣所では待ち兼ねたといわんばかりに頬を膨らませた紗百合が仁王立ちしていた。
……全裸で。
「紗百合……前隠しなさいよ……」
呆れる私、純はニコニコと微笑み、聖乃ちゃんは顔を真っ赤にしていた。
「紗百合先輩……綺麗です……」
「妖精みたいですね、素敵です……」
「いやー照れるね」
そう言ってくるりとその場で回る紗百合、その姿は純のいうとうり、妖精のような可憐さだった。
私はメガネをカゴの横に起きながら紗百合を見る。
シミ一つない真っ白な肌、全体的に体型相応な華奢さを感じるが、少女らしい柔らかさも持っている。
そして制服の上からでも主張していた胸は脱ぐとさらに存在感を感じた。それが下品に感じず、魅力的に見えるのだから、得な奴だ。
「ささ、みんなも脱いでー、乙女はわたし自ら脱がしてやろうと」
「ちょ、紗百合何言って……ひゃっ」
そういうと紗百合は私の後ろに回り込んだ。そしてそのまま手をジャージの下から入れ、さらに自分の体ごと私のジャージに潜り込むようにしてジャージを脱がせようとする。
「ばんざーい」
あっという間に上の服を脱がされた。そして自然と裸で抱きつかれる形になる。
胸あたってるし、これはさすがに恥ずかしい。
「紗百合、いい加減に……きゃっ」
「ほんと乙女は胸は大きくならないよねー触りがいのない……」
調子に乗った乙女はブラジャー越しに胸をもんできた、背中のふわふわした感触と合わせて変な気分になってくる。
「やっ、調子の乗らない!」
顔を真っ赤にした私は、紗百合を引き剥がす、紗百合は悪びれもせずあっさりと体を引く。
「にゃははっ、先いってるねー」
そう言ってさっさと風呂場に行ってしまった。私は頬の熱が冷めないままメガネを掛け直す。
純達と目が合った。一部始終見られていたのを思い出す。
「お二人とも仲がいいのですね」
ニコニコと微笑みながら純は言った。恥ずかしくて死にそう……。
お風呂場に行くと丁度紗百合が浴槽にダイブしていた。バシャンと派手に飛び込み、そのまま泳ぎだす。
「紗百合、はしたない……」
「一度やってみたかったんだもん、乙女もやるー?」
背泳ぎしながら誘う紗百合を見て少し羨ましいと思ったのは秘密だ。
「アホなこと言ってないで身体洗いなさい」
「ちぇー、乙女は固いなぁ」
ぶつぶつ言いながら私の横の椅子に座る紗百合、それを見て純はクスクスと笑っている。
「ほら、純に笑われてるよ」
「いえ、仲が良くって微笑ましいと想いました」
そう言って微笑む純。私は少し顔を赤くしてしまった。
「いつもこんな感じなんだけどね、そんなに仲良さそうかな?私たち、最近男子にもよく見られるし」
と、思わず今の悩みを口にしてしまう。雰囲気からか、純は年上みたいな印象をもってしまい、ついこんな質問をしてしまった。
「きっとお二人の事が羨ましいのでしょうね。お二人とも美人ですから」
「いや、紗百合はともかく私は普通でしょ……」
美人、と言われることに慣れていないのでさらに顔を赤くしてしまう。うう、メガネも曇ってきたた……。
「そんなことはありませんよ。乙女さんも理知的でメガネの似合う綺麗な方です、もちろん紗百合さんも可愛らしくて、すてきなカップルです、ね? 聖乃?」
「うん、羨ましい」
うう、恥ずかしくなってきた……もう前何も見えないし……。
メガネの曇を水で流すと紗百合と目が合った、こっちを見てニヤニヤしている。それを見てなぜか少し落ち着いてしまった。
「まぁ、私達みんな女子中の出身ですから、男子の考え方とはまた違うのかもしれないですね」
そういうと身体を洗い終わった純は浴槽に向かう。そして紗百合とは対照的にゆっくりとつかった。そのすぐ横に聖乃ちゃんも座る。
「二人のが仲よさそうだよねー」
「たしかに……」
耳元でこっそり囁く紗百合、私も頷いたのだった。
三日後、放課後の喧騒の中、私は帰る準備をしていた。
「紗百合、今日の夕飯、材料足りないからスーパーよってこ」
「あ、ごめん乙女、今日ちょっと用事があるから買い物お願いしちゃってもいい?」
「あれ、珍しい。何か用事?」
私が誘うと大体は一緒についてきていたので意外に思った私は紗百合に尋ねる。紗百合は苦笑しながら机の引き出しから手紙を取り出した。綺麗な便箋には白河紗百合様へ、と綺麗な時で書かれていた。まさかラブレターだろうか?
「今時古風だよねー、放課後お待ちしておりますだってさ」
「わぁーラブレターか、私初めて見た」
女子校育ちとしてはかなり気になる物ではある。私は紗百合のもっている手紙を改めて見つめる。字の感じからなんとなく真面目そうな印象を私は持った。
「遊ぶ時も結構声掛けられてたし、やっぱり紗百合は人気あるんだね」
そう言うと紗百合は少し拗ねたような表情で言い返してた。
「乙女だって人気じゃん、中学の時何回告白されたのさ」
「う……、あれはノーカンで……」
紗百合の言葉で私は昔の記憶を思い出してしまう。ニヤニヤしながら紗百合は追撃してきた。
「最終的に10人以上から告白されてたよねーかわいい子ばかりだったから受けてあげればよかったのに」
「女の子からモテてもね……なんか男っぽいのかなとあの時は落ち込んだりもしたよ……」
「あー、だから最後の方は凹んでたんだ……。乙女の場合は頼りがいがあったからじゃない?結構色んな子の事助けてたし」
「慕われるのはうれしいけど、好きかって言うと困るよね……そういえばその人の事はどうするの?」
一応は気になったので聞いてみた。紗百合は悩むそぶりもなくあっけらかんと答える。
「会ってお断りするよー、話した事もないし、手紙読んだけど二年生みたいだからたぶん面識もないしね」
「そうなんだ、紗百合こそかっこよかったら付き合ってみればいいのに……」
「そういうのはまだよくわからないしねー、それより乙女、早くしないと混んじゃうよ?わたしもそろそろ行くし」
「む、たしかに。それじゃまた後でね。どういう感じだったのか教えてね」
なんだかはぐらかされた気がしたが、たしかにスーパーが混むと面倒なので私は紗百合と別れた。
廊下を歩きながら私はさっきのラブレターのことを考えていた。
綺麗な字だったと思う、話してみて良い感じなら付き合うのだろうか。そうなると私にくっついてくる頻度も減るのだろうか。
(それはそれでありがたい気もするけど)
だいたい、男の人の告白はどんな感じなのだろうか、女の子からしかされたことのない私には想像ができない。
(好きかとかよくわからないし……一目惚れってどんな感じなんだろう)
異性に限らず私は一目惚れしたことがない。
服や小物、ぬいぐるみもその場ですぐ買わず、何回か店に行って熟考してから買う事が基本だった。
紗百合の場合はまったく逆で、気に入ったものがあればすぐ買っていつもお小遣いに悩んでいたと思う。
(案外会ってみたらOKだしたりして……)
その場面を想像してみようとする。実際にそうなったら……。
「白川さん、いいところに、お願いがあるんだけど」
いざ想像してみようとしていたら先生に呼び止められた。しかもよく雑用を生徒にやらせる先生だ。私も何回か頼まれたことがある。面倒だな、と思ったがそれを表情にはださない、
「はい、なんでしょうか?」
「今帰る所よね?申し訳ないんだけど、この鍵を体育館にいる田中先生に届けて貰えないかしら?私ったら倉庫の鍵を持ったままにしてしまって……」
申し訳なさそうに言う先生。体育館なら通り道なので問題はない、私は早くスーパーにいきたかったのでそのお願いを受ける事にした。断って長く引きとめられるのも面倒だったのだ。
「いいですよ、すぐ届けますね」
「本当?ありがとね、気をつけて帰るんですよ」
幸い田中先生にはあまり捕まらずに鍵を渡す事ができた。私は体育館の入り口でほっと息をはく。
(さて、スーパーか、何を買うんだったかな……卵と牛乳と……)
私は体育館を出ながら買う予定の物を指折り数えながら思い出していた。
その時である。
「好きです、付き合って欲しい!」
緊張に震えた声がどこからか聞こえた。私は思わず周りを見渡してしまう。そして体育館の裏側の花壇があるところにそれを見つけた。思わず私は近くにあった柱に隠れ、そっとそれを覗いていまう。
一人は紗百合だった。私の位置からでは表情は見えず、ただじっともう一人の人を見つめている。
もう一人は紗百合に手紙をだしたという男の子だろう。声からしてさっき告白したのは彼と思う。緊張で顔を赤くしている彼は中々に端正な顔立ちをしていた。手紙通り真面目そうな印象を感じる。
その後彼は何かしゃべっているように見えたが内容は聞き取れなかった。緊張して告白だけ声が大きくなってしまったんだろう。もう少し近づくべきか私は悩んだ。覗き見というのも趣味が悪いとは思ったが、気になる物は気になってしまう。どうしたものか。
「ごめんなさい」
悩んでいる内に紗百合のお断りの返事が聞こえた。紗百合の声はよく通るので、男の子の方と違いよく聞きとれる。私は耳をすませて、紗百合の返事の続きをまった。
「……友達からでもだめですか?それもダメなら理由を教えて下さい」
今度は彼の声も聞こえた、断られたショックからか、声には落胆の色が見える。私は彼に少し同情してしまった。そして、紗百合の理由も同時に気になってしまう。
「わたし、好きな人いますから、誰かとお付き合いするつもりはないんです」
それは、告白を断るための嘘だったのかもしれない、でも私は動揺してしまった。
紗百合に好きな人……?
「どんな人ですか?」
めげずに彼はそう紗百合に問いかけた。私は続きを聞くのが恐くなり、そこから気づかれないように逃げ出した。
なぜ私は逃げてるんだろう?見つかった訳でもないのに。
自分の感情が理解できないまま、私はその場を離れるべく、急ぎ足でスーパーに走っていった。
結局、買いたいものはほとんど買えなかった。
「乙女、どうかしたの?」
夕飯の時間、紗百合は私の事を心配そうに見つめている。しかし私は生返事しか返す事ができなかった。
紗百合に好きな人がいる。その事が頭から離れなかった。なぜだろうか、悩み事の種が解決したというのに。
「なんでもないよ、なんか食欲なくって……調子悪いから寝ちゃうね、悪いけど片付けだけお願い……」
なんで私は、さっきの言葉が気になるんだろう。
「ちょっと、乙女、大丈夫?」
ふらふらとした足取りでベッドにむかう私、紗百合は心配そうにしていたが、私にはそれに答える余裕はなかった。
ベットにたどり着き、私はそのまま横になった。
(なんでこんなに私は驚いてるんだ……)
考えても考えても、その答えは浮かぶことはなかった。
翌日、寝苦しさとともに私は目を覚ました。
ズキズキと頭に鈍く響く痛み、体は熱に浮かされたように熱く、気だるさが全身を包んでいた。どうやら風邪をひいてしまったようだ。
頭を抑えながら体を起こす。まだ半目の状態で辺りを見渡すと、紗百合が朝ごはんの準備をしているのが見えた。その事に少しの安心感を覚える。
視線に気がついたのか、紗百合がこちらを振り返った。起きた私に笑顔を浮かべていたが、私の様子がおかしいのを見て顔を曇らせる。
「乙女おはよう、なんだか調子よくなさそうだけど、大丈夫?」
「大丈夫……」
何となく、辛いと言うのが悔しかったからそう言ってしまう。しかしその声は自分で聞いてもひどいものだった。
「ちょっと、すごい声になってるよー!大丈夫じゃないじゃん!」
そう言って慌てて私のほうに駆け寄ってくる。ベッドに腰掛けると、小さい手で私の顔を右手で抑え、自分の前髪を左手であげながら、目を瞑って顔を近づけて来た。
なぜか、咄嗟にキスされると思った。私も目を瞑ってしまう。
そんなわけがないじゃないかと、思考が追いついた。そしておでこにひんやりとした感触を感じる。
小さく目を開けると、目の前に紗百合の顔があった。シミやニキビ一つない、赤ん坊みたいにきれいな肌、目は閉じられ、常々羨ましく感じている長いまつ毛をより強く印象づける。洗顔料の爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐり、少しの背徳感を感じた。
時間にすると一瞬だったのだろうが、長く感じた。私が少し身動ぎをすると、紗百合は目を開け、おデコを離した。
「熱もすごいし、風邪だねー。昨日から調子悪そうだったし、今日は学校休んだほうがいいと思うよー」
「うん……」
「とりあえず先生に連絡するねー」
こちらがさっきの急接近に驚いている間に、テキパキと準備をする紗百合。
携帯を取り出し、電話帳に登録してある学校の電話番号を押すと、耳に当てすぐに先生と話し始めた。
先生に状況を説明する紗百合を見ながら、私はさっきの事を思い出していた。
なんでキスされるなんて思ったのか、咄嗟で頭が回らなかったとはいえ、発想が飛躍しすぎではないだろうか。スキンシップは激しいと前々から思っているが、さすがにキスした事は一度もない。やっぱり今日の私はおかしいのかもしれない。
「先生、安静にしてて下さい。だってさー、代わりますかって聞いたけど、乙女だから大丈夫だって、信頼されてるよねー」
こっちの気持ちも知らず、呑気にそんな事を言う紗百合、八つ当たりとは思ったが、少し苛立ちを感じてしまう。
「炊飯器、お粥にセットしていくから、お昼に食べれそうなら食べてねー、あと、ゆっくり寝るんだよ?」
私が一人怒っている間に、紗百合はお粥の準備までしてくれていた。感謝すべきと思ったが、素直に言うことができない
「わかった……」
ムスッとした顔で、私はそう言う事しかできなかった。
ゆっくり寝ててねーと改めて言うと、紗百合は学校にいってしまった。
ガチャリ、と閉じられるドアを見つめ、私はため息をついた。
何をやっているんだおうか、私は……親友がここまで親身にあたってくれたのに邪険に扱ってしまって。そのことに強い罪悪感を感じる。
考えていてもしかたない、言われた通り早めに寝ることにしよう。パジャマだけ着替え、私はベットに潜り込んだ。
「乙女、わたしこの人と付き合う事にしたよー」
そう言って紗百合が紹介してきた男の子は、私はまったく知らない人だった。
「ふぅん、そうなんだ……」
「それでね、乙女にお願いがあるの、今日から彼と一緒に住みたいから、この部屋から出て行ってくれない?」
「え、なにいってるの?紗百合、ここ女子寮だよ?」
「大丈夫だよー」
そんなわけがない、そう叫びたかった。しかし、紗百合が当然のようにそう言うのが悲しくて、私は何も言えなくなってしまう。
視界がボヤける、今にも涙が溢れそうになり、紗百合の顔がぼやける。瞬きをすると、紗百合はなぜか消えてしまった。
私は真っ暗な中に一人残された。そのことが悲しくて、ついに涙がこぼれる。
ふと、手に何かを感じた、ひどく安心する暖かい感触。そして目元にも同じ感触を感じた。
……丈……?
遠くから聞こえる微かな声。ほの方向を向くと光が見えた。
だんだんと光が強くなってきた。私は目を細めてしまう。
そこで、目が覚めた。
ゆっくりと瞼を開くと、心配している紗百合の顔がまず目に映った。そして手に感じたのは紗百合の手だったようだ、今も私の手を握っている。
「あ、起きたー、よかった。すごい汗かいてたし、うなされてるから心配したよ?」
「紗百合……なんでいるの?」
私が問いかけると紗百合は照れくさそうに髪をいじった。
「なんか私があまりにも心配そうにしてたせいか、先生が早退して看病してきなさいだってさ、恥ずかしかったけど言葉に甘えて早退してきちゃった」
「……ありがと」
「実際帰ってきて正解だったけどね、うなされてたけどなにか悪い夢でも見た?」
「……紗百合が彼氏連れてきて私にここから出て行ってって言う夢……」
しまった、思わず答えてしまった。案の定紗百合は驚いた顔をした、そして少し怒ったような表情をする。
「夢とはいえひどいよー私が乙女に出ていけなんて言うはずないじゃん!」
そう言って私の手を少し握り直してきた。
「本当……?」
「だいたい、好きな男の子なんていないし!」
「でも、私聞いちゃったんだ」
キョトンとする紗百合、盗み見た後ろめたさを感じたが、それが気になってあんな夢を見たのだ。紗百合に確認してみる。
「見たって、何を?」
「紗百合が昨日告白されてたところ……紗百合……好きな人いるって」
「……もしかして、それでそんな変な夢みた?」
こくん、と頷く私、紗百合はそれを見て小さく息を吐いた。
「たしかに私は好きな人がいるっていったけど、乙女が思ってるみたいに男の人で好きな人がいるっていうわけじゃないんだよ」
男の人じゃないということはどういうことだろうか。
「最初は告白された時に断る理由が思いつかなくていってただけなんだけどねー……ある時、自分が好きな人って誰だろう?そう思ったことがあったんだ」
心中を話すのが恥ずかしいのか、紗百合の頬は赤い、その表情が、不覚にも私にはとても可愛く思えてしまった。
「好きな人なんていないそう思った、でもその事を考えた時すぐに頭に浮かんだよ。最初はビックリしたけどねー、そんなわけないってさ」
「……誰だったの?」
「いつも私の近くにいてくれて、わたしに優しさをくれた人」
そこまで言うと、紗百合は私の目を見て、その名前を呼んだ。
「乙女、わたしは白川乙女の事が好きなんだ」
男の人じゃない、と聞いた時に頭の中で小さな予感があった。
紗百合は今までも私にべったりだったし。
けれど、それはあくまで友達としての話だと思っていた。だからこそ、改めて好きと言われ、私はすごく恥ずかしくなってしまった。
じっとこちらを見る紗百合に目をあわせられなくなって、私は思わず紗百合の手を離し、布団を頭から被ってしまった。
「あ……」
小さく息を飲む声、やってしまったと、後悔の感情が窺い知れる。
「ご、ごめんね。急にこんな事言われても困るよね」
どうやら私の態度が紗百合を拒絶しているように思われたようだ。
慌てて私は布団から顔を出す。そして紗百合の手を掴もうとした。
「ち、ちがう!あっ!」
「乙女、あぶない!」
慌てていた私は体勢を崩してしまった。ぐらりと体が傾き、床に落ちそうになる。
紗百合が 手を伸ばし、私の体を支えてくれる。しかしバランスを取り戻す事ができず、紗百合を押し倒すようにして、床に倒れこんでしまった。
「ご、ごめん!大丈夫!?」
「平気っ……!」
少し動けば、唇が触れてしまいそうなところに紗百合の顔があった。今度は体ごと密着しているので、紗百合の体温が直に伝わってくる。朝に熱を測ったことを思い出し、また私は顔を赤くしてしまう。
今度は紗百合も顔が真っ赤だった。しかし慌てて、私から離れようとする。
私は咄嗟に逃げようとする紗百合を抱きしめた阻止する。
「な、なんで逃げるのよ!?」
「なんでそっちは抱きつくの!?離してーー!」
モゾモゾと体を動かし、抜け出そうとする紗百合、私はそれを阻止しようとしてさらに強くしめる。
「わたしのことキライなんでしょー!」
「違う!なんでそうなるのよ!」
ピタリ、と紗百合が体を動かすことをやめた。驚いた顔で私を見ている。
「さっきのは恥ずかしくて隠れただけ!告白なんてされたことないからビックリしただけだよ!!」
「本当……?」
「本当、だからちょっと話を聞いてほしいんだ」
「うん……」
紗百合と向かい直しながら、私は紗百合に今の自分の気持ちを伝える。
「最初はね、紗百合に好きな人がいるって知って、怖かったんだ」
私から、紗百合が離れてしまうように感じて。
「紗百合ってばいっつもくっついてくるし、セクハラばっかするけど」
ひどい、と紗百合の抗議の視線をスルーしながら私は続ける。
「それでも、紗百合が私の目の前からいなくなるんじゃないか、もう私と一緒にいてくれないんじゃないか、そう思ったら、それがすごく嫌だったんだと思う」
今思えば紗百合に本当に彼氏が出来ても、そんなこと言う子ではないとわかる。でも、どうしても不安だった。
だから、私を好きと言ってくれて驚き、恥ずかしかったけど、私はたしかに嬉しかった。
「正直なところ、紗百合が私を想ってるいる気持ちと、私が紗百合に想ってるいる気持ちが、同じくなのかはわからない」
でも、この言葉に嘘はない。
「私も、紗百合の事が好き」
好き、という言葉に紗百合は泣きそうな表情になる
「だから、ありがとう」
「……うん」
十数分後、私達は正座して、互いに向き合っていた。
「……なんだか、すごーく恥ずかしいー……」
「なんで告白大会みたいになったんだろうね」
「乙女が勘違いしたのが悪いと思う」
それについては弁解の仕様がなかった。
私は誤魔化すようにして、気になっていたことを聞いてみる。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「つ、付き合うの……?私達……」
顔から火が出る、というのはこういう気分の時に言うのだろうか。
「そういうの全然考えてなかったからわからない……」
二人して腕を組んで悩んでしまう。
「どうしようね……」
「恋人みたいなことしてみるとか……」
「たとえばー?」
漫画やドラマで得た知識を総動員してみる。
「一緒に買い物したり」
「うんうん」
「どこかに出かけたり」
「うん」
「一緒にご飯食べたり、手つないだり……抱きあったり……」
「……」
「……」
「「いつもやってるじゃん……」」
完全にユニゾンしてしまった。思わず見合わせ、そしてこれまた一緒にふきだしてしまう。
「ちょっと紗百合、笑わないでよっ」
「乙女だってー.まったく同じこというんだもん」
というか男女でやっていたらバカップルでしかない。
「これまで通り、って事なのかな?
「そうみたいだねー、でも」
でも?そう聞き返そうとしたが、紗百合がさっと顔を近づけてきたので、私は固まってしまう。
そして、頬にそっと、優しい感触が触れた。
びっくりして紗百合を見つめると、紗百合は顔を真っ赤にしながら
「これは、今までしたことないことだよっ!」
という台詞だけ残し、部屋から逃げ出してしまった。
私は頬に手を当て、しばらく紗百合が出ていったドアを見つめ、そのまま横にコテンと倒れる。
「…………バカ」
これで熱がでたら紗百合に看病させてやる、そう私は思った。




