38万キロ彼方から
幼い頃、いつもあなたと見ていたあの月を今も変わらず私は見ている。
私は一人、ビルの屋上から望遠鏡を覗き込んでいた。
そこで流れるゆったりとした時間が居心地がよく、今でもあなたはとなりにいるような気がして。
吐く息は白く染まり、冷たい風の中へと消えていく。
一点の曇りない澄み切った空が広がっていた。
目を瞑れば思い出す。あなたが想いを伝えてくれたあの日、この場所で交わした約束を。
手を伸ばしても決して届かないあの月を、あなたは私にプレゼントすると言った。
そしてあなたは、その言葉のままに宇宙へ行ってしまった。
私の左手にはあの日あなたから貰った懐中時計。
約束の時間。約束の場所――。
会えなくても、もう一度あなたを見ていたい。
そんな思いで私は望遠鏡を覗きこむ。
思わず涙がこぼれた。
月を覆ういくつものクレータ―。そのひとつ、約束の場所にあなたは立っていた。
宇宙服を身にまとうあなたの左手には、あの日、一緒に時を刻み始めた懐中時計。
あなたはそのまま私に手を振り続けていた。
私も手を振り続ける。あなたからは見えなくても。――きっと見えているから。
ねぇ、私たちは今、世界で一番の遠距離恋愛をしているのかな?
――その日の朝、あなたからそれは届いた。
月が太陽をさえぎる皆既日食。その光の一部が漏れて輝く瞬間。私は手をかざした。
世界一大きなダイヤモンドリング。
それは、あなたからのプロポーズだった。